第36話 意趣返し

「君は助手席ね」

 外に出るとワンボックスカーが停車していた。鵡見が運転をするとして、残りの女三人は俺を避けるように後部座席に座っていく。あの冷たい視線の集中砲火を浴びながら後ろの席に乗り込むのも必要ならするが、現状では時雨さんに不快感を与えるだけ。大人しく助手席で置物に徹していよう。

「それとスマフォの電源をOFFにして、私に頂戴ね」

「なぜですか?」

「位置情報を悟られるかも知れないから万が一の為。いえ違うわね、相手はスキンコレクター、家すら突き止められたんですもの知られていると思っていいのかも」

「分かりました」

 女三人は素直に鵡見にスマフォを渡し、鵡見はそれを金庫のような箱にしまう。

「ほらあなたも」

「その箱は?」

「電波を遮断する箱よ。ほら君も」

「前埜との連絡はどうするんですか?」

「基本こちらから有線でしかしないわ」

 この女に連絡手段を握られるのは安心できないが、言っていることは筋が通っている。ここでごねても結局は俺が折れることになるのなら、時間の無駄。俺はスマフォの電源を切って鵡見に渡した。

「よしじゃあ行きましょう」

 車は静かにスタートした。

 

 車のエンジン音だけが車内の空気を振るわしている。誰も何もしゃべらない、無言のままに緊張感だけが張り詰められていく。

 映画だとここで陽気な黒人がジョークを飛ばして場を和ませるところだが、俺にそんなスキルは無い。基本俺は用が無い会話は出来ない。大友さんは命を狙われるストレスで一杯一杯。時雨さんは何か考え込んでいる。こういう時にこそ喧しい矢牛さんに活躍して欲しいのだが、彼女すら何か物思いに耽っている。二人とも旋律士とは言え少女、知り合いがあんな事になったのだ仕方が無いのかも知れない。

 俺は万が一置いていかれたときのために車がどこにいるか把握しようと景色を観察しているが、どうやら車は海の方に向かっているようだ。そして、この時間だからなのか、人目が少ない道を選んでいるのか、都内とは思えないまるで田舎道を行くように周りに車は無くなっていた。街灯とこの車のライトだけが行く先を照らす。

 スムーズに進んでいく車は、いつしか光が揺らめき流れる運河と並走しだした。このまま海に出て船に乗り換えたりしたら、本当に逃避行らしいな。半分寝ているような頭でそんなことを思っている俺に急に横Gが掛かった。

「なっあんんだ」

「どうしたんですか?」

 後部座席から時雨さんが鵡見に問いかけている。

「ハンドルが効かない!!!」

 鵡見の顔面が蒼白になっている。

「なんですって!!!」

「それにブレーキもアクセルも効かない。どんどんスピードが上がっていく」

 鵡見は脂汗を湧き上がらせながら色々操作しているが車の制御が持ち直すどころか益々コントロール不全に陥っていく。

 スキンコレクターに罠を車に仕掛けられた? それともスキンコレクターはサイコキネシスを扱えるというのか? まあどっちにしろ俺達は狩られる狐の如く猟犬にぴったり追跡されていたわけだ。

 クソッが。

「もう駄目。運河に落ちるわ」

 諦めた鵡見の口調を合図に車は猛ダッシュして運河に飛び込んだ。


 目を覚ますと水の中だった。車は運河の底に沈みドアや窓の隙間から水が噴き出してきている。ひっくり返ってないのがせめてもの救い。

「みんな早く脱出を。二人は大友さんをお願い。私が彼を見るわ」

「はい」

 大友さんは運河に飛び込んだ衝撃で気を失ったようだ。時雨さんも矢牛さんも少女はとはいえ訓練受けたプロだけ有って、気絶することは無く冷静に大友さんのシートベルトを外している。

 俺も急いでシートベルトを外さないと。

「いい、前のドアは水圧で開かないから窓ガラスを砕くわ。そっちはスライド式だから大丈夫のはずよ。

合図と共に同時に行くわよ」

鵡見は腐っても年長者なのか的確な指示を時雨さん達に出していく。

「はい」

 矢牛がドアの取っ手に手を掛け、時雨さんが大友さんを抱えてる。

「ワン、ツー、スリー」

 矢牛がスライドドアを開け、鵡見がどこからか出した鈍器で窓ガラスを砕いた。

車内に一斉に水が溢れ込んできて、それに押し出されるように時雨さん達が車外に脱出していく。

 そして俺は、未だシートベルトを外せないでいた。

 ロックが壊れている?

 助けを求めようと横を見ると、時雨さん達が脱出するのを見届けた鵡見さんは一度として俺の方に向き直ること無く、砕いた窓から一人車外へ脱出していく。

 見捨てられた!?

 口は災いの元とはよく言ったものだ。これがあの女の意趣返しか。

 だがこの程度。この程度だ。裏切られるのも見捨てられるにも慣れている。自分の身は自分で守るのがルール、端から人に頼っては俺の人生今まで生き残ってはいない。

 いつも通り独りで生き残ってみせるさ。

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