第12話 お前のものは俺のもの
時雨さんは華麗に舞い水の手を砕き、隙を見ては水槽を飛び越えてあちら側に行こうとしているが、その時ばかりは水の手は必死の抵抗を見せ時雨さんを寄せ付けない。
これはブラフか。
時雨さんは水槽の向こうに漂う白蝋化している女が怨念の元凶、この怪異の元と思っているようでだが。もし苦労して向こう側に行って白蝋化した女を倒す、それでも怪異が収まらなかったら? 時雨さんは水槽の中で体力が切れ息が切れ、自分では無く俺達を助けられなかったことを悔やんで水底に沈んでいく。その絶望は自分のことしか考えない俺などが思い付かないほどに暗いだろう。
これはブラフじゃ無い、悪意のトラップ。
「くっ」
何回目かのアタックが弾き返され時雨さんは水槽の縁から通路側に弾き返される。
直ぐさま空中で弓なりに背を伸ばし、水に濡れた服は肌に張り付きその膨らんだ胸とへこんだ腹を繋ぐラインをレオタードのようにくっきりと見せてくれる。時雨さんは背を伸ばしたままに頭の方から空で一回転をすると見事に足から着水した。
着地の衝撃を膝を曲げて吸収しそのまま伸び上がって跳躍しようとしたところを、俺が肩を掴んで押さえた。
「何するの」
時雨さんが俺を射貫くように睨む。見知らぬ人だったらこんな目で見られたら距離を置こうとするが、時雨さんなら別背筋がゾクゾクして、逆に顔をぐっと近づけた。
さてと、ここから嫌な奴の役割を果たさねば。
「お前は馬鹿か」
「なっ」
いきなりの言葉に時雨さんの表情が固まる。多分ここで馬鹿だなんて面と向かって言われるとは思わなかったのだろう。
「いつまで雑魚と戯れている。さっさとこの怪異の本体を倒して俺を助けろ。
全く服が濡れて気持ち悪いは寒いは、彼女として彼氏に優しくしてあげようという気持ちは無いのですかね」
「ごっごめん。みんなを助けようとしているんだけど、ボクが力不足で」
聞きたくも無い言葉が二つ。
元々助ける義務なんて無いんだ、謝るな。勝手なこと言うなと怒るところだろ。
それと、みんなか。そういう人だから俺も助けてくれたんだけど、果無って言って欲しかったな。
「そんないい方無いだろ。さっきからその子みんなを助けようと必死になっているじゃ無いか」
チャラ男のようでいい人の西村が俺を非難してくる。まあ俺もそう思うよ。
「けっ、綺麗事を言うな。結果が伴わなければ過程は意味が無い」
過程が意味あるとしたら次がある場合だけだ。負けたら終わりの世界で、過程に何の意味がある。
「お前嫌な奴だな。そんなこと言うなら自分で何とかしろよ」
いつの間にか近寄っていた見知らぬ男にまで非難された。
「部外者は黙ってろっ。俺と此奴は彼氏と彼女、此奴の力は俺の力、此奴の手柄は俺の手柄なんだよ」
「うわっ最低だ」
「兎に角俺はもうここにいたくない。だからさっさと決着を付けろ」
「出来るならしているよ。そうしたいだど、出来ないんだ」
時雨さんが犬に怯える兎のように弱々しく言う。その姿に心が痛むが、ここで同情していたら、俺はただのモブに成り下がり時雨さんの視界から消える。
「違うね。出来ないんじゃ無い、やらないんだ。そんなに俺を苦しめたいか」
「そっそんなこと無いよ」
「だったら、さっさとこの怪異の本体水槽を破壊しろ」
「水槽が本体?」
目を見開いて驚いている。水槽が本体という発想は無かったようだ。
「んあんだ気付いてなかったのか? やっぱ馬鹿だなあ~」
「むっ」
「それに仮に違ったとしてもだ、水槽を飛び越えて向こうに行こうとするより水槽を破壊した方が早いし楽だろ」
「そっそうだけど。そんなことしたら、水槽の中の水が一気にこっちに流れ込むよ」
その結果、溺れ死ぬ者がでるかも知れない。そんな危険な選択を優しい時雨さんが選べるわけが無い。
だが今はその優しさが命取りだ。
「ぐだぐだと。彼氏たる俺が命じる水槽を砕けっ」
「でっでも」
「結果に怯えるな。言っただろ俺とお前は彼氏と彼女、お前の責任は俺の責任。何かあったら俺の所為にしろっ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます