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 蛍はそっと、菜奈の手を握った。

「……蛍くん」

 菜奈は涙で濡れた顔のまま、そんな菜奈を安心させように、にっこりと優しい顔で笑っている桜井蛍の顔をじっと見つめた。

「大丈夫。貝塚さんのお母さんの手術は絶対に成功するよ」蛍は言った。

「……本当?」菜奈は言う。

「ああ。本当」蛍は言う。


「貝塚さん。覚えてる? 僕たちが初めて出会ったときのこと」

 蛍は真っ白な天井を見つめながらそう言った。

「……もちろん、覚えているよ」涙声で菜奈が言う。


「あの日、あのとき、この場所で、僕は君と出会ったんだ。……あのときは、僕が今の貝塚さんのようにずっと下を向いていた。貝塚さんは、そんな僕に声をかけてくれたんだよね?」

「……うん」菜奈は言う。

「ありがとう」にっこりと笑って蛍は言う。

「きっと貝塚さんは、お母さんが入院して不安だったって言うこともあると思うけど、でも本当は、もっと不安そうな顔をして、(きっと泣きそうな顔をしていたはずだ。あるいは、幽霊のような表情をしていたのかもしれない)この場所でうなだれていた僕のことを心配して、声をかけてくれたんだよね?」

 蛍の言葉に菜奈は返事をしない。


 でも、蛍はそれを確信していた。

 そして蛍はあの日、きっと貝塚菜奈に恋をして、それからそんな君から「大丈夫。桜井くんなら、きっと手術は成功するよ」と笑顔でそう言ってくれたから、僕は手術を受ける勇気をもらって、そして『こうして手術は成功して、元気になって』僕は今、ここにいるんだ。

 蛍は菜奈の手をぎゅっと握りしめる。(それは感謝の証だった)

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