7 『天気予報日記』
『天気予報日記』
「こんにちは」
そう言って菜奈は蛍のいる病室の真っ白なドアをノックしたあとで開けた。
「こんにちは。貝塚さん」
ベットに横になって、いつものように天体、宇宙の雑誌を蛍は読んでいた。菜奈はにっこりと笑うとそのままいつものように蛍のベットの横にある小さな丸椅子の上に腰を下ろした。
今日も、蛍の病室の窓は空いていた。(そこから気持ちの良い風が病室の中に吹き込んでいた)
そんな白いカーテンの揺れる真っ白な世界の中で一人静かに本を読んでいる桜井蛍くんのいる世界は、なんだかさっきまで都市の中で生活をしていた菜奈にとっては、遠い世界にある寺院のような、(あるいは真っ白な教会のような)場所のように思えた。
「蛍くん。本当に宇宙が好きなんだね」菜奈は言った。
「うん。大好き」
にっこりと笑って蛍くんは言った。(菜奈はちょっとだけその笑顔に心がときめいた)
「僕、宇宙飛行士になるのが夢なんだ」
「蛍くんならきっとなれるよ。宇宙飛行士」菜奈は言う。
それから二人はお互いの顔を見つめあって、ふふっと二人一緒に笑った。
「蛍くん。『天気予報日記』。見てもいい?」
「いいよ」
蛍はそう言って、サイドテーブルの引き出しを開けて、そこから一冊の真っ白なノートを取り出した。
その表紙のところには『天気予報日記』の手書きの文字が書いてあった。
その文字を書いたのは蛍くんで、ずっと入院している蛍くんはいつも宇宙飛行士に憧れて空を眺めていることが多かったから、看護婦さんから、「いっそ天気の記録でもつけてみれば?」と言われて、その言葉通りに天気の記録を取り始めたのだった。
それが『天気予報日記』。
それは天気の記録であり、同時に桜井蛍くんがこの世界に昨日も今日も、(そしてきっと明日も)生きていると言う記憶の証でもあった。
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