第57話 ルナティックダンス
「うえ~い、いえ~い」
俺は適当に踊りつつ踊り狂う若者達の間に入り込んだ。これで黒服達からの目は誤魔化せるが安心するのはまだ早い。ある意味理性を失い共通認識から外れた此奴等の方が危険かも知れない。
音楽に骨まで溶けて水たまりのように床に広がる肉。うっかりこの肉だまりに足を入れた奴はそのままドロドロに溶けながら飲まれていった。この肉だまりを避けて進めば、ワニより大きく開いた口が待っていた。口が閉められるより早く舌を踏みつける。噎せ返っている内に横から抜け出すと、ニッコリ笑う裸の美女と遭遇。「いい男、ねえパイズリしてあげるう~」っといきなり胸を掴んでにゅーと伸ばしていく。「あはんきもいいわよ~」俺の頭が伸ばしたおっぱいに夾まれる寸前に「俺にしてくれ~」俺は突き飛ばされ別の男がおっぱいに夾まれる。「あはんいっちゃいなさ~い」美女がおっぱいを使って男の頭をしごきだし、男は極楽の表情を浮かべた瞬間頭から脳がぴゅっぴゅと射出された。
狂ってる。ここいら辺にいる奴らはもはや人間の殻を捨てている。音羽の奴はまだ人間としての理性を残しているのか? 残っていなかったら、回れ右して逃げないとな。ここにいる人達を見捨てるのかと非難されようが、俺では何も出来ない、踏み止まれは死ねとの同義、そんなのはご免だね。
俺がこうして狂気の海に揉まれながらも先に進むと、音羽は一心不乱に踊りを踊っていた。まだ人間としての形を残しリズムに乗った軽いステップに連動して上半身もリズムに揺らいでいる。
踊りなんか知らないが、俺なんかと比べれば格好いいことは分かる。顔とかじゃ無い、動作が美しいのだ。プロのダンサーにでも成れってくらいに、羽ばたく鳥のように軽やかなダンスを楽しんでいる。その顔は険は取れていて、俺に絡んできた同一人物とは思えないほどに穏やかに爽やか。
このユガミは人を音楽によって重圧から解放して纏った鎧を取り去っていく。そう聞くといいように思うが、取り去り過ぎれば最期人間という形すら脱ぎさり、己の我のみが露出する。
音羽に関しては、纏いすぎた鎧を脱ぎ去った程度といったところか。だとすれば、今見ているのが「音羽 翔」生来の顔という訳か。その顔を見てると、音羽も家に使命に宿命の重さに歪まされた犠牲者なのかもしれないと思えてしまう。
「それでも、お前は旋律士だろがっ」
狂気の空気を砕いて俺の拳が音羽の顔を殴り飛ばした。
「っててめえ」
殴られ何とか倒れまいと踏み止まった音羽が俺を睨み付けてくる。多少険が戻ったいい顔、やはり人間毒が無ければ味が無い。
「けっ正気に戻ったか」
「はっそう言えば俺は何をしていた。何か子供の時に戻ったような楽しさを感じていた」
音羽は憑き物が落ちたかのような顔のまま。このユガミの効果は正気に戻っても持続するというか、一時的なものでなく本当に変えられてしまうようだな。つまり、肉体が変質してしまった人はもう元に戻れないと言うことか。
しかし、俺も心が壊れてなければ、この狂気に同調し心が壊れる前の世界を素直に楽しめた頃に戻れたかも知れない。
はっそしてまた人間に絶望するのはご免だぜ。
俺は子供に戻って浸りたい音羽には可哀想だが、現実を突きつける。
「周りを見ろよ、旋律士」
「なっ」
音羽はやっと周りの惨状に気付いて目を見開く。そのマヌケ面に俺は白銀に輝く布を投げ付けた。
「っここれはっ」
「本当は返す気なんかなかったんだがな。あまりにもお前が情けないから俺の旋律具を貸してやるよ」
「なっ巫山戯るな。これは俺の・・・」
「少しは格好いいところを俺に見せてみろよ、旋律士」
俺の最期の挑発という発破掛け、これを拒否してでも子供に戻りたいなら俺はもう何も言わない、其処まで他人に干渉しない。俺はさっさと一人で脱出させて貰う。
「言われなくても」
音羽は背筋を伸ばして立つと同時に白銀に輝く羽織を纏った。
大河ドラマなどで大将が着る陣羽織や新撰組が着ているような伊達が効いた羽織で白銀に輝き、背には翼の紋章が縫い込まれている。
渡したはいいが、本当にこれが旋律具なのか? 旋律具とは旋律を奏でるもののはず。羽織は格好いいが、あれでどんな旋律を奏でるというのだ?
「はあああああああああああ」
音羽は両手をゆっくりと旋回させて深く呼吸をする。
息吹か?
「破っ」
静から一気に動に、それに伴い羽織がビシッと空気を叩く音を奏でる。
素手でパンチを繰り出すのと空手胴着みたいなものを着て繰り出すのとでは、威力は同じでも気持ちよさは全然違う。袖が靡き何とも心地よい音を鳴らす。今音羽が鳴らした音はそういったもので、きびきびした動作に連動するサウンド。
それから次々に空手の型のように技を放っていく。
緩急織り交ぜ、ゆったりした時には靡くような音がなり次の瞬間には動作の正確さスピードを表現する音が響く。
音の連なりに鳥が翼を広げ大峡谷を飛んでいく姿が連想されていく。
「なるほど、性格は何だが技は本物だな。見直してやるよ。
さてと、そういえばおまけがいたな」
俺は一旦音羽から視線を切って周りを見れば何やら殴り合いを始めている皇が見えた。
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