第57話「法廷」

 オーティスとピンカートンが席につくと、陪審員十人が入り席についた。続いて屈強な男二人に挟まれたライリーがオーティスと秘書の前の椅子に腰かける。

 最後に、ヒューム、シャーリー、ボーン、フィールズの順で法廷に入り席についた。

「これより、ダーネル殺害事件の裁判を行います」

 フィールズが厳かに宣言する。フィールズが事件に関する説明を簡単にし、ピンカートンに検察側の求刑を聞く。

「検察として、被告には懲罰刑を求めます」

 懲罰刑とは、死刑のような刑ではないが、実際に囚人を痛めつけたりする刑罰であり、かなり重い刑になる。

 検察側の求刑を聞いた後は、証人を呼び検察側と弁護側の両方で尋問を行う。まず証人として出てきたのがマニーであった。

「あなたの夫であったダーネルさんはどんな方でしたか?」

 被害者遺族に遠慮して、最初はこのような質問から始めるピンカートン。

「そうですね……思った事を行動に移すのが早い方だったのかもしれませんね。彫刻家になりたいと言って仕事をやめたのも早かったですから。まあ、昔からそういった性格は知っていたので、驚きはしませんでしたが」

 少し過去を懐かしむマニー。

「ダーネルさんの仕事ぶりはいかがでしょう?」

「あまり仕事のことは話してくれませんでしたね。監獄で働いていた時もそうですが、彫刻家になってからはもっと話さないようになりましたね。今何を作っているのかとかは、主人と依頼者ぐらいしか知らないぐらいの秘密主義者でした」

「今回、ダーネルさんの殺害犯としてライリー被告が捕まりましたが、あなたはこのライリー被告のことを知っていますか?」

「いいえ」

 首を横に振るマニー。

「では、このライリー被告が犯人だと思いますか?」

「…どうでしょう。主人は最近になって名前が売れてきましたから、お客のふりをして、お金を盗もうと考える人が出てもおかしくはないかもしれません」

 言葉を選んで慎重に答えるマニー。ここで尋問を行う人物がピンカートンからオーティスに変わる。

「ご主人のダーネルさんは仕事で敵を作り出すような人でしたか?」

「少なくとも、彫刻家としての仕事で誰かともめると言う事はなかったと思います。金貸しのほうは、わかりません。主人がそんなに催促をする様子は見ませんでしたし、深刻なトラブルはなかったと思います」

 オーティスはマニーの言葉に軽くうなずくような相槌をうっていたが、

「ダーネルさんのほうはそうでも、お金を貸してもらっているほうはそうは思わなかったのかもしれませんね」

 オーティスはライリー以外にも、動機的な面で犯人になりうる人物がいる可能性があることを陪審員や裁判官にアピールする。

「プライベートでの人づきあいはどうでしょう?」

「監獄の仕事をやめてからは、仕事以外で人と接することは少なくなったと思います。一度、かつての職場の方々を家に招いたくらいです。だから、プライベートで誰かに恨まれるようなことはなかったと思います」

オーティスはマニーに丁重に礼を言い、尋問を終えた。

 




 次に証言台に立ったのはライリーだった。ピンカートンが再び席を立ち尋問を行う。

「あなたは一貫して犯行を否認していますが、まだそれを変えるつもりはないんですね?」

「ああ。俺はやってないからな」

「しかし、話を聞きにいった捜査官に対して暴力をふり、逃げようとしたのはなぜですか?何もしてなければ、そんなことはしないでしょう」

「それは…急に兵士とかきたらビビるだろ。とにかく俺はやっていない。」

 同じような事しか言わないので、ピンカートンは少しイラついたように質問を続ける。

「では、どうしてあなたの指紋が熊の像に残っていたのでしょう?」

「し、知らねーよ。誰かが俺に罪をかぶせるために、魔法かなんかで指紋をつけといたんだろ。俺はやってねーからな」

「そうですか。では、目撃情報があったことはどうでしょう?」

 ピンカートンがそう言うと、ライリーの表情がさっと変わった。弁護士のオーティスも驚いた表情を浮かべている。

「ここで新たな証人を呼びたいと思います」

 ピンカートンが自信に満ちた表情で宣言した。


 傍聴席から移動してきた証人は、ダーネルの近所に住んでいて走って逃げていくライリーらしき人物を見たと証言した。

 ピンカートンはいつ、どこでどのような状況でライリーらしき人物を見たのかということを丁寧に質問して答えさせ、陪審員や裁判官たちにその証言の信用性を高めることに成功した。

 続いてオーティスが証人に尋問を行う。オーティスとしては、少しでも証言の穴を探すことにした。

「あなたが被告らしき人物を見たと言われている時間は結構遅い時間なんですが、暗い中で見た人物が本当にこのライリーさんだと思われますか?他の人物の可能性はないでしょうか」

「確かに、顔をはっきり見たわけではありませんが、まずシルエットが非常に似ていると思います。そして、私が見た人物がこの人と一緒だと思った理由は、首のタトゥーです」

 ライリーは体の至る所に特徴的なタトゥーを入れており、それが明かりの加減で見えたというのだ。

「では、このライリー被告と似たような身体特徴で、似たようなタトゥーをしていた他の人物の可能性も絶対ないわけではないですね?」

 そう言いながらもオーティスは、さすがにそれはないだろうと思っていた。となると、この後の進め方が重要になるなと考えた。次は、弁護側からの被告に対する尋問である。

 ライリーが証言台に立つ前に小声で、質問には正直に答えなさいと念を押した。

「ライリーさん。先ほどの証言や凶器についた指紋などから、あなたが犯行現場にいた可能性がかなり強くなっています。…正直に答えてください。あなたはあの日、犯行現場に行きましたね?」

 オーティスは目でも正直に言うように合図を送る。

「……ああ、そうだよ」

 ライリーは渋々といった様子で認める。

「どうして犯行現場に行ったのでしょう?」

「…近くを歩いていたら、扉の開いていた小屋があって、何か金目のものでもあるかなと思って侵入したんだよ」

「そして、窃盗の現場を見つけた被害者を殺害したと?」

「いや、殺してねぇ!」

 オーティスの質問に食い気味で答えるライリー。

「小屋に入ったら、床に男が倒れていたんだよ。正直ビビったけど、とりあえずなんかないかと思って少し物色して出てったんだよ」

「では、凶器の像に指紋がついていたのは?」

「いや、死体を見て気が動転していたというか何というか。最初は何かよく分からない木の塊だと思って手にしたら、血がついていて放り出しちゃったんだよ。それで指紋を消すのを忘れていたというか」

「なるほど、わかりました。…皆さんに分かってもらいたいのは、このライリー被告の罪は窃盗などの罪であって殺人ではありません。初犯ではないので、窃盗だけでも重い罪にはなりますが、それでも懲役刑辺りでしょう。

 皆さんのなかには、このライリー被告の話がうさん臭く感じる人もいるのかもしれません。しかし、被告が絶対に殺害を犯した証拠はないのです。凶器についた指紋と目撃情報だけです。被害者には、お金絡みの動機を持っていそうな人物がたくさんいます。そう言ったこともぜひ考慮してほしいです。疑わしきは罰せずという言葉もありますので、皆さん、どうかその辺りのこともお考え下さい」

 オーティスは静かに言葉を締めくくった。その後、フィールズがピンカートンの方を見て、

「検察側は、何かありますか?」

 フィールズに言われてゆっくりと席を立つピンカートン。

「そうですね……確かにライリー被告の証言は考慮するべきかもしれません。しかし、皆さんは似たような話を聞いたことありませんかね?被告が追いつめられた時の証言のような気がしてなりません。もちろん、それを判断するのは陪審員や裁判官の皆さんです。ぜひともよくお考え下さい」

 ピンカートンはそう締めくくった。

 ライリーが男二人に連れられ法廷を出た後、判決を行うためにまず陪審員十人が別室に移動した。その後、ピンカートンが秘書を残して最初に部屋に戻る。オーティスは秘書と打ち合わせをして、ピンカートンが法廷を出てからしばらくして法廷を後にした。裁判官三人は、書記のヒュームが書いた裁判の内容に目を通し、三人で話し合ってからオーティスに続いて法廷を出た。書記のヒュームが法廷を出るくらいになってから、傍聴席にいるマニーが一旦法廷を出た。


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