「殺された死刑囚の問題」問題編

第69話「執行準備」

 フェイオスはふっと目を覚ました。

 質素な見た目に反して意外と寝心地の良いベットから這い出ると、部屋に備え付けられた椅子に腰かけた。

 部屋は数々の魔術師たちがかけた魔法や結界によって頑丈に守られている。守られているというのは、外からというより中から脱出しないようにするためである。

 と言っても、フェイオスがこの部屋に入ったのは三日前からであり、それは今日で最後である。結界云々の話は前に聞いたことがあるだけだった。

 そしてそんな部屋の中にいるフェイオス自身も、力を抑え込むための拘束器具をつけている。

 フェイオスが目を覚ましてから少し経った後、部屋の扉に備え付けられたガラスから見回りの保安官の覗き込んだ顔が見えた。狼型の獣人であるフェイオスは、においでやって来ている馬型の獣人の保安官の存在は早い段階でわかっていた。

 部屋の扉にあるガラス部分から、なんとも言えない保安官のこちらを見つめる視線を受け取った後、フェイオスは大きく息をついた。

 今日が最後の日になるのだ。しかし、フェイオスは特に何も感じることはなかった。いつも通りに、落ち着いた気持ちで迎えがやって来るのを待っていた。

 フェイオスは、イフ監獄に収監されている死刑囚だった。



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 上司から来た連絡を確認したミュルテは、少し憂鬱な気分になった。

 今日も執行日か。イフ監獄の刑務官をしているミュルテはそう思っていた。ここのところ刑の執行が続いている気がしている。三日前にも死刑の見届けをやっているというのに、また死刑執行の連絡がきた。こうも連続して刑の執行が連続すると、なんとなく感覚がマヒしてしまうようだった。

 執行の時刻までまだ時間があるが、犬型の獣人であるミュルテは長めの体毛の手入れなどに時間がかかるため、早めに身支度を行うことにした。

 一人暮らしの、しんとした家の中で身支度をしていると、さらに気が重くなるようだった。

 家族でもいれば変わってくるのだろうか。上司からも結婚を勧められたりはしているが、いかんせん出会いの場が少ない。仕事はかなりハードで、職業を言うと相手は少し距離をとることが多かったりする。

 ただ、好意を寄せている相手くらいはいる。おそらく今日も一緒に刑の執行を見届けることになるであろう、猫型の獣人の同僚を思い浮かべながらミュルテは身支度を進めた。



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 人だけでなく、獣人やモンスターなどが存在する異世界にも警察的な組織は存在し、裁判所や留置所、そして死刑というものも存在している。

 ただ、監獄の様子や刑の執行の様子は人間のものとは多少違ってくる。

 ここで一例をあげておこう。猪型の獣人であるズートという死刑囚がいた。

 このズートはとある国でたくさんの住人を殺害した犯罪者であった。このズートを捕まえた時は、かなりの戦闘になり、周りの森がほとんど焼けてしまったほどであったそうだった。

 異世界の犯罪者の問題点と言えば、その強さがほとんどである。怪力であったり、魔法力であったり……そんなわけで、そういった犯罪者を捕まえる者たちもかなりの力が要求される。

 捕まったズートは、その怪力を抑え込むために、魔法使いによって直接魔法をかけられ、さらには力を何憶分の一に抑え込む首輪、そして一トンほどある足かせをかけるという重装備だった。

 捕まった後は、裁判が行われる。公平な裁判を目指すため、どんなに残忍な犯罪者にも弁護士がつき、冤罪の可能性を徹底的につぶすようにしている。

 判決が言い渡されれば、それぞれの刑や、犯罪者のタイプ……怪獣タイプの犯罪者ならこの監獄、魔法使いタイプの犯罪者ならこの監獄というように、犯罪者たちを効率よく、そして脱走しないために最適な監獄へと送られる。

 ズートは獣人タイプであったので、イフ監獄へと送られることになった。

 死刑の判決が出たら、刑の執行まで長引かせることはあまりせず、最長でも一か月以内に刑を執行する。

 刑が執行される三日前には、囚人は特別な独房部屋に移される。ズートもそうであった。普通の独房は、狭く薄暗いが、特別な独房部屋は少し広く、最後の三日ぐらいは落ち着いた雰囲気で過ごしてもらうという配慮らしい。

 刑の執行当日は、いつもより人が多く出入りすることになる。普段は囚人を除けば、刑務官一人に保安官一人、あとは所長か副所長のどちらか一人いるくらいである。執行当日は、三人の執行人に、その日の担当以外の刑務官二人が刑の見届け人。執行直前の、神への礼拝を行う神父。刑が執行された後、死刑囚の死亡を確認する医師。そしてその死刑囚の死体を処理する係が二人など、十人を超える者たちが刑に関わることになっているのだった。

 執行の一時間前には、囚人は執行室の二つ手前の部屋に連れてこられる。その部屋は教会にあるような礼拝室で、神父が囚人の懺悔を聞き、刑の執行の前に死について語り、囚人が罪を悔い、罪の清算ができるように力を貸すのが神父の仕事でもある。

 そうした神父による囚人の礼拝等が終わると、今度は執行室の一つ手前の部屋へと連れていかれる。部屋の中には、身を清めるための聖なる水の入った桶と、体をふく布。そして刑の執行まで瞑想しておくための台が置いてあり、それ以外は何もおいていない殺風景な部屋である。

 死にに行く囚人に対して身を清める水は矛盾しているようにも思えるかもしれないが、これは死亡した際に、死刑囚の怨念や邪念といったものが外に飛び出し、害を与えないようにするために必要である。どんな人物でも死の際に邪念といったものが発生し、それが犯罪者であればなおさらである。

 ちなみに、この身を清める水だが、ミミルと呼ばれる泉からくみ取り、バニヤンという木から取れる木の実をつけ一日置いておくということが必要な手順であり、この水を準備するためだけに働いている者もいる。

 そうして、身を清め静かに待っていた囚人は静かに執行室へと連れていかれる。連れていかれた囚人は、重厚な金属の拘束器具に体を縛り付けられ、体の十か所以上にコードを取り付けられる。このイフ監獄では、刑の執行には電流が用いられている。囚人のタイプによっては電流が効かない者もいるが、このイフ監獄にいる人獣タイプの囚人に対してはかなり有効である。体の大きさや、動物の種類によって体に取り付けるコードの数や電流の大きさは変わってくるが。先ほど名前が出てきたズートはコードの数も電流も最大級のパワーが必要であった。

 では、刑を執行するためのスイッチはどうするのか。ここで三人の執行人たちの出番となる。執行人は、死刑囚が死に至るのに必要な大きさの電気を魔法によってコードがつながっている箱にそれぞれ送り込む。そのうちの一人の電気のみを箱が選別し、コードを伝って死刑囚へと流れ込み、刑を執行することとなる。

 これは、執行人の罪悪感を少しでも減らそうとするための処置である。しかし、それでも普通の人ならば、罪の意識はなかなか減らないのかもしれない。そこで、この異世界で執行人を務めるのは、過去に何らかの罪を犯した者で、刑罰として執行人を務めるのも珍しくない。

 刑が執行された後は、死亡を確認するために医師が検死を行う。そして死刑囚の死を確認した後、処理班が死体を移動させ、火葬室へと移すこととなっている。

電気ショックによって死亡した死刑囚たちは、人獣のタイプにもよるが、異様な臭いがする。そこで、死体を処理するのは元々嗅覚がない者たちが務めている。

 だいたいこのような流れで死刑囚の刑が執行されていく。



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「殺された死刑囚の問題」は一日一話ずつ更新していきます(全7話)

 毎日21時頃更新予定

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