第五夜 源氏物語における陰陽師の実際の運用、PART2 帚木・空蝉の巻

源氏物語における陰陽師の実際の運用、PART2 帚木・空蝉の巻


 光源氏、十七歳。

 久しぶりに左大臣家の葵の上のもとに来たが、葵の上は気取りすぎてて好みじゃない。

 でも左大臣家は親友の頭中将の実家だし左大臣本人もいい人だし。

 つまりこの男、自分の正妻よりその兄の方が仲がいい。


 何よりここは美人の女房がいっぱいいるからいいよねー、とニヤニヤしていたが。


 この邸、よく考えたら内裏から見て中神なかがみの方角だった! 方違えしなければ!


「……でも久しぶりに正妻の邸に来といて、恋人の家に行くのも感じ悪いよなー。てか暑くてあんま動きたくない」

「なら伊予介いよのすけの邸はどうですか。川の水を引いて涼しいらしいですよ」

「それな」


 そこで、まんまと年寄りの伊予介の娘のように若い後妻・空蝉うつせみと出会う。


「中将ー(女房の名前)、いるー?」

「はーい、源氏の中将でーす! 掛け金開けたら開いたから入ってきちゃった!」


 何てタイミングの悪い空蝉。

 光源氏、何でお前、人んちの戸を軽々しく開ける。

 やっぱり紙と木でできた家なんて信用できねえ。


 たまたまエンカウントしてド初対面でいきなりやっておきながら

「長年慕っておりました、これでも純情なんですよ」

 とかほざくこの男。

 お前、正妻の家に来といて恋人の家に方違えするのは感じ悪いとか言ってなかったか?


 空蝉を手籠めにしておいて。

 その後、連絡を取る方法がないのでこの男は空蝉の弟・ショタの小君こぎみ

「わたしはあの人が伊予介と結婚する前からつき合っていたのに!」

 と大嘘をついて手引きをさせるのだった。

 単に伊予介が年寄りで光源氏がイケメンなのでまんまと信じてしまう小君。

 嘘つくのに罪悪感がない男、単純な顔面の力で押し通る。


 このショタともデキてしまう。

 平安貴族、BL禁止の法律とか宗教とか別にないのでわりと何でもアリ。

 そんで空蝉に空蝉されて伊予介の娘・軒端荻のきはのおぎともやってしまう。

 人違いに気づいたくせにやらずに帰るという選択肢のない男。

 顔だけならこっちの方が美人だ! とも考えた。最悪だ。

 自分の貞操を守るために男の前に未婚の義理の娘を置き去りにする空蝉もなかなかになかなかの。

 お前が犠牲になって義理の娘を守るべきだったのでは……

 妻と娘をいっぺんに寝取られる伊予介、一体前世で何したらこんな目に遭うんだよ。


 わずか二帖で女二人、男一人をこます十七歳の光源氏に怖いものなどなかったが、空蝉はそのまんま夫とともに知行国ちぎょうこくの伊予(愛媛県)に逃亡。

 逃がした魚は大きいと思うのであった。

 えっでも受領ってわりと簡単に京都に帰ってきちゃうよ。

 そもそも光源氏を招いても平気なくらいの受領マネー突っ込んだ豪邸が京都にあるのに勿体なくない?


 と思ったらその後、空蝉夫婦だけ『関屋』で念入りに常陸ひたち(茨城県)に飛ばされており、残りの一族で邸を切り盛りして光源氏が明石に流されたときとか皆でシカトしていたことが判明。

 わりとそれで正解だと思う。


 空蝉の帖に戻る。

 軒端荻が蔵人くろうどの少将と結婚すると知った光源氏、

「あっ処女じゃないのバレる、やべえ」

 と思いながら、

「蔵人の少将、相手がわたしだって知ったら許してくれるよね!」

 と堂々と花束と歌を贈る。何考えてんだ。

 この異様な自己肯定感の高さはどこから。



 中神=天一神てんいちじん

 一定の速度で京都市内を移動し、これが進行方向にいると避けなければならない陰陽道概念。

 進行方向にいた場合、一回どっか目的地とは違う場所に寝泊まりし「方違え」しなければならない。

 文中には登場しないが確かにそこにいるサイレント陰陽師。


靖晶「さああなたは方違えで普段とは違う場所に行くことになった! 伊予介の邸? そこには年寄りの受領如きにはそぐわないうら若い薄幸の後妻がいます! 伊予介やその息子・紀伊守きいのかみにバレないように、小君をうまく使って空蝉を攻略するのだ! ミッションスタート!」


 期限イベント開始のナレーション。

 右上に表示されているステージ攻略条件。


靖晶「人間にやらせるの、これ!?」


 ゲーム会社の人がやるね、普通。


靖晶「ぼくこれの他に建築士と太陰暦の計算と天文台の管理計測と時報鳴らすのと時計のメンテと貴族全員のスケジュール管理と各種お祓いとマルチ生活アドバイザーと陰陽寮自体の維持運営と次世代の教育と播磨国の代官と摂関家の使い走りの仕事があるんだけど!?」


明空「そしてこちらは坊主の仕事だが空蝉は整った美人、ではないが風情がある女性で、義理の息子・紀伊守にも言い寄られる中、まだ元服もしていない幼い弟を育て就職もさせなければならないが光源氏を頼ってはこない芯の強さがある。早くに親を亡くし、弟を宮仕えに出すにはコネが必要だがそのコネが見いだせず受領の妻となった。この次のステージは同じく薄幸で芯が強いがそれゆえにものに出会ってあっさり死んでしまう夕顔、ここで空蝉をゲットしていかないと後がないぞ」


靖晶「お坊さまは何言ってるんですか!?」


明空「こうしてさりげなく女の素性や身分や顔のランクを教えてやりながら決して自分は決して光源氏の邪魔をしない一昔前のエロゲ主人公の親友ポジション、それがこの話の坊主の仕事だ。『若紫』の帖などが露骨だぞ」


靖晶「ひどすぎる!」


明空「他に、モブ坊主は常識で考えてありえないことをいろいろと言わされるのでプロットに便利に振り回されているぞ。冷泉帝が桐壺帝の御子でないとか夕霧と落葉の宮がデキているとか黙っていればいいのにどうしてわざわざ言わねばならんのだ」


靖晶「……受領如きの妻子ならいいだろうって本当に人を馬鹿にしてるよなー……」



 光源氏は受領の妻子のみならず后妃こうひ候補の右大臣家の姫でもやっちゃうけど、王朝文学の陰陽師はつらいな! 本当に!

 ていうか光源氏滅ぼしたいな!


 空蝉もアレだが軒端荻への態度最悪だ!


「顔は空蝉より軒端荻の方が美人……(※空蝉と一回やった後) でも軒端荻は碁石の数え方がいかにも受領の娘って感じでガツガツして品がない。やっぱ受領の娘はなー。まあ美人だからちょっと味見を。え。あ。蔵人の少将と結婚すんの? 少将、兄弟だね! よろしく!」


靖晶「……この人、女を馬鹿にしているとか受領を馬鹿にしているとかそういう問題ではない?」


明空「何せ一番馬鹿にしているのが自分の父と兄だからな。自分以外、人間と思っていないのではないだろうか。哲学的ゾンビというやつだ。山川草木悉皆成仏さんせんそうもくしっかいじょうぶつを追求して一周してそうなるのかもな。今どき流行りの外道天魔の快楽天だ」


靖晶「何でモテるんでしょう?」


明空「モテるというか、弱みを握られていいようにされているうちにほだされているのでは?」


靖晶「でも読者はこの人好きなんですよね?」


明空「案外好かれていないが、実際に目の前に現れるわけではないから萌えるのではないか」


靖晶「あなたが言うとすごい説得力だ!」


 通い婚って女を目当てに通うと思いがちだけど正式な結婚だとしゅうとや義兄を気遣って一緒に酒飲んだりするんだよ。

 大体舅に申し込んで気に入られて結婚することになるんだし。

 舅の方から「こいつ見どころあるから聟にしたい」と声をかけることもある。

 娘の意向など何も関係ない。


 だから相聟(義兄弟)でモメやすい。

 落窪物語でマブダチが相聟になるから婚家でも楽しくやってくぜウェーイって思ってたらクソダサいじめられっ子が来たのでもう女ごとパージして離縁しちゃったり、晴明公が戦った烏の糞の発端が相聟同士の揉めごとだったり、藤原伊周が相聟の花山法皇を恋仇だと勝手に思い込んで矢を射かけたり、とにかくモメる。


 で、通う男の方からすると「正妻づきの侍女」も恋愛対象なんだよ。

 そりゃあ葵の上も嫌がるよ!

 年下で自分より兄と仲よくて侍女とデキてる男!

 こんなにウザい男の子を生んで死ぬ羽目になるの超かわいそうだな葵の上!

 夕霧は全然かわいがられてる感じしないし!


 源氏物語、光源氏が好きになれなくても超面白いけどタダだからって青空文庫の与謝野晶子訳を読もうとしても「もう一段階、いやもう二段階現代に寄せてくれないと無理!」ってなるのに決まってるのでマンガとか現代作家による現代語訳とかで一回予習してからトライしましょう。

 マンガでも図書館に置いてあることがある。

 俺はこれで『あさきゆめみし』派だ。

『あさきゆめみし』が入口でもここまで耽美もへったくれもない身も蓋もない解釈はできる。


 大人になって冷静に読む『若紫』とか超怖い。

「大人の男の人? お父さんかな?」と無邪気な子供が出ていくと全然知らん男がいて、


「今日は嵐で風の音が怖いね? わたしが一緒に添い寝してあげよう」


 とメチャメチャ気色の悪いことを言い出す。

 えっこれダメじゃん、ということで五位鷺後半はああいう風になっているのだった。

 マジで怖いよ未成年略取。

 小君は「うちの姉がこんな顔のいい人に不義理をしてすいません」とか騙されてたけどそれより幼い若紫は顔がいい男だからまあいっかとか全然思ってないよ。

 思ったよりずっと「お父さん助けてー」って泣いてるし、周囲の女房も「ロリコンだわ! うちの姫さまがロリコンに目をつけられて! 見た目立派なイケメンなのに気持ち悪すぎる! こんな外聞の悪いこと、誰に相談すれば!」ってパニクってる。


 紫式部はちゃんと未成年者略取をおぞましい犯罪と書いているのに、ストックホルム症候群とかでぐだぐだになった「後」の話ばかり皆読んでいいようにいいように解釈するの、大いに思うところがある……


 ということでこのものすごく身も蓋もない源氏物語読解、需要ありそうなのでそのうち単品のコンテンツとしてnoteの月額マガジンにしようかと思い始めました。

 五十四帖あるから二~三年持つし。

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