第50話「これから」

 島での惨劇から一週間が経過した。

 まだ、立ち直れない部分はあるし、自分の身に何が起こったのかよく分かってないこともあるけど、後ろばかり見てられない。


「ここ……ですか?」

 根津さんが目の前にある建物を見上げながらそう言った。

 僕-小金井健太の前には大きな別荘が建っていた。

「ええ。ほんとはもっと大きい建物もあるんだけど、トウマが三人で暮らすのに、そんな大きい建物じゃなくていいっていうから、一番小さい家にしたんだけど」

 と、白を基調とした、異世界の騎士が着そうな服を身にまとったマリアさんが何でもないように言った。

「これで一番小さいのか。こういうのを見ると、やっぱお前って貴族なんだなーって思うな」

 少しあきれたように、横のトウマ君が言った。トウマ君は、僕たちと同じように異世界召喚に巻き込まれたそうだ。そして、『名探偵』としていくつか事件を解決しているらしい。実際、島で起こった殺人事件も解き明かしてくれた。



「うわーすごい……」

 家の中に入ると、また圧倒された。西洋風で、日本人の僕としてはあまり慣れた感じではないけど、青木さんが感嘆の声を出すのもうなずける。

 あの事件のあと、元の世界に戻ることがほとんど不可能だろうと知り、この世界で生きていかないといけなくなった。

 この世界の仕組みを大雑把に教えてもらい、

「この世界に来て、全然分からないことばかりだとは思うけど、私が全力でサポートさせてもらうわ」

 というマリアさんの厚意で、この世界での衣食住を確保してもらったのだ。


「それで、僕たちはこれからどうすればいいんでしょう?……その、今まで僕たちは大学に通ってました。……たとえば、この世界の学校とかあるんですか?」

 家の案内を一通り終えたマリアさんに聞いた。

「ええ、あるわよ。でも、小金井さんたちの年齢だと、たいていは卒業して何かしらの職業についていることが多いわね」

「…私たちでも就職ってできるのかな?この世界の身元とか不確かだけど」

 青木さんの言う通り、戸籍とかそういうのがないと、生きていくうえで苦労しそうだ。

「それは大丈夫。今頃ユノちゃんが三人の身分を証明する書類を作ってくれてると思うわ。それに、別の世界からやってくる人も割といるから、その辺は大丈夫よ」

 それに……と、ジトーっとした目で横にいるトウマ君を見て、

「何もしないで屋敷で食っちゃ寝食っちゃ寝している男もいるから」

「なんだその言い草は。まるで俺がお前のヒモみたいじゃないか。最近はレオポルドから依頼された事件を解決してお金だって稼いでいるし」

「そのお金は自分のことにしか使ってないじゃない。美味しいものとか全部私持ちだけど」

「別にいいじゃねーか」

 と二人は仲のいいやり取りを見せる。


「それで、この世界はこう、モンスターと戦ったりするの?」

「みんながみんなそうじゃないわよ。普通に街の中で暮らしている人もいるし、外に出てモンスターと戦うことを生業にしている人もいるわ。……もちろん、三人がのぞめば、すぐにでも冒険者になれるわよ」

 根津さんの質問にそう答えるマリアさん。と同時に、ああいう体験をした僕らにモンスターと戦う職業になって本当に大丈夫なのか、というようなことも聞いてくれた。

「たぶん、今あったら怖くて動けなくなるかもしれない。でも、自分の身や大切な人を守るための手段は自分で確保したいかも」

 と答えた青木さんに、マリアさんは微笑みながら、

「……それは大切かもね。まあ、ゆっくりでいいと思うわ」

 と言った。

「……そういえば、小金井さんは結局どういう個人魔法を持ってたんだ?」

 とトウマ君が話題を変える。

 ちなみに個人魔法とは、その個人が使える少し特殊な魔法のことで、使用の際に魔法力を消費しないとか、いろいろと特別な魔法らしい。

 そしてどうやら僕にその個人魔法というのがあるということが分かり、その詳細を調べてもらっていた。

「うん、小金井さんは、大声を出すとそれに呼応して炎を出すことが出来る魔法らしいわよ」

「……なんか微妙だな」

 とトウマ君。もう少しオブラートに包んでもいいと思う。

 そういえば、あの島で青木さんがモンスターに襲われそうになった時、大きな声を出してたっけ。それのおかげであのモンスターを倒せたということだったのか。


「ところで、私たちは向こうの世界では行方不明とかそういう扱いになってるのかな。……わたしたちがいなくなって、お母さんたち心配してるだろうなぁ……」

 少し落ち込んだ声で根津さんが話す。それは僕も思った。

「……それについては、あのマントの男が具体的にどういう魔法を使ったか分かってないから、何とも言えないわね。普通に考えれば、向こうの世界であなたたちは神隠しのように行方不明になってるかもしれないわ。もしくは、不思議な力が働いて、元いた世界で、あなた達がいたという事実そのものが変わっているのかもしれないわね」

 家族に心配をかけるのは嫌だけど、自分たちがいた事がなかったことになるのもなんだか嫌な気がする。

「まあ、召喚魔法についてはまだよく分かってないことが多いから。これからのことについては、ゆっくり考えていけばいいと思うわ。私も協力するから」

 とマリアさん。そう話している姿は年下に見えない落ち着きようだ。

「今まで暮らしていた世界と全然違う異世界だと思いますけど、生活してみたら結構日本と共通点はありますよ。……それに、見知らぬ世界でも一人じゃないんだから、まあ大丈夫でしょ」

 トウマ君の言う通り、色々と不安なことや心配なことはある。けれど、青木さんや根津さんもいるから僕一人じゃない。だからこそ、あのきつい出来事も乗り越えていけると思っている。


「それじゃあ、私たちはこれで。何かあったら、私とかユノちゃんをいつでも呼んでね。力になるから」

 そう言い残して、マリアさんとトウマ君は別荘を後にした。

 おもしろい二人だったけど、家族の話になった時、二人とも一瞬だけ寂しそうな、悲しそうな目をしていた……ような気がする。……もちろん、僕の勘違いかもしれなないけれど。

 そのことが少しだけ気になった。








―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「ところで、トウマって十五年前の獣災についてどこまで知ってるの?」

 島で起こった事件の後片付けをしているユノにそう聞かれた。

「十五年前の?今回起こった獣災と同じようなのが、十五年前に起こったのか?」

 マリアは別の用事で席を外している。

「そうなんだけど……マリアから聞いてないんだな」

「そうだけど、なんかあったのか?」

 ユノはすぐには答えず、少し考えてから、

「いや、マリアから聞いてないんだったら、私も話せないっていうか……いや、正確に言えば、私も詳しいこと知らないんだ」

 と前置きしたうえでユノが話したのは以下のようなことだった。


 まず、十五年前に今回のとはくらべものにならないほどの獣災が起きた。そしてその場所は、第五の魔王城がある大陸だったという。

 そしてその時、その魔王城では、世界中の国王や大きな権力をもつ貴族たちが集まる、国際会議が行われていた。

 その警備にあたるピース・メイカーも半分近くが亡くなり、会議に参加していた各国の要人も何人も亡くなった。

「で、その獣災にマリアも巻き込まれたって言う事だな」

「そう。幸い、マリアのお父さんがついてたから、大丈夫だった。ただ、マリアのお母さんが亡くなったんだ」

「もしかして……」

「ええ。獣災でパニックになっている最中、マリアのお母さんの死体が見つかったんだ―――魔物じゃなく、誰かに殺されてね……そして犯人はまだ分かってない」





「怪物の集う島」終わり

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