第32話 優しさは退路を断つ

 講義も終わり、別件の用事を済ませるととっくに昼は過ぎていた。今は丁度3限が終わるくらいの時間、今なら空いていて丁度いいと滅多に行かない中央食堂で一人静かに飯を食べることにした。

 時代の流れで学生に媚びを売る宣伝として綺麗に改装され300人は悠々と広々とした食堂には、予想通り学生がちらほらとしかいない。

 ずらっと並べられた長机の列、俺は窓際の方の角席に陣取って一人静かに食事をしていると何やら騒がしい一団が入ってきた。ふと視線を向けると、その一団の中心に時雨さんがいる。時雨さんの周りには見知らぬ男共が話しかけようとしているが、それを西村の彼女?だったかなが巧みにガードしている。時雨さんに男が群がるのは面白くないが、ぱっと見前埜ほどのオーラを持った奴はいないようだ。だったら、人あしらいがうまい西村達に任せよう。どうせ、時雨さんが靡くことは無いのだから、ある意味では安心。

 だがそれはいいとして肝心の護衛対象はと探してみると、和からちょっと外れたところで大友さんと矢牛がいた。矢牛の方はここからでもぴりぴりとしたオーラが伝わってくる。人当たりのいい時雨さんと違って威嚇して近づけないようにしている訳か。

 何にせよ仕事は果たしているようで一安心して俺は視線を一団から窓の外に向け関わりと絶った。

「いい天気だな~」

「何無関係を装ってるんだよ」

 視線を戻せば憮然とした表情の西村がいた。

「食べないのか?」

 西村の席に食事も何も置かれていない。俺を見付けて取るものも取りあえず急いできたようだが、俺に何か急用でもあるのか。

「俺はもうとっくに食ったよ。今は3限が終わってサークルまで時間があるから時間潰しに寄っただけだよ」

「なるほど」

 この食堂、綺麗だし食事以外のメニューも充実しているとあってカフェ代わりにする生徒も多いし、時にはサークルのミーティングにも使われたりする。

「確認してなかったが、お前と大友は同じサークルなんだな」

「そうだよ。探求研に入っている」

 講義が終わったらサークルに出ると言っていたが、これで大丈夫だ。

「じゃあ引き続き便宜を図ってくれ」

「何人ごとみたいに言ってんだよ。お前だって講義が終わったんだろ、だったら手伝えよ。

 彼女達を教室に目立たないように紛れ込ませたり、俺達と一緒にいる理由を捏造したり、群がる男達を適当にあしらったり、ああ~もうてんやわんやだよ」

 西村は頭をワシャワシャしながら愚痴を零す。

「意外だな」

「何がだよ」

「結構責任感があるんだな」

 ちゃらんぽらんに愚痴を零す間もなく放り投げるかと思っていた。

「お前俺を馬鹿にしてるだろ。

昨日の今日だぞ、それで護衛が二人も来た。聞けば更に二人は捜査に当たっていると言うじゃ無いか。大友が如何にやばいのか俺だって分かる。俺のサポートミスで大友まで行方不明になるかと思うと、気が気じゃ無い」

「年を取ればいい思い出になるさ」

「無事終わればな」

 西村は思いっきり顔を顰めて返事をしてきた。

「終わるさ」

 最悪を想定して行動はするが、それは最悪のことを避ける為にだ。だから本当に最悪のことなど起こさせない。

「人ごとのように。っでだ。話を戻してお前探求研のミーティングに出ろよ」

「断る」

「お前サークルに入ってないだろ。矢牛さんと一緒に入会希望者として紹介するからさ」

「入る気などない」

 部活やサークルは嫌いだ。時にそれは個人を殺して集団への奉仕を強要する。冗談じゃ無い。入らないにしても、俺は矢牛と違ってここに通い続ける。余計なしがらみはいらない。

「楽しいぞ。探求研は、その名の通り世の中の面白いことについて探求するサークルでさ。旅行に行ったり、クイズ大会に参加したり」

「1ミリも興味が湧かないな」

 本気で興味が湧かない。そんなサークルに入るくらいなら、まだ駅前のトレーニングジムに通った方がいい。金は取られるが余計なしがらみはないし、体も鍛えられる。

「お前だって前埜さんから頼まれているんだろ。だったら出来ることはする義務が有るんじゃ無いのか」

「便宜を図ってくれと言われただけだ。護衛そのものは俺の仕事じゃ無い」

 素人の俺がいても邪魔なだけだ。気配り上手の西村がいれば十分。其処のところを西村は分かってない。これ以上の長居は無用とばかりに立ち上がろうとしたタイミングで声が掛かった。

「な~に深刻な話をしているの」

 軽いウェーブの掛かったセミロングの髪をした、令美とかいう西村の彼女がいつの間にか来ていた。

「は~い、時雨ちゃんも座って」

 令美さんは時雨を俺の隣に座らせる。

 やられた。これでは俺は席を立てない。このタイミング立ったら時雨さんを避けているみたいじゃ無いか。

見れば西村はにやにやしている。

「はあ~疲れたよ」

 時雨さんは座るなりテーブルに俯せになってぐったりした。

「そんなに護衛は大変か」

「護衛が大変というか、なんでみんなボクに話しかけてくるかな。やっぱ制服が珍しいのかな」

 それは多少有るが根本は時雨さんが可愛いからだろ。これが理系の教室だったら話しかけられる奴は少なかっただろうが、文系の教室じゃな。オーク部屋に姫騎士を放り込むようなもんだ。

「だから言っただろ」

「ぐっ」

 どうしたもんか。明日から地味目に変装しても手遅れなんだろうな。

「すいません私の為に」

 大友さんもこっちに来たようで、さり気なく俺と時雨さんの前にコーヒーを置いてくれる。

「ありがとう」

「すまない」

「いいんですよ。迷惑掛けているのは私の方ですから。

それで西村君」

大友さんはコーヒーを配り終えると席には座らないで西村に話しかける。

「なんだ」

「やっぱり今日はサークルの会合休みます。みんなに伝えて貰えますか」

 おずおずと大友さんは西村に頼む。

「そうか」

 西村はどこかほっとしたような顔をする。

「そんなボクのことなら気にしないで出てよ」

 時雨さんが善意からそう言うが、善意も相手によっては重みになる。

「時雨。お前の頑張りが他人の負担になることもあるんだぞ」

「えっ」

 大友さんや西村をちょいちょいと指差してやる。

「ちょっと、シグにそんな言い方」

 矢牛が俺に噛みついてくる。

「ありがとう、キョウちゃん。でもそうだね、今日は色々あったしお言葉に甘えようかな」

 時雨さんは俺の方を恨めしそうに見ながら折れた。

「じゃあ、今日はもう帰るのか?」

「はい。帰りにスーパーに寄ってそのまま帰ります」

「そうか」

 一応時雨さん達が大学にいる間は待機していようと思っていたが、思いの外早く帰れそうだな。

「今日は四人ですからね。鍋にでもしましょうか」

 大友さんはニコニコと嬉しそうに言う。

 ん? 四人?

「ちょっと、此奴も一緒に止まるの。嫌よこんな野獣と一緒なんて」

 矢牛が露骨に不快感を表す。

 気が合うな俺も嫌だ。女三人の部屋に男が一人なんて息苦しい。

「そんなことは無いですよ。果無さん昨日だって一緒でしたけど、指一本触れてこない紳士でしたよ」

「ヘタレなだけでしょ」

「そんなことありません。紳士なんです~」

 矢牛さんと大友さんが言い合うが、彼女であるはずの時雨さんからフォローが全く無いのが少し悲しかった。

「いや、俺は帰るぞ」

「え~何でですか」

「長期の泊まりなんて想定してない。着替えも無いし。シャワーも浴びたい」

「えっシャワー浴びてないの?」

「下着昨日のなの?」

「「フケツ~」」

 時雨さんと矢牛にハモられた。幾ら俺でも少しは傷付くぞ。そして気のせいか俺を罵りながら矢牛の顔が何か思い付いたような顔付きを一瞬見せた。

「そうだろ。だから・・・」

「シャワーぐらい借りればいいじゃない。ねえ、大友さん貸してくれるわよね」

 さっきまで反対していた矢牛が急に賛成派に回った。

「はい、当然です」

「下着もスーパーで買えばいいじゃない」

「いや、そもそも俺がいなくてはいけない理由がないが」

「男ならうだうだ言わないの。シグの彼氏なんでしょ、だったら恋人が危険な目に合っているのに自分だけ安全なところに避難するなんて無いわよね」

 人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて見上げてくる。あからさまな安い挑発だ。その程度、伊達に大学生じゃ無いところの屁理屈を述べて論破してやる。

「別にボクは構わないよ。いたって危ないだけだし」

 グサッ、味方に背中から刺された気分だ。

 時雨さんからは善意の優しさだろうが、男としては退路を断たれたようなもの。

 チラッと見れば矢牛はこの展開をにやにやと面白そうに見守っている。

「そうだな。折角だし俺も一緒させて貰うよ」

 やっと分かった。あの女、どうやら俺と時雨さんが付き合っているのが気に入らないようだな。そうと分かれば、今夜この女絶対に何か仕掛けてくるだろうが、食い破ってやるぜ。俺と時雨さんの恋人契約は破らせない。

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