case2. 奇妙な日常風景/SCP-368,SCP-999
パタパタと、耳元で音がする。
「も~いやだ~~~~~……」
徐々に弱くなっていく悲鳴を上げながら、青年はデスクに突っ伏した。
自分に与えられたデスクの上はまだ寂しく、資料もファイルも大して置かれていない。
代わりに積み上げられているのは私物として持ち込んだ古い漫画本だ。
「音を上げるのは早すぎじゃないか、オリヴァー。まだ半月しか経ってないだろ」
「俺はフレデリック君と違って心が強くないんです~。なのに何でスカウトされたかなぁ……」
「怖がりってことは警戒心が強いってことだろ? 十分なスカウト要素だよ」
向かいのデスクのフレデリックはタブレットをいじりながらそう明るく答える。
午前の仕事を終え、週末の報告書を書かなければならない2人は緩く時間を過ごしていた。
伏せているオリヴァーの耳元ではまだパタパタという音が聞こえている。
「そもそも怖がりなら何でスカウトを引き受けたんだ?」
「給料がよくて」
「うん、現金だな」
真顔で答えるオリヴァーをあしらい、フレデリックはタブレットを伏せた。
「でもまだそんなに物騒なオブジェクトも見てないだろ? 危険なオブジェクトは俺達新人には見せてももらえないんだし」
「って言ったって、結局はこの施設のどっかに怖い奴もいるんだろ? そんなのもう無理だって……うかうかランチも楽しめない……」
「気にしすぎだろ。っていうか、ランチに2人前軽く食う奴が何言ってんだよ」
パタパタという音が右から左へ流れると、頭の上に何か乗った感触がした。
普段の自分ならそれにも飛び上がっているところだが、これも毎日の習慣となると慣れてしまうものだな……とオリヴァーはため息を吐く。
ごりごりとデスクに額をこすっていると、頭の上からフレデリックの声が聞こえた。
「虫が苦手な奴のところに虫が来るみたいに、お前も苦手なものに寄り付かれるんだな」
「こいつらは別に……害ないし」
オリヴァーの頭の上に乗っかっているのは折り鶴だった。
しかし紙で出来ているはずの鶴は羽をパタパタと動かし、首を動かして周囲を見回している。
まるで生きている本物の鶴のように。
「SCP-368。確か、ニホンのオリヅルなんだっけ?」
「報告書にはそう書いてあった」
生きた折り鶴であるSCP-368はこのオフィスから出ようとせず、この部屋に収容されている。
オフィス内を自由に飛び回るSCP-368は危険性も低く、職員とこのオフィスで共生しているのだ。
そしてビビリなオリヴァーはこのオフィスに配属されてから毎日SCP-368に何故か懐かれていた。
「何かペットでも飼ってた?」
「実家で犬飼ってたけど、それはオブジェクトに関係ないんじゃない?」
「それもそうか」
オリヴァーの頭からSCP-368が飛び立つと、オフィスのドアが開いた。
新人2人はドアの方へと顔を上げる。
するとレベル2の職員が奇妙なものを引き連れて中へと入って来た。
「あ、2人共ここにいたんだ」
「……どうも」
女性職員はドアを開けたままその奇妙なものをオフィス内へと引き入れる。
先輩へと挨拶をしながらも、2人の視線はその奇妙なものに注がれた。
「な、なんですか……? それ」
「それも、オブジェクト……?」
スライムだった。
オレンジ色の大きなスライムが、どんな原理か不明だが自由自在に動いている。
「そう、これはSCP-999」
女性職員が紹介していると、SCP-999はズルズルと床を這ってオリヴァー達の方へと近付いて来た。
見たことのないものに対する恐怖は人間共通の本能であり、オリヴァーとフレデリックは思わず後ずさる。
しかし自由に歩いているSCP-999を女性職員が止める素振りはない。
「そう怖がらなくたって大丈夫よ。SCP-999は」
「そうは言われましても! っていうかこのオブジェクトなんでここに!? オブジェクトクラスは……」
「オブジェクトクラスはSafeよ。それだけは施設内の出歩きを許可されているの」
「どっちかってーとEuclid状態な気が……」
目も口も、手足もないゲル状の塊。
いや目玉なんかがついている方が怖いに決まっているが、SCP-999の見た目は何とも言えない不安感をあおる。
「…………」
「見てるよな、そっち」
「見てない! こっちのことなんか全然見てない!」
目玉がなくとも何となく視線を感じる。
それがどうしてかはわからないが、きっと〝目の前のそのスライムはSCPオブジェクトだから〟という説明で一蹴されてしまうのだろう。
「はっはーん、やっぱりオリヴァーの方に行ったか。連れて来て正解ね」
「何がですか!? っていうかSCP-999ってどういうオブジェクトなんですか!?」
「それが知りたければ大人しくデスクから降りてみなさい」
助けの手を求めるのは失敗し、隣のフレデリックも諦めろと目でさとしてくる。
SCP-999は相変わらずこちらを見上げ、ぷよぷよと音を立てながらかすかに揺れていた。
「……うっ」
このまま膠着状態が続いても仕方ない……!
と意を決して床へ足を下ろすと、途端にSCP-999はオリヴァーに飛び掛かった。
「ギャーッ!」
オリヴァーは反射的に悲鳴を上げたが、SCP-999に巻き付かれると彼の真っ青な顔が一変する。
体中に込めていた力が徐々に抜け、警戒心と恐怖心が消え失せて行く。
そして彼がキョトンとしていると、SCP-999から伸びた〝足〟が彼の頭を撫で始めた。
大騒ぎしていたオリヴァーが大人しくなるとオフィスも静かになり、シュールな光景だけがそこに広がる。
「……おい、オリヴァー。大丈夫か?」
「……」
「あ、あの……先輩? これは」
「オリヴァー君、早くもダウナーになってたでしょ? だから『くすぐりオバケ』を連れて来たのよ」
「くすぐりオバケ……」
「SCP-999は悩んでいる人に強く関心を持つからね。そういう人には効果てき面よ」
オレンジ色のスライムに包まれたオリヴァーは放心したように天井を眺めていた。
その視界をよぎるように、離れていたSCP-368がパタパタと飛んでいる。
「……本の、臭いが」
先程までの憂鬱な気持ちが温かい何かに包み込まれるように、じんわりと溶けていく。
胸元で犬のようにくうくうと鳴き声を上げるオレンジ色のスライムからは、オリヴァーの好きな古本の臭いがした。
[CREDIT]
SCP-368「折り鶴」©Eberstrom
http://scp-wiki.net/scp-368
SCP-999「くすぐりオバケ」©ProfSnider
http://scp-wiki.net/scp-999
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