おどりこ姫ノーラ

 ある国に、とても美しいノーラというむすめがいました。ノーラはおかあさんの体が弱く、貧しい家に生まれて、小さいときから酒屋に奉公に出されていました。


 おとうさんとおかあさんとノーラの生活はまずしく、ノーラもせいいっぱい働いておりましたので、愛されるということがうまくわからないまま育ちました。

 ええ、それはもちろん、だれのせいではなかったのですけども。


 おかあさんも亡くなって、おとうさんも病気になりました。むすめになったノーラはその頃には、酒場の踊り子の踊りを真似て、舞台に立って踊れるようになっていました。


「やあ、これは誰に習ったわけでもないのに、生粋の踊り手だ。天賦の才能だろう」


 酒場のお客はくちぐちに、ノーラの踊りを褒めました。


 ノーラが綺麗に踊れば踊るほど、お手当てはたくさんでしたので、お父さんの病気をきっと治せるはずだと思いました。

 なので、頂いたお手当てもそのままそっくりもって、お医者さんの門を叩きました。

 けれど、お父さんの病気は思っていたよりも重く、お医者さんが言うにはもはや天の国の門を待つばかりでした。


 お父さんは、ノーラがいままでお父さんのためにと稼いだおかねを、そっくりとっておりましたので、それで上質な布で衣装を作らせて、髪飾りを買ってノーラに渡しました。


「ノーラ、お医者さんも噂で言っていたが、お前には踊りの才能があるようだね。おとうさんは、この布となってお前を守るでしょう。おかあさんはこの髪飾りとなって、きっと聡明な知恵をお前に授けるよ。

 ノーラ、誰かの幸せでなく、自分の幸せに向かって生きるのですよ」


 ノーラは聡い娘でしたので、お父さんの命が幾ばくもないことがわかりました。

 それではらはら涙を流して言いました。


「お父さま、わたし、幸せが何か知らないのです」


「ああ、神よ。私に時間があれば、可哀想な娘に幸せとは何かを教えてあげられるのに。

 ノーラ、これだけは覚えておいて。いつでも自分が自分らしく居られる場所が、幸せの場所ですよ。」


「ええ、おとうさま。わたしはきっと幸せの場所をみつけます。」


 それで、ノーラは最後にお父さんの前で、精一杯踊ってあげました。お父さんの魂は、ノーラの踊りに誘われて現れた精霊に導かれ、天国の門をくぐりました。


 ノーラの踊りは、天にも昇る一級品ということで、村どころか国じゅうの噂になりました。


 とにかくここから、踊り子ノーラも旅が始まりました。


 ノーラにとって、踊っている姿が一番自分らしいと思っていたし、そうしていればいつか幸せにたどり着くと思ったからでした。


 ――――――――――――--------


 踊り子ノーラが立ち寄った街には、ひとりの吟遊詩人がいました。


 甘い調べの竪琴をかき鳴らし、吟遊詩人がノーラに歌います。


「おお、ノーラ。女神のごとき美しさ。」


 ノーラは吟遊詩人の曲に合わせて踊ります。あっというまにひとがあつまり、おまつりのように大騒ぎ。


「おお、ノーラ。僕が君に、愛を教えてあげよう。そのために、すこし授業料をもらわなくては」


 吟遊詩人の声にノーラはうっとりとなって、その日まちのひとからもらったお金を吟遊詩人に全てあげてしまいました。


 吟遊詩人はノーラに「愛とはね、人に尽くすことだろう。でもそれはお金ではいけないのだよ。」と言って、次の日にはいなくなりました。


「愛というものは幸せのお隣にいるものだから、自分の幸せをひとにきいたわたしが間違っていたみたい。」

 ノーラは少し泣いたあと、気にしないことにしてその街を出ました。




 違う街ではバイオリン弾きに会いました。ノーラは、輝いてはち切れぬばかりの美貌で、街に着く前にちやほやと世話を焼いてくれる人がたくさんできました。

 町の人々は、ノーラにこの町に住んでほしいと口々にいいました。


 それでもノーラは亡くなったお父さんの言いつけ通り、自分の幸せを探して旅をしていました。


 ノーラは酒場ではなく、劇場で踊るようになっていました。


 町中がノーラに熱狂するのです。バイオリン弾きは、ノーラの劇場での相棒でした。


 まるでノーラが何を考えているのか、わかるみたいに、バイオリン弾きはダンスと同じリズムで旋律を刻むので、とてもノーラは気持ちよくなって

(このバイオリン弾きこそ、わたしの幸せを持っている人かもしれない…)と思いました。


 それで、ノーラはそのバイオリン弾きとこいびとになりました。


 ゆくひもゆくひも、ノーラはあたたかなきもちに胸が包まれていました。


 きっとこれが、幸せなんだろうと思いました。


 そしてノーラはそのうちに、自分は幸せをみつけるのにずいぶん遠回りをしたので、こどもにはそんな思いをさせずにいたいとおもうようになりました。


 つまり、もしこのバイオリン弾きと結婚するのであれば、ノーラは踊り子をやめようと思いました。

 そうして、こどもが生まれたらずっとこどもとバイオリン弾きの側にいようと思いました。


 ある日ノーラが、それをバイオリン弾きにうちあけると、バイオリン弾きは苦い顔をしました。


「いや、いや。綺麗な顔で、踊り子ノーラに恋人の価値があるのに、ただのノーラはご勘弁。」


 そうしてノーラは「ああ、このひとはわたしを愛していたんじゃなくて、外側を愛していたんだわ!」と知りました。


 そしてノーラはたいへん思慮深いむすめでしたので、それがほんとうの愛ではないこともすぐにわかりました。

 バイオリン弾きと会うのは、それからよしました。




 劇場で踊るノーラの評判は、王様にまで届いたころ。

 その一人息子の王子様が是非にノーラの踊りを見たいと言いました。


 ノーラは王宮に招かれました。そして王子様の前で踊りを披露しました。


 王子様はいっぺんにノーラを好きになってしまいました。


「どうして、きみはこんなにも美しく、しなやかに踊るのに、どこか幸せを欲しそうなのだ?」


 ノーラは、自分が幸せを追い求めているとわかったのがこの王子様だけでしたので、王子様のことが好きになってしまいました。


「ぼくが、君の幸せを見つけてあげたいのですが。」


 王子様の求婚に、ノーラはとても嬉しくなりました。


「王子様、ありがとうございます。おきさきになります。そのために、私は踊り子もやめましょう。あなたのそばにおりましょう。国のために尽くしましょう。」


 ノーラの申し出に、王子様はいやいやと首を振りました。


「それでは、ノーラはノーラでなくなってしまうから、ノーラはノーラのやりたいことをして幸せになりなさい。おきさきになっても、踊りたければ踊っていてもいいのですよ。」


 王子様の言葉を聞いて、ノーラは本当に本当に王子様を心から愛しました。


 ああ、ついにノーラはここに、自分の幸せを見つけたのです!


 ノーラは「踊っている私も私ですし、王子様のことを愛してる私も私なのですよ。だから王子様のそばにもいたいのです。」と言いました。


「ああ、それがノーラらしくいれるなら、喜んで。」


 そしてノーラは踊り子姫となり、きさきとして王子を支え、踊り子も続け、幸せに暮らしました。


 おわり。

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