第5話 待ち人来ない

 俺は駅前で待っている。

 北口前広場、そこで10時の待ち合わせ。

 今は9時半、遅刻せず時雨さんが万が一早く来ても待たせないベストな時間。

 俺は時雨さんとの再会までの時間を潰すべくポケットから文庫を取り出した。内容はミステリー、ここで恋愛物なんか読み出したら時雨さんとの再開待ち遠しい気持ちと合わさって顔がドロドロになって、近寄りがたい不審人物になってしまうので冷静になれるようにとのチョイスだ。

 30分後、視界を本より離して周りを見渡すが時雨さんはいない。

 俺にとってはどうでもいい人が右から左へと流れて行くのみ。

「まあ、多少は待つものさ」

 俺は再び本を読み出す。

 読書に没頭する中、俺に話しかけてくる者はいない。

 30分後、再び当たりを見渡すが時雨さんはいない。

「本さえあれば俺は幾らでも待てる」

 そうして読書をしては周りを見渡すを繰り返していく。

 字の世界と現実を行ったり来たり、その内感覚が溶けてきて自分がどっちの世界の住人か分からなくなっていく。

 しかし丁度章の切れ目で現実に戻って時間を見れば、12時だった。

 二時間。

 これは世間一般的に見れば、すっぽかされたと思うべきなのか。

「ふう、愚問だな」

 彼女は心を閉ざしていた俺が出会った美しい人。

 そんな人が嫌だからぶっちするとかからかっただけとか気が変わったとか、そんな事をする人じゃ無い。

 幾ら嫌いな俺との約束でも、した以上は守る。

 そういう人だと俺は思った。

 なら、答えは決まっている。

 元々今日一日は時雨さんに捧げる気だったんだ。

 今日という日が終わるまで待とう。

 本を仕舞い、時計を外す。

 俺は時雨さんをただ待つことにした。

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