財団異常記録ファイル
是人
収容研修報告ファイル
case1. コップ一杯のグロテスク/SCP-294
「何か飲むか?」
2階の職員休憩室に入って自動販売機を選んでいると、先輩職員からそんなことを言われた。
「え……っとー」
「おいおい、何財布出してんだよ。コーヒーくらいおごるって言ってるんだから」
そんな……と私は遠慮したものの、こういう時はおごられるもんだぞと先輩に念押しされて、コーヒーを一杯おごってもらうことになった。
休憩室には何台か自動販売機が並んでいて、全ての台のメーカーが違っている。
その中に1つ、変わった自動販売機が紛れ込んでいるのに気付いた。
「あの、この自動販売機って……?」
「あぁ、やっぱそれにする? 何飲む? 何でも出るよ」
「何でも?」
その自動販売機は普通の台と違い、飲料を選択するボタンがない。
代わりにA~Zまでのキーボードのようなボタンがついている。
マシンの上部にはコーヒーの写真が映し出されているから、コーヒーマシンのはずなんだけど……。
「どうして……こんなボタンなんですか?」
「まぁ見てりゃわかるって。俺はコーヒー飲もうかな」
先輩はそう言うとボードのボタンを押していき、〝コーヒー〟と入力し終えると完了キーを押した。
マシンからは紙コップが出て来て、その中にコーヒーが注がれていく。
挽き立ての豆のいい香りが鼻をくすぐった。
「飲みたいものを入力するとそれが出てくる……ってことですか?」
「その通り」
「でも結局中に入ってるものしか出て来ないんでしょう?」
「それがな~そうでもないんだよなぁ~」
「?」
得意気に言う先輩はもったぶるけど、正直私にはマシンの秘密よりも先に知りたいことがあった。
どうしてただの自動販売機の横に、レベル3の警備員が立っているんだろうか。
警備職員は入団したての新人である私にはまだあまり馴染みのない職員であり、やっぱり怖い印象が拭えない。
「何飲みたい? なるべくなら難しい注文がいいな」
「む、難しい?」
「そうそう! 市販じゃない飲み物とかさ」
楽しそうに笑う先輩からは悪意もいたずら心も感じられず、多分本気で言ってるんだと思った。
ワイシャツのポケットから垂れている先輩のレベル2職員のIDが揺れる。
(でもいきなりそんなこと言われても……)
普通にコーヒーか、ハーブティーでも飲もうと思ってたんだけど……と考えていると、あることを思いついた。
でもそれを自動販売機から出すことなんて絶対に不可能。
難しい注文、と言われたからにはちょっとやりすぎな気もするけど……思い付くのはこれしかなかった。
「市販じゃなくていいんですよね?」
「あぁもちろん!」
「じゃあ、母の作るハーブティー……なんて」
「お母さんの?」
「昔から母定番のハーブティーがあって、色々な茶葉をブレンドして作ってくれるんです。でももう何年も飲んでないなぁーと思って」
「それはそれは、そういうリクエストを待ってたんだよ」
驚くなよ? と先輩は前置きをすると、50セント硬貨を入れてボードに〝母のハーブティー〟と入力する。
そして完了ボタンを私に押させると、マシンは紙コップを吐き出した。
機械音を上げて飲料が注がれていく。
注がれている紅茶の香りをかいで、ハッとした。
「嘘……!」
注ぎ終えたコップを手にして中身を確認し、香りを今一度かぎ、一口含んでますます嘘だと思った。
「何で……何でですか!?」
「ふふ~ん、凄いだろ?」
「どうやって……!」
注がれたのは間違いなく、母の作るハーブティーだった。
その味の懐かしさに安堵と、それから胸が締め付けられる感覚を覚える。
でも普通の自動販売機からこのハーブティーが出るなんてあり得ない。
「ま、これもつまりはオブジェクトってことさ」
「オブジェクト……?」
「あれ、まだ習ってない? 怪異や異常な存在・現象、総じて異常存在。それらを確保して収容し、保護するのがこの財団。SCP財団だ」
「確保・収容・保護の頭文字を取ってSCPですよね?」
「特別収容プロトコルの頭文字をとってもSCPだ。ま、そんな俺らが収容してる異常存在が〝SCPオブジェクト〟。そのままSCPって呼ばれることもあるけど、財団の名前と同じだから。職員は大概オブジェクト、もしくはアイテムって呼んでるんだよ」
「……え、じゃあつまり、この自動販売機も……SCPオブジェクト?」
「そういうこと」
警備員が立っているのはそういうことだったのか、と私は思わず後退りした。
SCPの異常性はまだ実感出来ていないが、どれほど恐ろしいものか想像はつく。
しかし、まさかこんな形のSCP……オブジェクトがいるなんて。
「……何か、拍子抜けしちゃいますね」
「でもこのSCP-294は休憩室に置かれてても、レベル2以上の職員でないと使用は許されていない。君みたいな研修生や、レベル1職員も使用は許されてないんだよ」
「どうしてですか? ただのコーヒーマシンにしか見えないのに……」
「それはほら、やっぱりこれはオブジェクトだから」
先輩はコーヒーを一口啜ってそう言った。
彼の顔を見るに、どうやらこのコーヒーを気に入ってるらしい。
「入力した飲み物が出てくるんですよね?」
「そう。どんなものでも、液体なら何でも出せる」
「何でも?」
「例えば液状の金でも」
「……液体洗剤でも?」
「過去を思い出す一度しか飲んだことのない飲み物だって」
「……不思議ですね」
それを聞いて、目の前にあるコーヒーマシン……SCP-294は恐ろしいものというより便利道具に見えてきた。
それが顔に出ていたのか、先輩は私の顔を見るとちっちっちと舌を鳴らしながら指を振る。
勘違いしちゃあいけない、という顔をして。
「2005年にあった事件のことを知ったらコレがスゴイものには見えなくなるぞ?」
「事件?」
「詳しくはあとで報告書を見ればわかるけど……このSCP-294のボードに人の名前を入力するとどうなると思う?」
先輩はコツコツとキーボードを指で叩いた。
どんな言葉でも入力出来るのだから、きっと誰の名前でも入力出来るんだろうけど……。
「人間は液体じゃないから、エラーが出るんじゃないですか?」
「人間の60%を占めるものは?」
「え? えーっと……」
――水分だよ
その言葉を聞いて、背筋を悪寒が走った。
先輩の顔を見るともう笑ってはいなかったが、フンと鼻を鳴らす。
「つまり、そういう事件が起こってからは使用制限がかかったんだ。誰かが遊び半分でオブジェクトに接触しないようにってね」
「……そ、それは」
「あぁ、ごめんごめん! そんな怖がんなくたって人は死んでないから。それなりの処罰は受けたらしいけど……。ソレも正真正銘、君のお母さんのハーブティーだよ。このオブジェクトはそういうことが出来るんだ」
両手で包んでいたハーブティーをまじまじと見つめたが、害はないからと先輩は目の前でコーヒーを飲み干した。
それを見て手の震えは止まったけど、目の前のコーヒーマシンを見る目はどうしても変わってしまう。
どんな見た目であれ、SCPオブジェクトは人間に何かしらの影響を与える。
そしてオブジェクトから世間一般の人々を守るのが私達財団の仕事。
不気味な存在に平和を脅かされないように、元一般市民である私もこうして異常存在を認知し、取り扱わなければならないのだ。
先輩には全くその気はなかったんだろうけど、洗礼を受けているような気分になった。
「あー……その、あれだ。うん。昼飯もおごるよ」
「……えっ!?」
「いや、まさかそんな顔されるとは思わなくて……ちょっとビックリさせたかっただけだから」
ごめんなと先輩は苦笑して、昼休憩になったらまたここに来なと言った。
本当に悪気はなかったんだろうと思える、そんな顔をしている。
怖がってしまったこちらが申し訳なくなって、私はそれじゃあ後で来ますと笑っておいた。
不気味な存在を扱う財団とはいえ、職員もそうだとは限らない。
そんな世界の平和の一部を垣間見て、私はホッと胸をなでおろして笑った。
[CREDIT]
SCP-294「コーヒー自動販売機」©Arcibi
http://scp-wiki.net/scp-294
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