第49話 報酬

「そろそろ話を始めてもいいかな」

 小一時間も経った頃に見かねた前埜さんがそう取りなしてくれた。

「はい、すいません。

 君には後でまだ話があるから残って」

「はい」

 時雨さんは一旦矛を収めてくれたけど、この後俺また怒られるの?

そして時雨さんは前埜さんの隣に座る。俺の彼女なんだから俺の横に座るべきでは?っと思わないでもないが俺の隣には牛女がいたか。しかし先程助け船を出してくれたところを見ると意外と義理堅いんだな。

「今日呼んだのは事件の顛末について話す為だ」

「それは俺も気になるな。どうなったんだ?」

「屋敷を捜索し君達が倒したのがスキンコレクターで間違いないことが確認された」

「そうか」

 ほっとした。実は替え玉だったとかオチがなくて良かった。これで報復を恐れる必要は無いわけだ。

 悪は倒せるかも知れないが、報復を防ぐのは難しい。ああいう奴らは因果応報だとしても絶対に復讐を諦めない。全てを捨てて復讐に来る奴に日常を送ろうとする者は脆い。ああいう奴らは関わったらある意味負けなのだ。報復の連鎖を断ち切るにはこちらも全てを捨てて挑む必要があり、結果俺は心が壊れた。

「同時に砂府と鵡見の死亡も確認された」

 前埜さんは淡々と告げ、俺は死亡報告を情報として聞き流す。

「覚悟はしてました。してましたけど、もう希望が無いと思うと」

 時雨さんは何かを耐えるように俯いてしまった。きっと心のどこかでは偽物だったという可能性を残していたのだろう。

「そう」

 京は黙祷し戦士として哀悼を捧げているみたいだ。

応接間が静寂に沈黙に包まれ、流石の俺でもこの空気は壊せない。

「だがこれでスキンコレクターの犠牲者が出ることはなくなったんだ。長年に渡りスキンコレクターを追っていた砂府と鵡見さんも本望だろう」

 流石大人の前埜さんは沈黙を振り払うように明るく言い切った。

「みんな良くやった。特に果無君は素人なのに危険を顧みず協力してくれた。君がここまで頑張るとは私も予想外だったよ」

「逃げ出すとでも思っていたか」

「まあね」

 さらっと言い切りやがった。

 まっ俺も皮にされた砂府を見た時の時雨さんの顔を見ていなかったら、あそこまでは頑張れなかった。車に閉じ込められ、特殊合金の爪切りでシートベルトを破壊して脱出したら時雨さんと合流していただろう。そして暢気にユガミを倒す時雨さんの旋律に酔いしれて京がどうなろうが頭になかったであろう。

「君は素人で義務もないんだ、むしろ逃げ出すのが普通だろ。だが君は踏み止まり戦ってくれた感謝する」

 前埜さんは俺に向かって頭を下げた。何か正面から感謝されるとこそばゆいな。踏み止まった理由は正義からでなく、時雨さんの為だけだから尚更だ。

「そしてこれがスキンコレクターを倒した報奨金だ」

 前埜さんは脇に置いておいたカバンから掴みだし、テーブルの上にどかドカッと100万円札の束を5つ置いた。

 100万円の束なんて初めて見た。

「これをどう分けるかは君たちで話し合って決めてくれ」

 500万という金額を物質で見ると電子データ上の数字と違い迫力と重みが魔力を伴って迫ってくる。これは実生活に生きる者ほど抗いがたい、金で人生を狂わされる人の気持ちが実感できる。

一つでいいから貰えないもんかな。

「ボクは辞退するよ」

「私も辞退するわ」

 魔力など簡単に振り切り時雨さんと京はこの金額を見ても受け取ろうとしなかった。

まあ何となくだが、時雨さんはそうするような気がしていた。

「なぜだい? これはスキンコレクターを倒した正当な報酬だよ」

 前埜さんは教師のように静かに理由を問い糾す。正当な仕事を果たしたなら正当な報酬を受け取るのが社会。安易にこれを崩せば、社会に歪みが生じる。

「今回ボクは守れなかった、貰う資格なんか無いです」

 砂府さんと鵡見さんは死亡、大友も入院。優しい時雨さんがお金を貰う気になれないのも分かる。分かるけど、納得がいかない。

「時雨の本来の仕事は護衛、怪我はさせたが大友の命は守りきったんだから貰う資格は十分にあるだろ」

 思わず俺は口に出していた。

「ありがとう。でも、やっぱり貰う気になれない。資格じゃない気持ちなんだね。砂府さん達の屍の上に手にするようで、何か嫌なんだ」

 思い詰めたような表情でもう何を言っても無駄だろう。

 こう言っては何だが、この仕事をしていれば犠牲は織り込み済みだろう。だからこその500万。なのに時雨さんは割り切れないでいる。京とは別の意味で時雨さんは今の時代には合わない清廉な人だ。そんなんじゃ、今の時代食い物にされるだけだ。

誰かが泥を被って守らないと。

俺はテーブルの下、拳を握りしめていた。

「私も最期に倒しただけで、結局手玉に取られっぱなしだったわ」

 生死は割り切っているようだが、京は京で時雨さんとはまた違った意味で拒否する。まあ負けず嫌いの此奴は最期までいいところ無し、本当に最期の一撃だけだったな。

 京は俯き唇を噛みしめている、プライドが高い女も大変だな。

「だが最期の一撃こそお前にしか出来ないいい仕事を果たしたと俺は思うぞ」

俺が言葉にしたところで薄っぺらいだけだろうが、先程のお返しに多少のリップサービスくらいはしてやるか。

「あっ当たり前でしょ正面から戦って私に敵う奴なんていないんだから」

 悔し顔から一気にドヤ顔に変わる、こりゃ手玉に取られるな。

「でも、いらないわ。自分への戒めよ」

「そうか。

それで君も辞退するかい?」

 意外にも前埜さんは俺に問いかけてきた。

「へっ俺も貰う権利有るのか?」

「当然だよ。君の作ったレポートは読ませて貰った。客観的に書かれた中々いい出来だし、君は戦闘でこそあまり役に立ってないが、サポートとして君は実にいい仕事をしている」

 そうなのか? 今回俺が果たしたことなんか勇気を出せば誰にでも出来ることで、時雨さん達のように代わりが出来ない特殊な能力を使ったわけじゃない。

卑下するつもりはないが、とても大金を貰えるような活躍じゃない。とわいえ辞退したらしたで一般人の分際で時雨さん達と同じ立場のつもりかと角が立つ、ここはいい人モードで50万位を貰うのが無難だろうな。それだけあれば、武器の調達費、治療費、加えて怪我でバイトを当分休まなければならないと色々とやばかった当面がしのげる。

「二人がいらないというなら、遠慮無く全額貰うぜ」

 俺は500万の山を鷲掴みにした。

 今の俺にそんな価値が無いことは分かっている。だが時雨さんと対等になりたいのなら五百万を受け取る男で無くてはならない。遠慮なんかいらない、してはいけない、先行投資、ビックマウス上等、だって俺はいい人じゃない、嫌な奴なのだから。

「うん、君のそういう所は素直に感心できるよ」

「まあ、いいんじゃないの。それだけの働きはしたでしょ」

「二人が納得するなら、私から言うことはない。それとお金は口座を教えてくれれば振り込むことも出来るが」

 ならなぜ現金を持ってきたと思わないでもないが、前埜さんは果たした仕事の価値を見えるようにしてくれたのかも知れない。

「頼みます」

 流石に500万の現金を持って歩けるほど、神経は太くない。いや男として出来る男になりたいが、まだ無理です。

 ところでこれって確定申告いるのか? 税務署を誤魔化すなら現金で貰った方がいいような気もするが。まっいいか、いざとなったら学生と言うことで押し切ろう。心強い弁護士様もいるしな。

「それともう一つ、君達のブロンズへの昇格の話が来ている」

「まっまだ早いです。今回ボク達は後手に回るだけでした」

「そうよね」

 それについては俺もフォローする気はない。その通りだ。二人は戦闘力は兎も角、狡猾さが足りない。

「分かっている。だからその話は今は止めておくよ。

 だが考えておいては欲しい。君達は長年捕らえられなかったスキルコレクターを倒したんだ。結果を出した以上、いつまでも見習いと甘えてられなくなるぞ。今度仕事をする時にはその実績がついて回ることになる」

 思うんだが、前埜さん二人に対して過保護じゃないか? 狡猾さが身に付かないのは二人が強者である所為もあるが、前埜さんの所為もあるんじゃないのか。

 修羅場を潜らなければ、真の意味で強くは成れない。

「「はい」」

 可愛いもんで素直に時雨さんと京は重みを噛みしめた顔で返答する。

 まあ甘やかしたくなるのも分かるか。

「とはいえご苦労様。タイミングがいいのか悪いのか分からないが時雨と京は、暫く試験休みだったね。絶対に仕事は入れないから、普通の学生を堪能してくれ」

「はい」

「は~い」

 勉強、何か俺の得意フィールドのキーワードが出たぞ。流行やファッション、戦いについては駄目駄目な俺が唯一実力を示せる。

自分に有利なら躊躇わず攻めるべきだ。

「勉強教えてやろうか?」

「あんたが~」

 京が俺を疑わしい目で見てくるが、どう見ても俺は勉強だけは出来るタイプだろ。そもそもお前に教える気はない。

「これでも帝都大理工学部だぞ。頭の中身じゃ負けないつもりだ。

 どう時雨、何か苦手な科目とか有るか?」

「すっ数学」

 時雨さんはちょっと恥ずかしそうに言うが、バッチグーだ。

「理系の俺が最も得意とするところだな」

「そっそうなの」

 ちょっと時雨さんが縋るような目で俺を見てくれる。こんなこと初めてだ。

 よしっこの流れ。時雨さんの家に行くのはハードルが高すぎるが、もう少し押せば図書館で一緒に勉強なら実現しそうだぞ。

「悪いけど、果無君には頼みたい事があるんだけど」

「ああ」

 前埜のあまりに空気を読まないお邪魔に思わず声が強張る。

「本来なら私がするはずだったんだが急用が入ってね」

「俺はあんたの部下じゃないぜ」

 前埜さんにどんな都合があろうが時雨さんと過ごす一時の方が大事に決まっている。そもそも前埜さんと関わるのは時雨さんと付き合う為だしな。

「なら時雨に頼んでもいいのかな?」

「くっこの」

 時雨さんが前埜さんの仕事を断るわけがない。必然的に図書館デートはなくなり、時雨さんの勉強する時間が無くなるだけ。

「何楽しい上にアルバイト代も出るおいしい仕事だよ」

「甘い言葉は悪意の香り」

「酷いな~。

 今週の土曜日なんだがフランスから客が来るんだ。出迎えとついでに街の案内をするだけの、誰にでも出来る簡単なお仕事だよ」

 前埜の笑顔を見て本当の悪魔はこういう顔をするんだろうなと思った。

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