第三夜 キャラ対談・ドーナツでわかる平安社会

靖晶「……あのー。お題箱Q&Aで律師さまの好物が〝フレンチクルーラー〟になってた件について」


明空「好きだぞ、フレンチクルーラー。これは拙僧あての差し入れだからな」


靖晶「じゃぼくはポンデリングもらいますけど、何であなただけ差し入れがあるんですか?」


明空「お前たちが好きな食べものを明らかにしていないから」


靖晶「ないわけじゃないんですよ、ええと……あれ好きです、最近旬の……何だっけ」


明空「山背宮邸やませのみやてい唐菓子とうがしはなかなかだったな。ネットでレシピをシェアできる時代ではないので個人の技量によるところが大きく、作る者によって形が違ったりする。ひねってあったり丸めてあったり」


靖晶「山背宮さま、市で唐菓子の店出したら繁盛すると思います。皇族がそんなことするわけないけど」


明空「奈良時代にはそういうことがあったとかなかったとか」


中将「おれはミスドなど食わん」


靖晶「今、世界で一番好感度低い人が何か言ってる。何のつもりでここにいるんですか」


中将「好感度が低い? モテの殿堂入り賢木中将さまが? 何の話かわからんなあ」


靖晶「本気で言ってるんですか」


明空「本気だろう、人の心のわからない人間災害。真面目につき合うだけ損だぞ」


中将「お前に言われたくない。大丈夫かこのコーナー。わりとガチめの歴史ファンに突っ込まれないか」


明空「そのときはそのときだ。それよりこれは拙僧あてだ。やるとは一言も言っていない」


中将「おい、受領の陰陽師。クリスピークリームドーナツ買ってこい」


靖晶「……いくらそっちの方が身分が上だからって何で当然のようにそんな」


中将「お前、平安経済を知らんのか」


式部卿宮二品親王しきぶきょうのみやにほんしんのう:収入源は位禄いろく(地位に応じて領地を所有。皇族の場合、品田ほんでんなど)

 年官(人事権。下級国司などの身分をやったり取ったりできるので手下に身分を与えたり、売りつけて恩に着せたりする)


三位中将さんみのちゅうじょう:位禄、いっぱいある。上級国司の人事権に口を挟むことができる(後述)


権律師ごんのりっし僧綱そうごうは権律師以上から寺領じりょうの調査をすることができる=領地収入が発生する。


陰陽師で播磨守はりまのかみ:陰陽師の位禄、博士はかしょ以上で職分田しょくぶんでんがプラス。

 国司としての位禄、それと播磨国の年貢。

 年貢はノルマ分、大体約半分朝廷に差し出し、残りを播磨国の公共事業インフラ整備等の管理・運営に充て、その残りが国司の取り分で偉い順に取っていく。

 つまり多めに年貢を取って管理・運営費をケチれば「守」一人ボロ儲け。

 領地領地と言うが播磨一国、兵庫県全域から搾り取るので一人だけ桁違い。

 国によって米や布以外に特産品も出せとか無茶ブリできるのでいくらでも悪代官になれる。

 多分平安時代、文学書く人は全員京都にいたので誰も水戸黄門を書かなかった。

 ケチればケチるほど国司が儲かるシステムなので地方はインフラも治安もボロボロ、平安京以外は人間の住むところじゃなくなり、当の国司も山賊に襲撃されたりして任国下向にんごくげこうの間に殺されまくっていた。

 しかも飢饉ききんなど天災が起きて朝廷に送るノルマ分の年貢が足りなかったら自腹を切って立て替えなければならなかったし、先代の守が搾りまくった後でスカを引くこともあった。

 ハイリスクハイリターンで一攫千金いっかくせんきん


明空「この中で一番、現金を持ってるのはお前だ」


靖晶「そうだったの!?」


中将「〝受領は倒るる所に土を掴め〟とは〝あいつらは大した身分でもないのに成金でがめつい〟〝恐ろしい税率で民衆を苦しめるクソドケチどもが土すら搾取する〟という悪口でもあるからな」


明空「一体いつ任国に行ったのか、どうして京の都にいられるのかと思ったが、作者がゲラが終わった後に読んだ『平安時代の国司の赴任 時範記を読む』(森公章)によると因幡守いなばのかみが二月に因幡国(鳥取県)に出立して一月半在国、四月にはもう帰ってきて、その次は近江守おうみのかみになっていて二度と因幡国に行くことはなかったとあるのでお前は既に二カ月ほど播磨に行って、地方領主としては四年分働いた後らしい」


靖晶「何だそりゃあ!」


中将「それはお前は陰陽師としてまじないだの占いだの儀式だのをする仕事が都にあるのだからそんな長く播磨だの明石だののド田舎にいられたのでは皆が困る、人手不足なのだろう? 超高速で済ませたのだろうよ。一カ月半は、現地役人と交流の酒盛りをして必要な儀式を全部済ませたら最短でそれくらい。京から播磨なら歩いても片道二日ほどだ。本当に四年も六年もいるのは要領が悪いか身分が低いやつだ。お前、長官かみだろうが。播磨で実務をやるのは次官すけより下や現地役人だ」


明空「七月八月に任国下向した例も載っていて、何だかいつでもいいようだぞ」


靖晶「二月は陰陽師の晴れ舞台の追儺ついながあるからいなくなるわけにいかないとして……三月の上巳じょうしはらえが終わった瞬間に旅立って四月の葵祭あおいまつりまでに帰ってくるとか、いっそ葵祭を諦めて五月の端午たんご節会せちえに間に合わせるとか……? わりと年がら年中イベントあるんですが」


明空「最初に秋の県召あがためしで指名されたら一刻も早く前使さきづかいを派遣して収穫された物実年貢の現物を押さえれば後はゆるゆると儀式だの何だのやっていればオートで搾れると。元々が貧乏人で前使を送れず、間に合わないと大損をすることもあったらしい。『枕草子』によれば県召の結果を待つ受領候補とその従者たちはまるで文学賞の〝待ち会〟のようにそわそわしていて、指名がないとそれはそれは無惨なものだと」


中将「陰陽師は計算ができるから租税の取り立てをやらせるのに都合がいい」


靖晶「何でもかんでもそうやって無茶ブリするのやめてくれます!? 他にできる人いないのかよ!?」


中将「勘違いするなよ生受領なまずりょう


靖晶「ヒッ、意味がわからないけどバカにされていることだけはわかる言葉」


中将「イオンやAmazonでポチッと何でも手に入る時代ではない。そもそも貨幣が流通していなくて米や反物で物々交換。平清盛が宋銭を輸入するまでずっと物々交換だ。米は米倉で鼠に喰われないよう猫を見張りにつけて厳重に保管、反物にしても虫に喰われ朽ちるので消費期限がある。黄金が錆びず小さいのがどれほど素晴らしいことか。いちいちかさばって面倒くさいので商人がそれほどいない。市に行けば何でもかんでも売っているなどと思うな」


明空「米も布も重い。年貢と小遣いを別々に舟に積んだらあまり悪いことをしていなかったので小遣いは軽くてちゃんと海を越えたのに、年貢の舟が重くて沈んだ、受領は真面目にやってもいいことはない、などというたとえ話もある」


中将「とにかく物がかさばり、マンパワーの扱いが雑な時代。うまい飯が食いたければ腕のいい料理人を自力で探して邸のかしき所で雇わなければならないし、よい調度がほしければお抱えの細工職人などを持たなければ。腕のいい細工職人を知っているのは誰か、と言うとだな? ということでこれがおれの贔屓ひいきのクリスピークリームドーナツの店だ。受領よ、お前そのあり余る資産でここのオーナーになれ」


靖晶「は?」


中将「そして作ったドーナツの半分をおれに上納しろ」


靖晶「な、なんで」


中将「受領は四年更新、四年後の除目じもくで外されたらお前はまたヒラ陰陽師だ。除目は参議、三位以上の公卿が会議で決める。普通、中将は四位だがおれは近衛中将このえのちゅうじょうで三位を授かっている三位中将、会議に出る権利があるわけだな? お前は見どころがあるのでぜひとも次も受領にしてやりたいとか言えば通るわけだな? 元々お前を受領に任じたのは関白をやっているうちの父の兄でな? 何が理由で播磨守の身分をくれてやったのか作中現在、伯父以外の誰にもわからん。伯父は四年も経ったらお前のような三下の若造のことを忘れているかもしれないのでおれが一言何か言って思い出させてやるということもできるわけでな? 播磨は令制国りょうせいこくでは大国たいごくの区分で景気がいいんだぞ?」


靖晶「ク、クリスピークリームドーナツ、店ごと養わせていただきます!」


中将「こうしておれの言うことを聞きそうなやつを受領に任じて順番にたかっていく! これが摂関政治、これが平安経済だ! お前たちは平安マナー講師たる摂関家の指導がなければ何もできない! 受領としてのふるまいもおれが教えてやる!」


靖晶「ぼくもうこの人に首根っこ掴まれてるんじゃん……絶対この人、ぼくの名前憶えてないのに……ストレスで吐きそう……たかっといてクソドケチとか……」


明空「陰陽師と言えば播磨国と相場が決まっているからそこはひれ伏すポイントではないようだぞ」


靖晶「何か民俗学的事情とかいろいろあって播磨で固定なのはぼくも知ってます」


明空「こいつはもらったドーナツ、全部同じものを違う女に配り歩くことになるので〝ドーナツの男〟とか呼ばれるようになるわけだがな」


中将「それは受領も同じことだ」


靖晶「……え。ちょっと待ってください。じゃ歌会SSで『貧乏人のお前らに賞品を出してやる』とか言ってたあれは」


中将「ことあるごとに受領に雅なきぬなどを賜るのは高級貴族の義務だ」


明空「布地など素材を提供するのは受領で加工品を渡しているだけとも言える」


中将「受領のものはおれのもの! おれの方が偉い!」


靖晶「ま、マジですか京都の公家……」


中将「いちいち誰のものとか必死で数を数えるなど下臈げろうのすること! 平安の〝もののあはれ〟ではない!」


靖晶「こっちはスケジュール調整にしても占いにしても数数えるのが仕事なんですけど!? あなたたちが数えてないからやってるんですよね!?」


中将「必死に働くとか下品だからな! お前らが忖度して勝手に悪代官にでも何にでもなればいいのだ!」


明空「必死で働く目下を目上が見下すのはこの国に根づいた根深い身分差別だ」


靖晶「王朝文学の受領、ものすごい貧乏クジなんですけど!? 光源氏に妻子を寝取られるし玉鬘たまかずらには受領如きの妻にはなりたくないって言われるし人生最底辺の頃の落窪おちくぼの君は『受領の妻ならなってもいいよ』とか言われてるし、妻もまともに迎えられないんですか!?」


中将「『お前など受領如きの妻にくれてやるわ』から始まる作品もあるな」


靖晶「人権! 人権は!」


明空「こんなことをやっているから武家と地頭じとうに取って代わられる」


靖晶「いや王朝文学特有の大袈裟な表現なんですよね!? マジで高等数学、『天地明察』の時代まで死んでたとかないですよね!?」


中将「お前らが家伝の秘とか言って必死に隠しているのだろうが、自分らが賀茂からパクったから余計に焦って」


靖晶「い、いやあのそれは。……ていうかただの三平方の定理なんですよ……現代では中学生や高校生の数学で。a^2+b^2=c^2」


中将「何を言っているのかわからん」


靖晶「日本古来の言葉では鈎股弦こうこげんです。一つの角が直角の三角形があったときですね、一辺の長さが」


中将「何の話だ?」


靖晶「天文学に必要なんですよ。都市間の距離を測ったりもするんです。と言っても周髀算経しゅうひさんけいの一寸千里の法は、地球の丸いのを計算に入れてないしそれでなくてもこの時代の計測は雑で何歩くらいとか測ってるから与太の域を出ないんですが」


中将「何の話だ?」


靖晶「……中高生の数学」


中将「そうか。お前らでやっておけ。おれの脳細胞は和歌を憶えるためにある」


靖晶「いや、あの、ええと」


明空「ここで大内裏だいだいりの見取り図を見てみよう。わざわざリンクを張ったりしないぞ、適当に〝大内裏〟でググったらWikipediaでも何でも出てくる。どうせPCかスマホで読んでいるのだろう、甘えずにググれ。大内裏は右より左の方が優先順位が高く、主上おかみ御座おわす内裏に近い役所ほど重要度が高い。また内裏より上にあるものもわりとどうでもいい。この〝左〟とは主上から見て左なので図では右だ。平安時代、軍事はどうでもよかったので兵部省ひょうぶしょうは図では左下端っこ。訴訟、犯罪者の処断をつかさど刑部省ぎょうぶしょうはもっと左。これは検非違使けびいしが新たに設置されて司法・治安維持を担うようになってどうでもよくなったのだが。儀式、典礼を司る式部省は右寄りでややマシだがそれでも端。――で、陰陽寮は中務省なかつかさしょうの一部、太政官だじょうかんのすぐそば。しんで一番偉いのが太政大臣なのだからこの太政官という役所は重要なわけで、中務省も辞書で引くといきなり「重要」と書いてあり、太政官と内裏に挟まれているド真ん中の陰陽寮は正直お前らが働いてなかったらそれより遠いところでは何をしているのかレベルだ」


靖晶「……え」


明空「本当に他に数を数えていたやつがいなかった可能性がある」


靖晶「マジで」


明空「お前の播磨守の地位、陰陽師にストライキを起こされると本気で都の運営が止まるのでとりあえずボーナスをやるからお前から一族に配っておけ、という意図かもな。陰陽師単品は確かに五位で止まるが兼職すれば四位くらい何とかなるぞ」


中将「五位と六位、三位と四位なら全然違うが、四位と五位はそんなに違うか? 働けー受領ー。お前がサボるなら賀茂の誰ぞに振るだけだー。べーつにおれは誰でもいいんだぞー」


靖晶「ほ、本当にぼくら以外……」


明空「やってなかった」


靖晶「あ、何かめまいが。……誰も連立方程式とかやってないんですか……?」


明空「密教で少しばかり天文学もやっていたがお前たちが自分でやるとかたくなに言い張ってそういうことになったのでは」


中将「ついでに〝家司けいし〟というものがあってな。家の事務仕事をまとめてする係で、皇族や公卿の家には置いていいことになっている。大体、受領がなるものでうまいこと高級貴族の家司に潜り込めばその上への出世コースも夢ではない」


靖晶「ドーナツと一緒にお紅茶もいかがですか中将さま!」


明空「ギャグだと気づかれなさそうなので解説するが、この時代、紅茶どころか緑茶は遣唐使が少し苗木を持ってきた分しかなくて大内裏に植えられていて、法会の後にちょっと飲むもので嗜好品というよりはありがたい薬湯だ」


中将「白湯か酒しか飲むものがないと小説的に間が持たなくて大変だ」


明空「受領は任国に行く必要があるのにどうして高級貴族の家の事務仕事をする暇があるのかと思っていたら四年で二カ月しか働かないやつに事務仕事が回るだけだったな」


中将「次の宴のときは蛙殺すやつやれよ、受領の陰陽師。言われなくても芸くらいできるようになっておけ」


靖晶「ひえ……向いてない……」


中将「恋愛成就のまじないもあるって聞いたぞ」


靖晶「中将さまにそんなのいらないじゃないですか! ……陰陽寮でメッチャ事務仕事してるのに更に中将さまの家で確定申告とかしなきゃいけなくて宴会で陰陽師マジックを……無理……」


中将「陰陽師、確定申告得意そうだなー! お前んちの隣でやってるんだって?」


靖晶「それは晴明神社の方です! どうして何でもかんでもやらせるんですか!」


明空「算術なんて汎用性の高いものを隠すからだろう」


靖晶「いや、平安人が理系を蔑ろにしすぎじゃないですか!? こんな家に生まれるんじゃなかった! 草や木に生まれたかった! 光合成だけして生きていきたい!」


明空「お前、式部卿宮さまの家司をやるんじゃないのか」


靖晶「あっそっちのパターンもある!?」


明空「というかあの家の生活、事実上、宮さまの皇族年金に頼っているのでうっかり宮さまが早く薨去こうきょなさったら残された妻子が路頭に迷う。宮家の女王にょおう(※皇族の女子だが内親王でない人、ここでは親が天皇・東宮でない人)は太い実家がなくても血筋正しい妻がほしいというやつの需要があるが、需要だけでわけのわからない男に言い寄られてつけ込まれることが多い」


中将「凋落ちょうらくした宮家の女王、王朝文学では狙い目の物件だな。血湧き肉躍るシンデレラストーリーの始まりだ」


靖晶「シンデレラストーリーにその枕詞まくらことばは不適だと思います」


明空「こういうのが寄ってくるから宮さまがお元気なうちにまともな男を見定めてむこに取るのが安全だが、まだ結婚適齢期まで七年ほどある。宮さまは何かあったときのために妻子に遺産を残しつつそれを横から持ち逃げされたりしないように多少なりと人間性に見どころのある受領などに恩を売って、世話してもらえるように取り計らっておかなければならないのだ」


靖晶「……ぼく自分の一族守らなきゃいけないのに宮さまの妻子まで?」


明空「だからあの女は兄宮さまに恩義を感じるならば尼などやっておらずに宮中に出仕するか還俗げんぞくして実家に戻ってそれなりの聟を通わせるかして、自分の生計を立てながら宮さまの妻子を守れるようになっておかなければならないのに。まだ二十一なのだからギリギリ聟のなり手があるのに、後先などまるで考えていない! 見ていて腹が立つのがわかるか!」


靖晶「は、はあ……何で他人の家庭事情をそんな真剣に……真面目か」


中将「やめとけ、かかわらない方がいいぞ。あのシスコン皇子、家司風情が実は妹にホレて下心で動いていたと知ったら首と胴を分けて丁寧になますにして左と右のごくの前にさらすぞ。無礼討ちという言葉はまだないが似たようなことはこの時代にもできるぞ。三条川原とか書いてあったけどまだ三条川原は刑場ではないぞ。首を晒すのは左京右京の市か獄の前だ」


明空「やたら手口に詳しいのは自分ならそうするという意味だな」


中将「何で預流の前が父親の邸でなく兄の邸に住んで同居しているのかわからんし、平安後期にあんなベタベタ妹に触る皇族、いないぞ。兄妹でも間に几帳を立てるぞ。兄と妹でも腹違い種違いは奈良時代なら結婚できたがこの時代にはシスコンはおぞましい悪徳。本物だぞあいつ。物珍しさで面白がってるだけのおれの方がマシだ!」


靖晶「何も悪いことしてないのに人生詰んでる!? てかそれ、尼御前さまが目当てと思われなくても五歳の小姫こひめさま目当てのロリコンと思われてもやっぱり獄に晒されますよね!? ぼくよりもっと獄に晒されるべき人がそこにいるんじゃないですか、ねえ律師さま!」


明空「そこでおれを巻き込むな!」


靖晶「巻き込むっていうか何で今までしらばっくれていられるのか不思議なんですよ!」


中将「やっぱり坊主はデキているのか!」


明空「無礼なことを言うな、不邪淫ふじゃいん一生不犯いっしょうふぼんだ! 宮さまに手討ちにされるような筋合いなどない!」


靖晶「すごい……堂々と言い切るんだ、神経太いなあ」


明空「思わせぶりなことを言うな、何もない!」


靖晶「嘘でもないし本当でもない絶妙のライン! ……働け働けって偉そうですがそちらの景気はどうなんですか、僧綱も公務員なんでしょう?」


明空「うちはお前のところと違って寺領があるから、知らんものは知らん」


靖晶「は」


明空「受領は参議が決めるが、僧綱はそういうものではない。国の公認の宗教団体なので。そもそも寺領は民間の節税対策だ。墾田永年私財法こんでんえいねんしざいほうで開拓した土地を馬鹿正直に全部申告すると年貢でむしられて仕方ないので寺に寄付したという体裁にしたもの。完全に寺の領地なわけではなく、名義を貸してその代金をいただく」


靖晶「め、名義貸し……墾田永年私財法ってそれ言ってみたくて言っただけですよね。使ってみたい言葉ですよね」


中将「節税というか法の抜け穴だ。本当に宗教団体はタチが悪い」


明空「時代は神仏混淆しんぶつこんこう、神社の隣に必ず寺があり大手神社には別当だの何だの派遣して全国に支配の手を伸ばしていた。必要なものは仏師でも仏具職人でもお針子でも自力で囲って自給自足して酒までかもしているので摂関家とか知らんな。お前たちこそ来世の安寧あんねいと現世利益がほしければひれ伏して喜捨きしゃしろ。受け取ってやるのも慈悲だ。高徳の僧がお前たちのけがれた財を功徳に代えてやる」


中将「そうやって身体が弱って気も弱くなった年寄りにそれらしい説法を吹き込んで金ピカの寺を建てさせる手口は知っているぞ。親戚が何人かやられているからな。三十四十越えて身体にガタが来始めたときの焦りが現代とは比べものにならないからものすごい勢いで精神が傾いていくのにつけ込む悪辣あくらつさ!」


明空「お前だって後五年もすれば糖尿病を患う運命だ! 高級貴族は下賤げせんの食べ物は食わないとか言って白飯ばかり食って邸の中でゴロゴロしているから疲れやすくなって目がかすむぞ! クリスピークリームドーナツ半年分も簡単にもらったりするからそうなる。女と乳繰ちちくり合ってもカロリー消費にならん! 何者も逃れえぬ死の影に恐れおののけ!」


中将「白飯ばかりと言うか白飯しか食うものがないのだ、お前たちこそ生臭を避けたら何を食っているんだ! 野菜も全然ないぞ!?」


靖晶「僧綱って気紛れに出家する貴族の溜まり場なんですよね……」


明空「気紛れでなれるほど楽なものではないぞ、仏僧の主食である高野豆腐と味噌汁と沢庵と納豆がまだないから基本的に白飯と奈良漬けしか食うものがない」


靖晶「あ、ぼく無理です。禹歩うほと頭脳労働でお腹空くから生臭食べててもやせます」


明空「お前はよくあんなに食えるな、主人の食べ残しを盛りつけ直して従者が食べるシステムになっているから祝宴の食事など残す前提でとんでもない量が盛ってあるのに! 蒸した餅米を立体的に盛るから現代と一膳の量が違うぞ?」


中将「陰陽師はそのサイズ感で御物を完食するのか、怖っ! 下臈だから盛りが少ないんじゃなくて!? それでチビで太ってない!? はらわたが破れて冥土の井戸にでもつながっているんじゃないのか!?」


靖晶「え、そ、そんな驚くような……はしゃいだらするっと食べちゃっただけでいつもあんなに食べてるわけじゃないです……やっぱ全部食べちゃ駄目なんじゃん、言ってくれよ……2回目も全部食べちゃったよ……」


明空「絶対いつも山盛り食べてるだろう。干物やら塩漬けやら何でもかんでもやたら塩辛いのに。塩を振っていないのが褒め言葉になるくらい」


靖晶「だからご飯が進むんじゃないですか。逆に鮎が下魚で安く食べられるから夏場は毎日鮎で飽きちゃって。鮎と鮒以外の魚見るとついはしゃいで」


中将「そんなの完食するの北面の武士くらいだぞ。まさか昼飯も食ってるのか。基本一日二食で昼は菓子(餅や果物)をつまんでごまかし、三食食べるのは地下人じげにんだけだぞ。受領と言っても殿上人てんじょうびとだろうが」


靖晶「ご飯食べて下品だとか言われるのやってられない……」


明空「女がしゃもじを持って自分で飯のお代わりをよそうだけで男にフラレる時代だ」


中将「あれは下品がどうとかより関係に慣れて油断するのがいかん。夫婦生活はエンドコンテンツ、釣った魚だからこそ手間暇かけて世話をする。夫婦だからこそ記念日でなくともこまめにフレッシュなサプライズを用意する、それが誠意というものだ」


靖晶「釣りっ放しの撃墜王のお言葉とは思えない名言だなー……律師さまは若いのにあれだけしか食べないから栄養失調で小柄なんじゃないですか? 育ち盛りに生臭禁止じゃタンパク質とカルシウム、鉄分が不足しますよね。おいくつで発心ほっしんして?」


明空「重要な設定なので伏せておく。やはり豆腐だが、あの尼は一体何を食べてあんなに育った?」


中将「育っているのか?」


靖晶「不愉快だから普通にやめましょう」


明空「話を平安仏教に戻すが、一般庶民は仏教のことをそもそも知らん。空也上人くうやしょうにんはいたが一遍上人いっぺんしょうにんはまだいない。仏教が一般庶民にブレイクスルーを起こすのは鎌倉時代以降。あるのは南都六宗なんとろくしゅうと密教の天台宗、真言宗だがこの時代は天台宗一強で現代において日本仏教とされるほとんどの宗派はまだなく、南無阿弥陀仏の六字を唱えていれば極楽往生できるなどというイージーモードも草履を頭に載せて悟れば何とかなるという抜け道もない」


靖晶「イージーモードはともかく草履って」


中将「古典宗教、こねくり回しすぎて大体途中でわけがわからなくなる」


靖晶「うちは源平以降、本格失伝して家名はともかくどんどん中身がスカスカになっていったのに……いつまでも充実してるのも何だか……」


明空「お前の家と同じようにいろいろ隠していた、密教と言うだけあって。貴族が拝む贅沢品。貴族は寺で火葬し葬式を出し僧侶に弔わせ法事も行うが、庶民は洛外らくがいの化野、鳥辺野、蓮台野れんだいの亡骸なきがらを打ち捨てて放置する風葬。神道は葬式をするためのものではないのでそうなる。出家する気になる時点で一般庶民ではなく、仏典は全部漢文で書かれているので漢文を読み書きできる文化資本のあるやつのみとなる。和歌や物語は全部女文字ひらがなだが事務的な書は全て男文字漢文だから文官、文系と言ってもハードルが高いぞ」


靖晶「貴族の名家の子息でも漢文が読めなくて出世が止まった人、いるんですよね……陰陽道は勿論、大半が渡来人が持ってきたか遣唐使が持ち帰った唐の自然科学技術なのでテキストは漢文です。何だかんだ現代まで残ってる天台宗と違って大内裏が何度も火事に遭ったせいで大体全部のマニュアルが陰陽寮ごと燃えちゃって、後世では確かめようのないことばっかりなんですけどね! ……あのー、天台宗一強って」


明空「真言宗は空海一人のカリスマに頼ってスタートダッシュのキレは異様によかったが空海が死んだ後の組織運営はイマイチだったので派閥アカハラ競争で不利になってあっという間に高野山だけ孤立、大体の寺は比叡山の傘下に入った」


靖晶「大内裏見取り図にある〝真言院〟って何ですか?」


明空「年に何回か派手な法会ほうえ御修法みしゅほうなどする用のイベントステージだ。豪奢な曼荼羅など置いてある。空海が嵯峨天皇さがてんのうに気に入られていたのをいいことにゴリ押しして作ったのでこれだけ真言宗だったが作った後は、雑に天台僧も使っていた」


靖晶「……雑に」


明空「どうせ俗人に密教の宗派の違いなどわからん。役所としての僧綱所そうごうどころは東寺と対になる西寺さいじ(※現存しない)、法会などするのは横川よかわ(比叡山の中の寺の一つ)の僧都そうず、叡山の座主ざすと相場が決まっている」


中将「真言院があるせいでえんの松原が何のためにある何なのかまるでわからんと後世の研究者が困っているぞ。寺の隣になぜ怪談スポットがある」


明空「知るか」


中将「宗教的権威で威圧してくるが要はいろいろあって政界で詰んだ負け犬の掃きだめ、俗世で生きられない社会不適合者のセーフティネットに違いはない」


明空「功徳の何たるかを知らない罰当たりめ。それは全く何も言うことを聞かんというわけにはいかんが、僧綱にはその辺の小役人どもには得られない強大な力がある――団体交渉権だ! 神輿みこしを担いで強訴してやる! 寺領の収入で雇った荒法師がいくらでもいる。本編はテストプレイだったので少なめだったが強盗退治に五十人動員してもいいという話だ、次はもっと多く頭数を揃えてやる」


中将「何が団体交渉権だ、凶器準備集合罪! 武官をナメてるな、お前? 武力行使できないと思ったら大間違いだぞ?」


明空「近衛このえを動かすのか? 勅命ちょくめいもなしに? それとも私兵を持っていると? 摂関家が独自の武装勢力を持っていてはまずいな」


靖晶「あのう、ぼくただの地方領主兼建築士兼天文学者兼タスクスケジュール管理兼イベンター兼宗教パフォーマー兼心理カウンセラー兼医者兼各種QOLアドバイザーなので帰っていいですか……何でこんなに兼ねなきゃいけないんだおかしいだろ」


明空「僧綱だって医者とカウンセラーと事務方を兼ねていてお前たちほどではないが計算もするぞ」


中将「セックスアドバイザーもだろう。房中術ぼうちゅうじゅつ教えろ。タントラでもいいぞ。別に性魔術とかじゃなくてan・anセックス特集くらいの意味だろう、〝陰陽師が教える本当に気持ちのいいセックス〟程度の意味だろう。〝陰陽の和合〟ってセックスのことだろ。〝接して漏らさず〟とかいうの?」


靖晶「〝恋〟も〝逢い見る〟もそうですよ! もう知ってるじゃないですか、レーベル的にできない話題振らないでください!」


中将「ここにレーベル関係ないだろう!」


靖晶「カ、カクヨムは性表現禁止……」


中将「よし、二次会ではpixiv一本に絞るかムーンライトノベルズに移動するぞ!」


靖晶「どうしてそんなに頑張って男にセクハラするんですか!? そこの人ならともかくぼく本文にイケメン描写ないんですが!? 表紙は詐欺ってるんですが!? 尼御前さまの衣装設定がメッチャ細かくて紙面に入らないところまであるわりにぼくの顔面とか〝テキトーに描けるように描いといてくれ〟って指定が雑なんですが!? 陰陽師の記号も護符とか調べるのが面倒くさいだろうからって指二本の刀印でいいっすよーって何から何まで雑だったんですが!?」


中将「普通に興味本位で知りたいだけでいじめているつもりは全くない。ましてやお前の恥じらう姿に性的興奮などないが? 男にセクハラする趣味はない」


靖晶「無自覚無罪論法! 故意でなければ何をしてもいいのか!」


明空「他人事とはいえ聞くにえなくなってきた。弱い者いじめもいい加減にしたらどうだ」


靖晶「あなたも別にぼくに親切ではないのに……」


中将「男色童貞EDの三重苦にはつらい話だったか。折角顔がよくてもこの作者に特有のED枠ではなあ」


明空「事実無根かつ根性がふしだらなお前は一生不犯の尊さを理解していない、またいかなる体質・セクシュアリティであろうと見下される筋合いはない」


靖晶「うわーポリコレに配慮しているー(棒読み) ……ED枠って何ですか」


中将「何だかんだどのシリーズにもいるぞ、ED男」


靖晶「ぼく違いますからね絶対違いますからね」


明空「二十六で三位中将、摂関家のくせに出世が遅いな? 二十代前半で内大臣になるやつもいるのに。さては妾腹しょうふくか、関白の伯父御とモメていてかつ女癖の悪さが出世に響いているな。伊勢斎宮いせさいくうにでも手を出したか」


中将「おい露骨に話を逸らしてきたぞ。よほど男性機能について語りたくないらしいぞ」


靖晶「それは別段語りたくないんじゃないですか」


中将「どの寺もしっかり女人結界のそばに僧侶の妻を住まわせていたと聞くがお前のその辺の甲斐性はどうだ」


明空「それは一部の生臭の行いで、大抵は母親だ。空海も高野山のふもとに母を住まわせて親孝行したと言う。孝養であってマザコンではない。九度通ったので九度山くどやまと」


靖晶「『真田丸』で観光バブル当てたところですよね。一生に九度ですか? 一年に九度?」


明空「一月に九度」


靖晶「マザコンじゃん!」


明空「本来、女人の成仏とは男子を生み、その子が法師になって自分の代わりに功徳を積んでくれることで果たされる。拙僧の母は既に亡いが母の来世のために功徳を積んでいるのだ」


靖晶「屈折してるなー、平安仏教……」


明空「それに女人結界のそばに住む女には大事な役割がある。山の上で修行する僧の僧衣を洗濯するのだ」


靖晶「どこが孝養だよ、こき使ってるんじゃん!」


明空「お前、自分でその衣を洗っているのか?」


靖晶「……うちでそういうのは姉が下女に命じて……受領が洗濯なんかしてたらそれはそれで受領如きは洗濯も自分でするのかとか煽ってくるんでしょう?」


中将「お前も平安社会での生き方を学習し始めたな。台所事情とかどうでもいい。平安語で皮つるみ、してないのか坊主ー。おれはしたことがない! 買春もな!」


明空「清浄な僧がするかそんなもの!」


中将「ほー清浄、ほおーう。御仏は普段しまっていて全く使わないがそれは大層立派なものがついているそうだな? 何のためだ?」


靖晶「や、やめましょうよそういう平安時代みたいなセクハラ……これ女子向けレーベルですよ。2巻の売り上げ落ちたらどうするんですか」


中将「わかっとらんな生受領。女はブサのセクハラが嫌いなだけでイケメンが下ネタを言うと盛り上がる。ましてやおれたちは次元の壁を超えて実在女性を害することのない非実在平安人。おそ松さんの映画もあったことだし銀魂の終わる終わる詐欺はまだ続いているぞ」


靖晶「この人、地位が高くて顔がいいから油断してるだけでいつか何かやらかすと思う……お坊さまがED枠ならそれで皆幸せになるのでは? 誰も困らないじゃないですか」


中将「顔が笑ってるぞ」


明空「これでなにげに自分の利益になることしか考えていないぞ、こいつは」


靖晶「ぼくほど自分を殺して社会に尽くしてる人間はいないと思いますが」


明空「お前の自虐自己犠牲は歪んだ自己愛に根ざしている。自己犠牲すれば聖人君子になれると思ったら大間違いだ。後先考えぬ禽獣の行いは功徳ではない」


中将「いいのか、年下の童貞EDにここまで言われて」


靖晶「……やっぱりぼく別にこの人と仲よくなかった。中将さまと律師さまは何で仲悪いんでしたっけ?」


中将「よし手を組もう、受領の陰陽師」


靖晶「それも嫌だけど! あなた印象メッチャ悪いですよ!?」


中将「陰陽師に嫌われる憶えはないがなあ。仕方ない、自分でやるか。――お前こそ兄が大納言なら十代でも僧都から始められるのに身分が低いぞ! 出家すれば全員が全員、阿闍梨になるような平成・令和の世では律師といえば高校生の位だ!」


明空「これはパロディ設定だから甘んじているのだ! 僧都より律師の方が響きと字面がいいとな!」


靖晶「逆に陰陽師二十四歳播磨守は身分高すぎなんですけどぼくこの後どうなるんでしょうかー」


中将「受領が何だって? まさかお前、受領が毎年出世できるとでも思っているのか?」


明空「陰陽師は年功序列で博士はかしょじょうすけかみと上がっていくのだろうが受領は一回こっきりの可能性もある」


中将「何だか皆、従五位で揃ったから揃えてやっただけだ。お前一人地下人だと惨めだからな」


靖晶「はい公卿さまから見たら受領がどうとか誤差の範囲内なんですね余計なことを言いました」


中将「お前の受領の任期が四年なのだから作中時間四年以内に話が終わる。都合が悪くなったら適当にすけに格下げして播磨に流してやるから安心しろ」


明空「何ならお前も行っていいんだぞ、播磨。いや太宰府だざいふだな、摂関家で内大臣から一気に太宰府に行ったやつがいる」


中将「お前こそ千日回峰行せんにちかいほうぎょうに行け坊主。比叡山で修行してる歳だろう、何だ上司を殴りすぎてお山を追い出されたか」


明空「拙僧も叡山に行ってもいいのだが都にいろと引き留める御方が」


中将「へー誰かなあおれではないし尼でもないよなあ?」


靖晶「……何かこの話題すごく嫌な予感がするからやめません?」


明空「おれはキャラ立てと坊主萌えのために一人称〝拙僧〟を無理して使っているのだからお前たちも〝麿まろ〟を使え! 〝朕〟がバズっている今だからこそ一発当てに行け! 平安人なのになぜ誰も〝あなや〟を言っていない! ノルマはないのか!」


靖晶「まさかそれぼくに言ってるんじゃないでしょうね?」


中将「あなやとか刀剣乱舞二次か。器物の使う言葉ではないか。三条の刀工など知るか」


靖晶「現在進行形ガチ受領としては職人の受領名って概念、何かモヤモヤしますね」


中将「お前の上司が〝朕〟を使ったら考えなくもない。バズっているのだろう?」


靖晶「交換条件にするのあらゆる意味で嫌な予感するからやめましょう!? 普通に拒否していきましょう!?」


中将「そもそも皆、京都人なのに京都弁なんか使ってないだろうが! 作者は関西だから不可能ではないのに!」


明空「それは誰が誰かわからなくなるからだ!」


靖晶「ご当地ものでリアリティを追求して方言キャラだらけにすると思ったよりウザくて読者のストレスになるんですよ。氷室冴子作品でも最初のうちはモブが京都弁使ってたけどどんどん減っていくんですよね。関東訛りに寄せているのはリーダビリティの問題ですよ。沙羅さん、そこまで東の出身じゃないらしいですよ」


明空「誰も彼も性格は陰険な京都人だから安心しろ」


靖晶「この話、最初は辞書引いて頑張ってカタカナ語とか使わないようにしてたけどだんだん馬鹿馬鹿しくなったんですよ。苦労のわりに重苦しくなるばっかりで。重苦しくギチギチに書くとどうなるかは『鉄輪かなわ』とか『非モテヒキコモリコミュ障だけど平安時代だから結婚できてしまった』の後半とか読んでください。『鉄輪』はカクヨムとpixivですが『非モテ~』はなろうとpixivです」


明空「……すごいタイトルだな」


中将「名作古典から題材を取ったれっきとした王朝文学らしいぞ、おれには全く共感できんが。妻の妹を醜男にめあわせるとか勿体ない、二人とも囲えばいいのに」


靖晶「共感できないの、そっちですか……現代語で書いて『源氏物語図典』とか見てそれっぽい用語に置き換えるのは簡単だけどこの闇討ち暗殺お手のものの暗黒平安京世界観を重苦しく書くと逃げ場がなくなるんですよ」


中将「その挙げ句が開幕平昌五輪ピョンチャンオリンピックだからな」


靖晶「作者の人はあのスケート、真面目に見たことないらしいですよ。ていうかスケートを真面目に見たことがないらしいですよ。『ユーリ! on ICE』なら見てたかな程度ですよ。その程度の根性で人に四回転ジャンプとかさせないでくれます?」


中将「四回転ジャンプなんかしてなかっただろう」


靖晶「これからさせられそうで。プリズムの煌めきとか出さなきゃいけなくなりそうで。もう二十四なのに」


明空「番外編は外来語抜きもできるが、何分一人称が現代なので会話文だけ浮いてしまう。『鉄輪』、気を遣って面倒だったぞ」


靖晶「あなたよりたくさん喋ってるぼくの方が面倒だったけど、『真田丸』の台詞に何だか現代的な言い回しが多かった問題です」


中将「真面目にやったら一人称〝予〟〝〟だぞ、この時代。むしろ〝拙僧〟とか誰も使ってないぞ」


靖晶「自分の下の名前というパターンもあります」


中将「萌えキャラか」


明空「お前の番外編そんな感じだろうが。逆にこのシリーズ、本編に適度に現代語を入れるバランスも難しい。〝カノバレがファンサになる男〟はもう来年わからない可能性がある」


中将「この作者のいつものパターンではないか。平昌五輪も次の巻では自重しろ」


靖晶「別にぼくが言ってるわけじゃないですけどね。和歌なんかそうですがガチンコ古文を書いたらそれはそれで誰も読めない問題があります。青空文庫の与謝野晶子訳源氏物語、タダだからと言って手を出そうとするともう二段階くらい現代に寄せてくれないとわからなくて死にます」


中将「おれはもっと雅な言葉を使いたいが文字数を滅茶苦茶喰うので我慢している! 古典の引用を交えてゆっくり喋りたい。こんな早口でズバズバ物を言う平安人がいてたまるか!」


靖晶「それやられると読者はおろかぼくにも中将さまの言っていることがわからないとかいうことになるんですが……」


明空「拙僧はもっと仏典を引用して功徳ある僧らしく喋るべきと思うが面倒なのであまりやりたくない」


靖晶「それやられると尼御前さまにしかあなたの話がわからないと……何か腹立つな。陰陽道ならではの言葉を使いたくても陰陽寮ごと焼けちゃってるし今から無理しても道教といざなぎ流から引っ張ってくるしかなくてそれじゃただの京極堂だ!」


明空「ほら、こいつの卑屈な自虐は別に他人を思いやってなどいない」


中将「本当だ、肝心なところで傲慢で図々しい男だな」


靖晶「ぼくはこんなに頑張っているのに傲慢で図々しいって」


中将「頑張っているやつが自分から頑張っているとか言うか?」


靖晶「ブラックパワハラ思想! 言わなきゃスルーするくせに!」


明空「この世に頑張っていないやつなどいるのか」


靖晶「宗教者が怖い!」


中将「和歌SSのときから感じていた、お前のその何にも全力を尽くしたくないという冷笑感。本編で対峙したときも全く本心が見えなくてノリが掴めなかった」


明空「何より黙ってミスドの大半を食った。クリスピークリームドーナツもだ」


靖晶「皆さんゆっくり食べてるからそんなにお腹空いてないのかと」


中将「お前の食うのが早いんだよ! 次はアフタヌーンティーにしろ、こいつだけ別盛りでな!」


明空「平安人は折敷に個別に盛るのだから最初からそうすべきだったのだ」


中将「お前が胃が悪いの何だの言うの、食いすぎなんじゃないか?」


靖晶「ぼくは働いた分だけ食べてるつもりなのに! 何でご飯食べただけでドン引きされるんですか、平安京!」


 ――寒いからって毛皮着てるとドン引きされる場所でもある平安京。平均寿命、四十歳。


 全員、人生折り返し地点。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る