第43話 全ては時雨の為

「そっそれは」

 鵡見が驚きの視線を向ける先、鵡見が繰り出したナイフを俺が振り払った警棒が受け止めていた。

「三段警棒。

 知り合いに頼んだ特注でな、金属で無く特殊ファイバー繊維で出来ていて金属より軽くて堅い、それでいて金属じゃ無いので職質も躱せる優れものさ」

 まあ、軽すぎて今一扱いにくいのが難点だがな。万が一にと昼間講義が終わった後に受け取ったのが早速役に立つとは思わなかった。不運と嘆くより、少なくないバイト代を注ぎ込んだ投資が無駄にならなかったと前向きに捉えよう。

 しかし彼氏というのはつくづく金が掛かる。時雨さんの彼氏になってから服だデート代だ武器代などなど金が湯水のように飛んでいく。イケメンじゃない分費用が掛かるのはしょうが無いが、早急に割のいいバイトを見付けないと、彼氏破産だな。

「小賢しい」

 鵡見はナイフを一旦引くと同時に、くるっと回ってナイフを振り払う。一瞬無防備な背中を晒す幻惑技だが、ナイフの動きだけを追っている俺には通用しない。

「なんの。剣道三倍段なら長刀三倍段、武器の長さはそのまま強さに繫がる」

 再び俺の警棒はナイフを受け止めていた。俺の方が腕は劣るだろうが、リーチの長さがそれを補う。

「素人が」

 トリッキーな技は辞め鵡見は突き払い突き突き払いとナイフの正当技を連続で繰り出していくる。対する俺はリーチ差を武器に繰り出されるナイフに三段警棒を叩きつけていく。

鵡見は俺の体を狙うが、俺は鵡見のナイフを狙う。

 腕の劣る俺が取れる手は二つ、玉砕覚悟の突撃か防御に徹するか。運の無い俺が賭に出た所で玉砕確定なので、自然防御に徹することにする。それに、このまま徹すれば時間は稼げる。

「クソが」

 鵡見が焦れたのが大ぶりの一撃、俺は冷静に三段警棒を振り払った。

 カキンッ、よほどいいところに決まったのか鵡見の手が握るナイフごと弾かれた。

 手が弾かれ、俺から鵡見の正中線までの空間が丸々空く。

 もしかして、突き込める?

 素人故の欲が生まれ思考が生まれる。

「馬鹿ッ。頭下げなさい」

 矢牛の怒声が響いた時には頭にガツンと衝撃が走った。

 やられた。誘いだったのか。防御に徹していればいいものを攻撃出来るかもと思考なんぞするから隙が生まれ、見事につけ込まれた。

「ぐはっ」

 視界にスパークが走り俺は吹っ飛んだ。


 視界は床に埋め尽くされていたが、寝てたら殺られる俺は考えるより先に立ち上がった。

「あら、意識は刈り取ったと思ったのに」

 鵡見の声が遠く聞こえ頭がガンガンする。どうやら俺は視覚外からのハイキックを食らったらしい。矢牛の声に咄嗟に反応しなかったら意識を刈り取られていただろう。

 三段警棒は? 

 感触は分からない。だが、定まりつつある視界を向ければ、まだ握っているのが見える。

立てた。武器もある。ならまだ戦える。

 奮い立つ俺だが体は酒を飲んだ時のようなふわふわした感覚が抜けない。今攻め込まれたら捌けるか? 恐怖を呑み込みながら三段警棒を鵡見に向けて構えるが、鵡見は俺では無い、おれの少し前の床に視線を向けている。

 ?

 なぜ追撃してこないと俺も鵡見の視線の先を見ると俺のスマフォが落ちていた。どうやら吹っ飛ばされた時にポケットから落ちたらしい。

「それはスマフォ」

 鵡見は俺に問いかけたわけじゃ無いが驚きからか声が漏れていた。

「どうした、そんなに珍しいか?」

 見つかってしまった以上仕方が無い。取り敢えず会話をしてくれるのなら、時間稼ぎも兼ねて付き合おう。

「どうしてここにあるの?」

「ああ、俺が脱出する時に車から持ってきたからに決まっているだろ」

 当然とばかりに俺は答える。

「そうか、そうなんだな。運河の底に沈んだんだ、壊れているんだな」

「馬鹿にするな完全防水だ。それに金庫に入れて電源を切っていたんだ濡れてショートするはずが無いだろ」

 たまに勘違いする奴がいるが、電子品は水に濡れただけじゃ壊れない。水に濡れた状態で電源を入れると壊れるんだ。

「だったら、だったら、なぜ其処にいる。理解が出来ない、出来ない」

「意味が分からないな、もう少し分かりやすく言ってくれ」

 鵡見がヒステリックに喚きだしたが、俺には理由がさっぱり分からない。

「スマフォがあるなら何であんたが戦っているのよ。前埜さんにでも助けを呼べばいいじゃない。あんた素人のクセに犯人を自分で捕らえてヒーローにでも成るつもり?」

 錯乱気味の鵡見でなく矢牛が分かり易く質問してくれる。それにしても矢牛も素人じゃ無いんだな。

「舐めるな。これでもバイトをこなして社会経験は積んでいる。後で上司にいちゃもんを付けられない為にも、ホウレンソウは基本。当然、前埜にここの場所は連絡済みだ」

 まあ前埜は上司じゃ無いけどな。

「今頃動員できる戦力を掻き集めているんじゃないのか」

 出来れば今頃包囲網を完成してくれていて突入目前であると願いたい。

 鵡見が拉致した矢牛の皮を剥ぐ準備をうきうきとしている間に、俺はこの屋敷を探索して仲間がいないか調べた。特に鵡見がスキンコレクターなら砂府が実は生きている可能性もある、徹底的に調べた。結果、この屋敷にはここにいる俺達以外誰もいない。鵡見が外部に連絡を取っている様子も無かった。

 此奴は単独犯、集めたコレクションを一人で見て悦に浸るタイプ。故に此奴を片付ければ、この事件は終わる。

「だったら、なんであんたは命懸けで戦っているのよ。連絡したんなら、どっかに隠れていればいいじゃない」

「それじゃあ、お前が殺されてしまうじゃ無いか」

「私を助ける為」

俺は間髪無く答え、矢牛の頬が少し赤くなった。

「おっと勘違いするなよ。基本的に俺はお前がどうなろうと知ったこっちゃ無い」

 誤解の無いように俺はちゃんと説明をする。これもトラブルを避ける知恵だな。

「ならっ」

 今度は怒気で矢牛の顔が赤くなる。

「お前が死ぬと時雨が悲しむ。俺はあんな顔は二度と見たくない」

 皮にされた砂府を見た時の時雨の顔が浮かんでしまう。

「だから俺は時雨の為、時雨が愛する者は俺が守る」

「っ」

 時雨さんにあんな顔は似合わない。

笑っている顔もいいけど凜々しい顔が時雨さんにはよく似合う。

間違ってもあんな顔は俺の惚れた時雨さんじゃ無い。

「あなた馬鹿なのね、それで自分が死んだら何にもならないでしょうに」

 何かに納得したのか黙っていた鵡見が俺を哀れむように言う。

「その通り、俺が死んでも時雨は悲しまない。なら死ぬならその女で無く俺でいい」

 鵡見は哀れむように言うが、何処に哀れまれる要素がある。

 俺は時雨さんの彼氏として目的を果たすのだ、むしろ誇らしいだろうが。

「あなたが死ぬんじゃ無い。あなたも女も死ぬんだよ」

 なるほど、それなら俺は無駄死にだ。

 鵡見は俺に向かってくる。もう遊びはないだろう、プロとして俺の動きは見切っているはず。

「はっ」

 俺はこの戦い初の先制で警棒を振り払った。

「素人の苦し紛れねっ、間合いが遠い」

 プロらしく警棒が届かないギリギリを見切っての踏み止まった。俺が警棒を振り切ったら一気に隙を突いて間合いを詰める気だろう。

 俺を素人と舐めすぎだ。

「そうかい」

 俺は警棒のストッパーを外す。すると遠心力に飛ばされ三段警棒の先からカシャカシャと警棒が伸びていく。

 これぞ素人の俺が出来る、ただ一度の邪道の不意打ち技。ここで決まらなければ苦しくなる。

「なっ」

 鵡見は慌てて大きく後退しようとするが、それを追撃するように4段目、5段目と伸びていく。

「くっ」

 6段目が猛撃、あと少しで届くというところで鵡見は背を反らして躱しだした。このままじゃギリギリ届かない。

 だが。

 シュッ、最後の最後針のように鋭い7段目が飛び出し鵡見に襲い掛かる。

「はっ」

鵡見はイナバウアーの如く背を反らすと、特殊7段警棒をリンボーダンスのように潜り抜けた。潜り抜け反らした背を元に戻せば、俺の眼前に鵡見が迫っていた。

「所詮素人の小細工」

 にたっと笑う鵡見がナイフを振り上げる。7段警棒は空振り俺の全面はガラ空き、真っ直ぐ振り下ろせばナイフと俺の心臓の間に障害は無い。

「そうかい。ならプロに任せるよ」

「どりゃーーーーーーーーーーーーーーっ」

 鵡見の背後に忍び寄った矢牛のコマのように振り回された蹴りが見事鵡見の顔にめり込んだ。

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