第54話 異端児

 俺は左右に視線を走らせる。ざっと見だが普通の大学生しかいないように見えるが、こういう奴らが負けて一人でリベンジに来るわけが無い。どこかに仲間が隠れているのだろう。安全な退路としては今出てきたサークル棟の中に戻るしか無いな。だとしてもだ、どのくらいの仲間を引き連れてきたのか探りは入れておきたい。

「おい、何処を見ている。俺の方を見ろ」

「ああっ悪い悪い。

 めんどくさいから聞くが、仲間は何処に隠れている?」

 武道家じゃ無いんだ殺気を感じて敵の位置を掴むなんてできるか。俺に出来ることといえば、この口で揺さぶりを掛けていくことくらい。

「はあ?」

 ちっ脳筋かと思えば相手もなかなかの役者。音羽は訳が分からなそうな顔をする。

「白を切るな。さっさと出せよ」

「お前俺が仲間を引き連れてお礼参りに来たと思っているのか?」

「その通りだが」

「巫山戯るなっ。俺をそこいらのクズと一緒にするな」

 音羽は激怒して叫ぶ。バレたのが悔しかったのか?

「何を言っている? 弱い一般人に絡んで喧嘩をふっかけるクズじゃ無いか」

「それは時雨のことがあったからだ」

「女が絡んで喧嘩を売るなんてクズそのものじゃ無いのか?」

 クズが因縁を付けるなんて金か女と相場は決まっている。つまり、音羽は自分でクズと宣言したようなものだ。

「ぐっそれについては言いたいことはあるが、今はいい」

「良くはないぜ。認めろよ、お前はクズだ。そんなクズじゃ、前埜さんがいようがいまいが時雨は絶対に振り向いてくれないな」

「欲しいものを手に入れようとして何が悪い。素直に諦めれば、ご褒美でも貰えるというのかっ。この胸が焦がれる想いが晴れるとでも言うのかっ」

「世の中そんな優しいわけ無いだろ」

 諦めれば手に入らないだけのこと。だが諦めなければならない時もある。諦めなければ心とその身が焦がれて暴発する。爆発はそいつ自身だけで無くその周りの人も巻き込み不幸にする。

 俺はあの時時雨さんにきっぱり断られていたらどうしていただろう?

 音羽のことをクズ呼ばわりできないようなことをしでかしていたのだろうか?


 ないな。他人を傷つけるくらいなら己の心を更に壊して諦めていただろう。

 あの行動自体が俺にとって境界を越えた行為だった。

「分かっているじゃ無いか。少なくても俺は正面からぶつかったぞ。闇討ちや数に任せるような真似はしていない。クズという発言だけは取り消せ」

「クズのくせに拘るな。お礼参りに来る時点でクズなんだよ」

「それだ。今日はお礼参りに来たんじゃない」

「じゃあ何だよ。

 タイマン張ったからダチに成りに来たとか、笑わせること言うなよ」

「てめえなんかと誰が友達になるかっ。だから最初に言っているだろ、俺の旋律具を返せっ」

「お前の? それは違うな俺のだ」

「巫山戯るなっ」

「巫山戯てなどいない。

俺は時雨を賭けたんだ、それに見合う物を頂いただけだ。

お前まさか自分は負けても何のリスクもないとでも思っていたのか?」

最も負けたら負けたで、そんな約束した覚えが無いと言うけどな。実際そんな約束して無いし、でも流れ的にはそんな感じだった。空気を読む普通の感覚があれば賭けたと断言されればそう思い込んでしまう。

それにしても旋律具か。確かにバックの中にそれらしい物は入っていたな。どちらかというと同じく入っていたスマフォの方に興味が有ったので忘れていた。スマフォからは此奴のデータは全て抜き出している。もし此奴がお礼参りに来ていたのなら、ここから脱出し次第此奴を社会的に抹殺してやる気だった。

「ぐっ」

「これだから思い上がったお坊ちゃんは困るぜ」

 ほんとに育ちがいいのか根は素直だな。本当の腐った奴なら本当に賭けていてもちゃぶ台を引っ繰り返す。こいつはまあ、多少は話せる奴だな。

「金なら払う」

「端金なんか入らないな。逆にお前はその金を貰えば時雨を諦めるのか」

「ぐう」

 別に旋律具など俺にとっては猫に小判、金の方がいい。だがここで簡単に返してはいけない、如何に代償が大きいかを思い知らせないといけない。でなければ同じ事を繰り返すことになる。かといって追い詰めすぎれば逆ギレされる。此奴がなりふり構わず挑んできたら、俺は逃げる以外に手は無い。

 俺が本当に強ければ、こんな小賢しい駆け引きは入らなが、ないものは仕方ない。あるもので勝負するしか無いのが人生さ。

はてさて、落としどころをどうするかな。

「今夜仕事なんだよ」

「それはそれはご苦労様。でも俺には関係ないな」

「お前っ。俺がユガミの調律をしなければ犠牲者が出るんだぞ」

「なら代わりの奴に頼め。なんなら時雨とキョウに俺が連絡してやろうか?」

「そっそれはやめてくれ」

 まあそんな事したら此奴のプライドずたずただろうな。

 どうする、其処まで追い詰めるか?

「ん? 犠牲者が出なければいいんじゃ無いのか? あれは嘘か?」

「嘘じゃ無い。だが俺にだって旋律士としてのプライドがある。

 頼む、何をしたら旋律具を返してくれる」

「時雨を諦めて、二度と俺達の前に姿を現すな」

「そっそれは」

 くっく、多分口約束だと思って簡単に約束するだろう。旋律具を返した途端掌を返してくることは目に見えている。ところがどっこいぎっちょんちょん、この会話はちゃんと録音してる。

 まあ旋律具は返すしかないだろうが、タダでは返さない。

「それは出来ない」

「はあ」

「守れない約束は出来ない」

 なんだと。此奴思ったよりも誠実? だが誠実な奴が暴力で他人の女を奪おうとするか? いやしないだろ。

「この前の一件でお前が俺のことをクズだと思うのは仕方が無いことだと思う。だがそれ以外のことで俺はクズに成り下がりたくない」

「じゃあ、どうするんだ? お前に時雨に匹敵するほど大事なものを用意できるのか?

時雨も諦められない。旋律士も誇りも捨てられない。あれもこれも捨てられない欲しい欲しいじゃ話しにならないんだよっ。

子供じゃ無いんだ、筋を通せっ」

「そっそれは」

 音羽は唇を噛みしめ拳を握りしめている。

「ああっ誠意がないんだよ。誠意を見せろよっ」

 言ってて何だが今の台詞、チンピラのそのものだな。

 音羽は一言も言い返すこと無く俯いてしまうその姿に既視感を感じているところで怒声が飛んできた。

「辞めなさい」

 見ればいつの間にか俺達を遠巻きに人だかりが出ていた。その人だかりから棒状の包みを持ったロングヘヤーの女が出てきた。

「弱い者は苛めは辞めなさい。恥を知りなさい」

 女は事もあろうに俺から庇うように音羽の前に立つ。

俺が苛めをしているだと。俺がこの世で最も嫌う行為をしているだと。

なんだこの勘違い女は、顔立ちはどこか狐っぽい気の強そうな美人顔。手に持った棒状の包みの中身は何だ? 木刀か? そう思えば体は引き締まっているし、立ち振る舞いが凜として隙が無い。

それにしても周りにいる奴らは俺が音羽を虐めていると思っているか。何となくだが視線が俺を批判している。

けっいつもこうだ。やられたからやり返しただけなのにいつの間にか俺が悪者になっている。

所詮は異端児よ。だが俺に非はあるか? 皆無。

正々堂々と自分に誇れる宣言ができる。

ならば多対一に追い込まれようとも己を貫くのみ。引けば集団リンチが待っている。

こうなったらいい人モードでこちらが妥協するのは無しだ、徹底的にやって白黒付けてやるぜ。

「くっくいいな~イケメンは。お礼参りに来て返り討ちに遭っても女に庇って貰えてさ」

 あ~あ、この台詞で俺の悪役決定だが、止められない。相手の心を剔ってやるよ、俺は嫌な奴だからな。

「きっ貴様」

 多少は自覚があるのか音羽は怒声を上げた。

「おっ怒ったのか。大人の道理は弁えないが子供の矮小なプライド有るのか」

「苛めは辞めろと言ったぞ」

 名も知らぬお節介の女が一歩前に出た。それに呼応して俺は二歩前に出て棒を掴む。

「くっ」

 女は慌てて武器を取られまいと引く呼吸に合わせて俺は足を払った。

「えっ」

 面白いように女はひっくり返って自分でも驚いた。俺こんな事出来たっけ? 

潜った修羅場が俺を鍛えたのか、俺には女の動作が甘々には見えていた。だからといって、こんな技が面白いように決まってしまうなんて。決まりすぎだろ、このままだと女は頭から落ちて大怪我をするぞ。

 慌てて俺は咄嗟に腕を伸ばし女の胸倉を掴み引き上げた。

 ぐんと腕に荷重が掛かったがその手を離さなければ、女の頭は地面にぶつかる寸前で止まった、止まってくれた。

 ひやっとした。下手したら俺は傷害罪が付くところだった。

「男の間に割って入る無謀はあっても心構えが成ってないな。隙だら・・・」

 ビリッ、格好付けた台詞を言っているうちに服が破れる音が響いた。

「えっ」

 見れば破けた服の切れ端を持つ俺の足下には胸をはだけさせた女が蹲っている。

 これって言い訳のしようも無いくらいの状況?

 意地を通している場合じゃ無い。

 俺は女を無視して音羽に向き直って、指差した。

「女に免じて一度だけ返してやるよ。今夜の仕事場を俺に連絡しろ」

 捨て台詞を吐いて俺は、とっととこの場から逃走した。

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