第42話 時雨の彼氏 命を張って勤めます

 地下だろうか窓一つ無い部屋。床や壁は元は飾り気一つ無いつるつるの白一色のタイル張りだったのだろうが、部屋を照らす白熱灯の輝きに照らされその所々に黒い染みがこびり付いているのが分かる。血臭が籠もる部屋には手術で使えそうな台が置いてあり、脇にはナイフやらノコギリなどが置いてある。

 ここまでなら古びた手術室と思えなくも無い、だが中央に普通の手術室には絶対に無い奇っ怪な作業台がある。人間大の口状の金具があり、その前後は頭ほどの大きさのベアリングに繫がっていて回せるようになっている。

 その奇っ怪な台に一糸纏わぬ姿にされた少女が口状の金具にX字に括り付けられていた。綺麗な双丘を為す胸も卑猥な局部も晒された姿ながら欲情よりも解体される牛を連想させられる。

「ふふっ本命は逃したけど、この娘もいいわ」

 少女の吸い付くようにしっとりとした肌に指が這わせられる。

「うぅうここは?」

 指がくすぐったかったのか少女の目がうっすらと開けられていく。

「あらお目覚め」

「鵡見さんっ!?」

 起き上がろうとしたが体が動かせない。

 括られたいた少女は矢牛であった。運河での脱出時に背後から襲われ気絶させられたが殺されることは無く、鵡見が隠しておいた車に乗せられここまで連れてこられたのだ。

「こっこれは」

 矢牛はガチャガチャ手を動かすが全く動かせない。恐怖に自分の体を見れば、一糸纏わない裸にされ変な金具に括り付けられていることに気付いた。

 分からない、なぜ自由を封じられているのか、なぜこ鵡見が自分を見下ろしているのか、不安だらけで白い肌から血の気が失せていき、透き通るほどに色素が抜けていく。

「安心して綺麗に皮を剥いであげるから」

 鵡見はうっとりとした目で矢牛を見下ろしつつ高級牛を食したような口で舐めるようにしゃべる。

「なっ何を言っているの」

「あら、察しが悪いのね。でもその顔いいわね。恐怖がいい具合に肌に染みこんでいい色合いよ」

 鵡見はここで一旦会話を切ると脇の台に置いてあったナイフを取る。

「そっそれでどうするつもりですか」

 矢牛の目が限界まで開かれ、銀色に光るナイフを凝視する。

「ん。安心してね。ここでくるっと回して背骨のラインから切り裂いていくから、醜い痕は分からないわ」

 鵡見は台を反転させると矢牛の締まった筋肉で谷間になっている背骨のラインに沿って指を滑らせていく。

「辞めて辞めて辞めて」

 見えないことで背骨を這っていく指の感触が倍に感じられ恐怖も倍加する。矢牛は幼子のように嫌々と首を左右に振る。

「ほんといい顔。引っ繰り返すとそれが見れないのが残念。

 いっそ脇からナイフを入れてみようかしら」

 鵡見は再度台を回して矢牛を横向けにすると矢牛の脇にナイフの歯を当てる。

 そのナイフの冷たさに矢牛の肌に一斉に鳥肌が立つ。

「おっお願い辞めて」

 矢牛の強気は潜め嘆願するような声を出している。

「いい顔。貴方普段強気なのは仮面だったのかしら。怯えたその顔が最高に可愛いわ」

 鵡見は矢牛の顔を一通り愛撫するとナイフを臍に当てた。

「貴方の絶叫が聞きたいから催眠は使わないけど暴れないでね」

 鵡見の顔から嘲りが消え職人のような顔付きに変わる。

 嬲るのは終わりのようだ。

 仕方ないか。

「助けてやろうか」

「果無!!!」

 地下室へと続く階段のドアを開け姿を晒した俺に矢牛が驚き、鵡見はさっと腰を落とす。

 隙を見せたらザクッと刺されるな。

「おっお前も裏切っていたのかっ」

 ちっ、ここからは一つのミスも許されないってのに、苛つくから見当違いの弾劾は辞めて欲しいぜ

「取引だ。俺と時雨の仲を応援するというなら助けてやるぞ」

「お前は何を言っているっ!?」

 さっきまであれほど怯えていた矢牛の顔が戸惑いの顔に変わる。

「だから取引だよ。ギブアンドテイク。ただじゃ命は賭けられない」

「最低」

 最低その通り。

 ヒーローなら無償で女の子を助けるだろうが俺はしない。

 なぜなら俺はヒーローで無く「嫌な奴」だからな。

「残念だが取引は無しか」

 まあ侮蔑の視線は慣れてはいるが、そういった視線を向けられると意欲が削がれる。

 本当に俺は何をやっているんだろうな?

 今頃は俺のプレゼントを時雨さんが受け取ってくれた頃か。

 嫌われている彼氏からのプレゼントだけど時雨さんは喜んでくれたかな。

 喜んでくれているといいな。

 後はその喜んだ顔を曇らせないよう頑張らないといけないんだが。

「ちょっちょっと待ってよ。本当に私を見捨てるの」

 黙り込んでしまった俺を必死になって矢牛が呼び掛ける。

 本気で言ってやがるのが伝わり益々やる気が削がれていく。

「断ったのはお前だ」

 意趣返し少し虐めたくなった俺は冷たく言い放つ。

「いっ嫌だ死にたくない。たっ助けてよ」

 俺の本気が伝わったのかプライドも糞も無く矢牛は必死に縋ってくる。

「だったら・・・」

「友達も裏切れない」

「ちっそんなに俺は不良物件か」

 自分のプライドは捨てても友達は裏切れない。立派と褒めてやりたいが、むかつく。別に俺は時雨さんを罠に嵌めろとか、陥れろとか言っているじゃないんだぞ。

「そんな奴に助けられるのはお前のプライドが許さないだろ」

「なら私が付き合ってあげる」

「はい?」

 売り言葉に買い言葉怒りのを吐き出すように言った俺の言葉に意外すぎる言葉が返ってきた。理解が暫し追いつかない。

「だから私が付き合ってあげる」

「悪いが浮気はしない」

 交渉は決裂だな。互いにメリットが無い以上仕方が無い。

「ねえ」

 傍観していた鵡見がここで俺に話しかけてきた。

「あなた生きてここからでられるつもり?」

「そのつもりだが」

「私が許すとでも」

「そうか。一度許したんだ、二度目も有るんじゃ無いか」

 こいつは一度車で俺を殺し損ねている。罠は完璧だったんだが、俺を素人と侮りツメが甘く、結果俺は生き残った。

 タネは簡単。特殊合金で作った爪切りを忍ばせていた俺はそれでシートベルトを破壊しただけのこと。

 何でそんな物を持っているかといえば、俺のような人間はいつ悪意が襲ってくるか分からないからな、備えておいただけのこと。本当は十徳ナイフの方がいいんだが、テレビでそれを所持していただけで捕まったニュースを見て、爪切りにした。爪切りはハサミと鑢を兼ね備えている上に職質されても紳士の身嗜みと誤魔化せる。

「それについては反論できないわね。

 それで彼女は結局助けるの?」

「交渉は決裂だ」

「ちょっと決裂してないしてない。付き合ってあげるから。大サービスで手も繋いであげる」

 お前は何処ぞのデートクラブの女子高生か。それで命を賭けろとはぼったくりすぎだろ。

「それで結局あなたはどうするの?」

「お前次第だな。解体を先にしたいなら、見ててやるからさっさとやれよ」

「私人が見てると集中できないタイプなの」

「それは悪かったな。なら出て行ってやろうか」

「ううん、その必要は無いわ。貴方が消えていなくなれば、解決よ」

 ナイフを持って鵡見が襲いかかってくる。

 まっ俺も馬鹿じゃ無い。姿を晒した時から覚悟はしていたこと。ちょいとした時間稼ぎの戯れ言さ。

 さあ、ここからは命を賭けて、時雨の彼氏勤めます。

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