第38話 名探偵

「どういう意味ですか?

 それよりもどうして何もせずその場にいるのですか?」

 時雨はぐちゃぐちゃに頭を掻き乱す疑問を吐き出すように叫ぶ。

「だって、ここに立っているだけで全てがうまくいくんですもの、立っているわよ」

 鵡見はストップ高で上がる株を見守るトレーダーのように当然とばかりに答える。

「うまくいくって何がですかっ。早くしないとみんなが・・・」

 時雨は大事な時間が無為に削られみんなの命が刻一刻と減っていく状況に耐えかねるように叫ぶ。

「あなた勝手に運河に飛び込んで、勝手に体力を消耗してくれるんですもの、おかしくってついつい声が漏れてしまったわ」

 鵡見は笑う口元をはしたないとばかりに上品に手で隠しながら言う。

「貴方は何を言っているのですか」

 分からない理解できない、時雨の頭は真っ白になり間の抜けた表情を浮かべる。

「意外と頭悪いのね」

 時雨は頭が悪いのでは無い、信じていた人を信じていたいと思う普通の少女なのだ。あっさりと損切りを出来る投資家のように人を切り捨てられるわけが無い。最後の最後まで時雨は理解を拒否し鵡見に縋ろうとする。

「ボクが頭が悪いなんてどうでもいいんです。もっとハッキリと答えてよ」

「妙にうるさい男も貴方のお友達も片付いた、残りは貴方だけよ」 

「キョウちゃんをどうしたって?」

 時雨は静かに問い糾した。

「だから、とっくに始末したわよ」

「しまつした?」

 時雨は顔の皮が剥がれ落ちそうなほどに苦悩に自分が何を言っているのか感情が理解を拒否させる。

「鈍いというより頑固なのね。矢牛はね。前を泳ぐ貴方のことに気を取られすぎて背後から迫る私に全く気付かないんですもの。こう口元を塞いで、きゅっと絞めてやったらあっさりと始末できたわ。全く旋律士と言っても甘甘の小娘ね」

「うっうわっうわうわわあああああああああああああああああああああああああああ」

 時雨はまざまざと叩きつけられる現実に耐えかねように頭を抱え喚いた。

「そうその顔よ。澄まし顔のあなたが絶望に沈んでいく、その感情が貴方の皮にいい色合いを与えてくれる。これで心置きなく皮を剥がせるわ」

「おまえ、お前がスキンコレクターだったのかっ」

「あら今頃。最後の犯行が終わるまで分からないなんて、時雨ったら名探偵になれないわよ」

「ボクがボクがあの時追求を辞めさせたから?」

 馬鹿に仕切った鵡見の物言いに時雨は後悔で塗りつぶされた顔で嘆いた。

「ウォッシャー、片付けなさい」

 鵡見が命令すると運河の中央に小さい渦が生まれだした。

「なっなに」

「洗濯機と言うには大きすぎるかしら」

 小さく風呂の栓を抜いたくらいの渦だったものが、グンと運河の底を貫くほどに深く船すら巻き込むほどに広がった。

「きゃあ」

 時雨はあっという間に呑み込まれ水面下に消えた。

「あはあははははははははははっははははっはははあはーーーーーーーーーー」

 鵡見の笑い声だけが運河に流れていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る