第7話:三周年の人生計画
「さて」
宿題を終わらせてから、僕は引き出しから秘密のノートを取り出した。
これは僕の秘密のノート。小学校の頃からつけている。
思いついたらなんでも書く、僕の人生設計。
「ふむ、僕たち三年経ったらどうしてるかな?」
僕は早速ノートを開くと、計画を練り始めた。
+ + +
三年経って、僕たちは大学生になった。
僕は一浪したから今年大学一年生だ。マミは要領がいいのかストレートで女子大に合格した。正直、マミが家政学部の女子大生というのは若干釈然としなかったのだが、それを言ったら僕がキリスト教系の大学で数学を学んでいるのも相当に筋違いという気がしなくもない。
僕は机のパソコンを開けると、いつものようにPC版のLINEを立ち上げた。マミのアイコンをクリックし、しばらく待つ。
ちょっと間抜けなLINEの呼び出し音。
しばらく暗かったLINEのウィンドウはすぐにマミの姿を映し出した。
いつもだいたいそうだ。夜になってLINEを立ち上げた時、マミはもうそこで待っている。
「雄介くん、ヤッホー」
画面の中でマミが両手を振る。
マミは相変わらずポニーテール。だけど顔立ちが少し大人になった。どこかキリッとした大人の顔つき。
でも笑うといつものマミだ。すぐにほわんと猫顔になる。
マミの背後には部屋の中が少しだけ見える。横のベッドにはたくさんのぬいぐるみ。多分半分ぐらいは僕がマミにあげたものだ。
そのほかクッション、クローゼットの前には明日着ていくつもりなのか白いワンピースが下がっている。
マミはもうパジャマ姿だった。ピンク色の水玉模様のパジャマ。少しサイズが大きめだったが、それが逆に可愛らしい。
「ねえマミ」
僕はマミに話しかけた。
「なに?」
「今日がなんの日か知ってる?」
「? 付き合い始めて三年目でしょ?」
残念。忘れているかと思っていたらちゃんと覚えてた。
「うん」
僕はマミに頷く。
「にっひっひー」
マミは画面の中でチシャ猫のような笑顔を浮かべた。
「雄介くーん、このわたしが忘れると思うのかい? いつ、雄介くんが言い出すか待ってたんだぞ」
マミは画面の中で右手を突き出した。
「はい」
「?」
「はい!」
「なに、マミ?」
苛立ったのか、マミの声が大きくなった。
「雄介くーん、三周年って言ったら、なに?」
「ん、記念?」
「そう。判ってるじゃん」
マミは頷いた。
「記念って言ったらさ、あるでしょ? 色々。ほら、もったいぶらないで早く出す!」
「出すって、何をさ?」
「プ・レ・ゼ・ン・ト!」
「あー」
ようやく合点が言って、思わず僕は手を打った。
「何買ってくれたの、雄介くん♡」
期待に満ちた大きな目でマミが僕の顔をカメラ越しに見つめる。
「……ごめん」
僕は正直に謝った。
「まだ、何も買ってない。一緒に買いに行こうかと思って……」
「なに〜」
画面の中でマミが立ち上がった。
画面からマミの顔がはみ出て、パジャマのお腹が大写しになる。パジャマのボタンの間から可愛らしいおへそが少しだけ見える。
「雄介くん、ちょっとそこで待ってて! 今から行くから!」
「は?」
今、夜の九時ですけど。
「身体で払わしちゃる」
すぐにマミが画面の中から姿を消す。
キイ、バタンッというドアの音。
「あ、ちょっと待って、マミ!」
慌ててマミに話しかける。
しかし、パソコンは無言のままだった。
…………
マミは二分で到着した。
『ピンポーン、ピンポーン』
慌ただしくインターフォンが鳴る。
『はいはいはい……』
母が玄関口に行く、パタパタというスリッパの音。
『……あらあら、マミちゃん。どうしたの、こんな夜更けに』
『雄介くん、います?』
『いるわよー』
『お邪魔しまーす』
ドタバタと階段を駆け上がる音。
『雄介ー、マミちゃん来たわよ』
下から母の声がした時、マミはすでに僕の部屋のドアを開けて仁王立ちになっていた。
息が切れている。どうやら全速力で走ってきたらしい。
『雄介ー』
また母の声。
『マミちゃん泊まって行くの? ピンク色の歯ブラシ買っておいたから、マミちゃんにはそれを使ってもらってね』
「泊まっていかない!」
「ありがとうございます、お母様♡」
相反する答えが二人の口から同時に放たれる。
「そうじゃなくて」
マミは何かを横にどけるような仕草をすると、僕の顔を睨みつけた。
「わたしが今日という日をどれだけ楽しみにしてたか、わかってる?」
「そ、そうなの?」
そんなの、わかる訳がない。
「朝起きて、カレンダー見て。あー、もう三年経ったんだなーって感慨に耽って。それで雄介くんの事だからきっと何かプレゼントを用意しているんだろうなー、いつくれるのかなー、何を買ってくれたのかなーって今日はそればっかり考えてたの」
「そ、そうなんだ……ごめん」
「もー、雄介くんって肝心な時にヘタレだよね。三年だよ、三年! わたしと三年だよ! すごいんだよ!」
確かに、マミと三年付き合っているというのはすごい事だ。今までの他の彼氏はみんな3ヶ月程度で力尽きた。
「もー、信じらんない」
マミはふくれっ面で僕のベッドに腰を下ろした。
ふと、僕はそういえばマミにあげるプレゼントが他にあったことに気がついた。
もうずいぶん前に役所でもらって、ハンコも押してあるものだ。
「あ、そういえばマミ、あるよ、プレゼント」
僕は引き出しを開けた。
「え? なになに?」
マミの顔が猫になる。
引き出しの中から薄い紙を取り出す。大切にしまっておいたものだ。
「はい、これ。僕からのプレゼント」
「?」
「あとはマミが名前書いて役所に提出すればいいだけになってる」
「?…………」
マミはベッドの上で三つ折りになっていた紙を開いた。
「……婚姻届?」
マミの口が半開きになる。
「ちょっと遅いかなって思ったんだけどさ、でも結婚案内の雑誌読んでたらお付き合い三年目で結婚する人が多いみたいだったから……」
机の横においてあった『ゼクシィ』の最新号をマミに渡す。
「…………」
マミは呆れたようにしばらく渡されたゼクシィを見つめていたが、不意にその角で僕の頭を殴った。
「あたっ」
「雄介、今時あんたなに雑誌買ってるのよ。それにこれ、女の子向け雑誌じゃん!」
僕の襟首を掴み、ベッドに押し倒す。
マウントポジション。マミが僕の上に乗っている。ヘタレな僕は動けない。
「だいたいさー、生活費の見通しも立たないうちから結婚ってそれはなに?」
しまった。マミは家政学部なんだった。
「いやー、うちに一緒に住めばいいかなーって」
「ご近所過ぎだろ! わたし、喧嘩したら五分で実家に帰るよ!」
「スープの冷めない距離ってあるじゃん……」
「わたしはね、雄介くんと二人で住むの。おまけはいらない」
マミは手にしていた婚姻届を再び三つ折りに折りたたんだ。
「どちらにしても、これはわたしが預かっておきます」
そのまま胸元にしまってしまう。
マミは僕の胸に手をついてしばらく何か考えていたが、ふいに顔を寄せると優しく僕にキスをした。
「雄介くんがわたしの事を大切にしてくれているのは判ってるの。でも、もう少しゆっくりいこ? 結婚なんて、わたしたちには早いよ」
+ + +
僕はここまで妄想してペンを置いた。
そうか、変に時間を持たせるから話がややこしくなるんだな。
やっぱり高校を卒業したらすぐに結婚しよう。
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