第11話 剔られた心
時雨さんは相変わらず白鳥の如く水面を走り翼の如く手を羽ばたかせ水の手を砕き消滅させていく。だが、攻撃が外れた水の手もある。外れた水の手はそのまま水面に激突して砕け散る。そして水かさは徐々に増えていく。
時雨さん自身に当たらない攻撃すら無理に砕いていったら、今の美しさは失われ、乱れは疲労と成り、やがて白鳥は羽をもがれ水底に沈む。
この怪異の根本を砕かないと。
だが、どれがこの悪意の根本なんだ。
単純に考えれば、最初に見た白蝋化した女達のどれかだと思うが、その女達はガラスの向こう側。このガラスを簡単に砕けると思えないし、砕けてもその瞬間向こう側の水が大量に流れ込んできて溺れ死ぬ。
まさに八方塞がり、タナトスを鼻息の距離までに感じる。
だが死が迫るほどにそれに抗う時雨さんは輝く、もっともっと美しさを見せて魅せてくれる。それを目に焼き付けて死ぬなら俺は本望。
だからといって安易に死ぬ気はない。死に神に全力で抗ってこそ輝く。安易な陶酔でモブ如き俺が時雨さんの輝きに水を差すわけにはいかない。
なら考えろ、この悪意とは何だ?
俺達を殺すことが目的じゃ無い、それなら水の手なんてまどろっこしいことをしないで、最初から全力で水を注いで俺達を溺れさせればいい。
あくまで俺達が抗い力尽き絶望していくさまを楽しんでいる。
誰が?
あの白蝋化した女達か?
あの死んだ女達の怨念?
なにかしっくりこない。
悪意に敏感になった俺の心に響かない。
トラウマに剔られた俺の心は弱い。弱いが故に悪意に敏感。敏感が故に巧みに悪意を流してきた。
その俺が違うと感じてる。
普通の人に成れなくなったこの歪んだ心を憎んでいるが、今はこの心を誇ってみよう。
アプローチを変えて思考。
こっち側は死に抗う生。
あっち側は死に満ちている。
あのガラスで仕切られたこちらとあちらで、此岸と彼岸に分けられる。
生と死を分かつ境を気取ってやがる。
「分かった」
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