第78話「酒場では毒にご注意ください」

 ローラ姫との出会いから一週間が経った頃。

 俺とマリアはとある酒場に来ていた。


「ホントに大変だったのよ。宰相のオジサンがとんでもない化けものを呼び寄せたのよ」

「へえ。それはゴブリンキングみたいなものかしら?」

「そう。たしかオークキングだったかな。なんとか健太くんとふみちゃんと力を合わせて倒せたけどね」


 同じテーブルには根津と青木がいる。トラキア国でのトラブルを解決した後、どんな感じだったのかを聞いている。小金井は用事で遅れてくる。


「それよりも、ローラ姫が健太くんのことを狙うようになったからなぁ……」

「やっぱり?そんな気がしてたのよね。ローラちゃんの家って王族では珍しく、自由恋愛の子ばっかりだからね。政略結婚とかと無縁だからね」

「え?……もしかして、マリアちゃんってローラ姫と健太くんをくっつけようとかしてる?」


 それはすごく困る、というような様子で根津が言う。青木も似たような感じだ。


「そんなことないわよ?まあ、あの子もいい年だし、いい相手を見つけたらいいな、とは思ってるけど」


 とマリアは言うが、自分のことを棚上げにしているな。


「二人ともすごく心配してるけど、皆ケンタさんと結婚してしまえばいいじゃない」


「「へ?」」


 二人は気の抜けた返事をする。


「それってどういう……」

「有名な冒険者や貴族、王様なんかは一人で何人もの奥さんを持ってる人もいるわよ?一人の女性が何人ものイケメンを夫にしている、っていう人もいるし。まあもちろん当人たちの同意はいるけどね」


 まあ、ここは異世界だし、ハーレムもあるだろうな。実際に会ったことはないけど、俺もそう言う話は聞く。


「一夫多妻ってことね……」


 青木と根津の二人は、全くそんなことを考えていなかったのか、顔を見合わせている。


「まあ、好きな人を独り占めしたい、って言う気持ちも十分わかるし、それはあなた達が決めることね」

「……そうだね。っていうか、私たちが健太くんのこと好きなの知ってるんだね」

「それはすごく今更だな。俺もマリアも知ってるぞ。まあ、知らないのは小金井だけだろ」

「そうなんだよね。健太君ってものすごく鈍感で……ローラ姫のアタックにも全然気づいてないんだよね」


 青木が苦笑しながら答える。まあ、なんとなく想像できる。


「お、噂をすれば」

 

 入口のほうを見ると、小金井がやって来ていた。横にローラ姫を連れて。




「……えーっと、どうしてここに?」


 青木が小金井の隣に座るローラ姫にそう尋ねる。ローラ姫は笑顔で、


「はい。実は今日から皆さんが暮らしているお屋敷に住まわせてもらうことになりまして」

「「えっ⁉」」


 青木と根津は結構な大声でそう反応した。


「ちょ、ちょっとどういうことなの⁉」

「あ、いや、なんか話の流れでそうなって……ジョンソンさんと話しててそんな流れに……」


 青木と根津に問い詰められ、しどろもどろになりながらも小金井が答える。

 ちなみにジョンソンはローラ姫の父、つまりはトラキア国の王様だ。


「幸いお屋敷にはお部屋が余ってると聞きまして。もちろん、家事もしっかりといたしますわ」

「い、いや、一国のお姫様がどこぞの馬の骨とも分からない冒険者と一緒に暮らすとかダメでしょ。それに、もし万が一危ない人たちが襲ってきたら……」

「それは大丈夫ですわ。お父様はケンタ様、フミコ様、コハル様のことは信用していらっしゃいます。それと、危険に関してはマリア様に力を貸していただくので」

「マリアに?」

「はい。マリア様のお屋敷にかかっている結界と同じものをケンタ様たちが暮らしているお屋敷にもかけていただくので」

「あーあれをね。お父様に頼んどくわ」


 結界か。屋敷にそんなものがあったんだな。


 聞けば、世界で最も強い英雄と呼ばれるマリアの父は剣といった武術だけでなく、魔法にも精通しており、めちゃくちゃ強固な結界を張れるんだとか。


 結局なんだかんだで小金井の暮らしている屋敷にローラ姫も一緒に暮らすことになった。ますますラノベっぽくなってるな。

 どうやらあの花の効果は絶大みたいだ。




 数十分後。

 他愛もない話をしながら俺たちは飲み食いを続けていた。


「これは初めて食べますわ……とっても美味しいです!」


 酒場で出てくる料理に興味津々のローラ姫は一つ一つの料理のことをを聞きながら味わっていた。


「それにしてもにぎやかですわね。お祭りみたいです」

「この店じゃ普通よ。まあ、ローラちゃんってなんだかんだで箱入り娘だもんね。酒場とか来たことないもんね」

「酒場と言えば、奇抜な恰好をしたモヒカン頭の男の人が弱者から水や食料を奪っていくというお店を想像していました」

「どこぞの世紀末ですか。そんなお店ありませんよ」


 ローラ姫の間違った認識に小金井が苦笑する。

 酒場といえば冒険者たちのたまり場というイメージがあるが、そうでもなかったりする。仕事終わりの兵士だったり、商人、学校の先生など様々だ。


 そんな時。


「ぐぉぉおおおおお!!」


 近くのテーブルに座っていた男が胸をかきむしりながら倒れこんだ。


「ど、どうしたんだ⁉」

「なんだ⁉」


 同じテーブルに座っていた男たちは呆然とその様子を見ていた。


「ぐぼっ、ごぼっ」


 倒れこんだ男は血の混じった吐しゃ物を吐き出している。

 俺はすぐさま倒れている男に駆け寄る。


「え?なに?」

「血吐いてる!」


 と酒場の中がパニックを起こしそうになったその時。


「落ち着いて!」


 マリアが一言で酒場の中の人々を落ち着かせる。


「とりあえず動かないで、じっとしておいて。もし不審な動きをすれば捕縛します」


 他の人に有無を言わさずそう指示を出す。そうして俺の横に来る。


「毒?」

「ああ。まだ若干息がある。街中だけど回復系統の魔法は使えるのか?」

「できなくはないけど、ちょっと条件が悪いわね。街の医者を呼んだほうがいいのだけど……」

「あ、私が呼びに行くね」


 後ろで会話を聞いていた根津が酒場を飛び出す。根津の職業は『暗殺者スレイヤー』で、普通の人よりもスピードがあるから、二、三分で医者のとこにつくだろう。


「とりあえずきれいな水で洗浄しましょう。フミコちゃん、手伝ってもらえる?」

「うん、まかせて」


 青木の職業は『聖女』であり、回復系の呪文ならマリアよりも効果が強かったりする。

 マリアと青木が救命活動をしている間、俺はピース・メイカーを呼ぶことにした。

 


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