「怪物の集う島」解決編
第49話「犯人は…」
俺は再び小金井達の前に来ていた。
小金井は俺より二つ年上だが、やや童顔気味で、あんまり年上には見えない。
青木はその見た目からして、図書室にいるかわいい子みたいな見た目だが、根っからのアウトドア派らしい。
根津はスレンダーな美人といった感じで、目が猫っぽい感じがする。
そんな関係のない思考を中断し、俺は話を始める。
「今回あなた方のサークルメンバーである、会沢さんの殺害事件について調べに来ました。そして、まあ、思いついたことがあるので、少し話しを聞いてもらいたいんです」
三人は俺が異世界から召喚されてやって来ていることは簡単に説明している。
「……はい」
三人とも、犯人がサークルメンバーの中にいる事はすでに把握している。
「俺が気になったのは、ただ一つだけです。それは、窓際に寄りそうようにもたれかかっていた会沢さんの死体です」
「死体の様子?」
「ああ。まあ、嫌な言い方をすれば、なぜ犯人はとどめを刺さなかったのか、とも言えますね」
まだ首をかしげているマリアだが、横にいるユノはなんとなく俺の言いたいことが分かってきたようだ。
「確かに、頭を殴られたことが死因ではあるけど、即死という訳じゃなかった。犯人としては、しっかりと息の根が止まったかどうか、確認する必要があるか」
「ああ。まあ、犯人にしたら、異常な状況下ではあることに間違いない。だから、別に被害者が死んでいようがいまいが、どうでもよかったのかもしれない。でも、この後には外部から助けがくる……外から迎えの船が来る予定なのは確かだから、この明らかな他殺体、しかもその時はまだ生きていたかもしれない被害者をそのままにしておくのには、抵抗があるはずだ。さらに付け加えるなら、魔物がやって来たから、慌ててその場を離れた、という事も考えられない。現場のある四階にはモンスターが立ち入ることが出来ないからな」
小金井達三人は特に口を挟まず、黙って聞いている。
「魔物が来ないのは分かってるけど、でもそれを犯人が把握してたわけじゃないでしょ?何か物音を聞いて逃げ出したとか」
とマリア。
「確かにそういう考えもできる。でも、島のあちこちで魔物がいる状況で、音がしただけの理由でへたに場所を移動するのは魔物に遭遇する確率が逆に上がるだろう」
「まあ、そうかもしれないけど……」
「それよりも、俺が犯人だったら、あることをすれば、死体を上手く処理できるかもしれないと考える。それは、あの部屋の窓から死体を突き落とすことだよ」
「突き落とす……致命傷を負っている被害者を四階から突き落とせば、ほぼ確実にとどめを刺せるだろうし、被害者の体が軽いうえに、窓際に寄りかかっているわけだから、落とすのは簡単だな。しかも時間もたいしてかからない」
「そう、ユノの言う通り、これなら特に時間がかかる訳じゃないから、犯人とすれば、それが最良の一手だろう。そして何より、建物の外には、死体を変化させる魔物が存在していた」
小金井達が現場のある建物内を逃げていた時から、外でクモ型の魔物がうろうろしていた。
「死体が存在しなければ、殺人等の立証ができない。そしてそれは小金井さんたちの会話でもありました。つまり容疑者である六人全員が知ってることでもあります。さらに言えば、万が一死体が変化した魔物が、何かしらの原因によって倒されたとしても、それがもとの死体に戻らないということも、六人全員が知っています」
芳賀の死体が変化したライオン型の魔物が倒されても、もとに戻ることはなかった。
「まあ、被害者を突き落としたところで、確実に狙い通りのことが起こるかどうか分からないけど、やったところで犯人のデメリットは少なそうね」
「ああ。もし死体を突き落とすことができなくても、被害者が壁に書いた血の汚れくらいはどうにかしようと思うんだよな。だって犯人の名前とかを書く可能性があるんだから」
「いわゆるダイイングメッセージというやつですね」
推理小説をよく読むのか、小金井がすぐに反応した。
「ええ、そうです。実際被害者は壁に何かを書こうとしていました。……結局犯人につながることは書いてなかったんですけどね。ただ、ここで重要なのは、まだ息のある被害者が何かをしようとしている、ということです。犯人としたら、被害者が壁に何を書こうとしたのか確認するとか、何か手がかりを残そうとする被害者を止めるとかすると思うんです」
一度言葉を切り、俺はさらに話を続ける。
「でも犯人はそれをしなかった。なぜか?……答えは簡単、窓際に近付けなかったから。つまり犯人は高い所が苦手だった」
「高所恐怖症だった……ということですか?」
と小金井。
「ええそうです。廊下にある窓は板によってふさがれていました。なので、高所恐怖症でもある程度は大丈夫だったんでしょうが、部屋の中の窓ガラスはそうじゃありませんでしたからね。………では、誰が高所恐怖症だったのか、一人ずつ確認してみましょうか。まず、あなた方三人は除外されますね。カマキリ型の魔物を倒した際、屋上から物を投げつける役割をしてましたもんね。小金井さんと青木さんについては、その後高さ数メートルの木にも登っていました。というわけで、お三方は犯人ではありません」
少しほっとしたように三人が息をつく。
「続いて菊田さん。この方は、島に来た初日に、あの現場になった建物で、五階の窓から身を乗り出して、遠くを歩いている会沢さんと深尾さんを確認しています。よって犯人ではありません。あとは屋代さん。この方は、最近スカイダイビングを経験されたそうですね。よって犯人ではありません。というわけで、残った深尾さんが犯人です」
「……確かに、深尾さんは高所恐怖症でした」
俺の推理を聞き終えた小金井がそう言った。
「ですよね。深尾さんはサークルの参加率が悪かったみたいですね。少し前の、山で行ったキャンプにも参加しなかったとか」
「はい。結構高いところでやってたので、深尾さんは参加しませんでした」
という青木の言葉に、根津もうなずいて同意している。
「でも、どうして深尾さんは会沢さんを?」
と小金井は不思議そうに話す。
「さあ、さすがにそこまでは分かりません。何かしらはあったんでしょうけどね」
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
深夜。車を運転して帰っていた時、急に出てきた人と接触してしまった。
そんなにスピードは出ていなかったが、車に当たった人物は、よけようとしたのか、後ろ向きに倒れ、縁石に頭をぶつけ、そのまま動かなくなった。
それを見た深尾は、慌てて車を降り、倒れた人物に駆け寄った。ジャージ姿の男は、ピクリとも動かなった。
本来ならば、救急車を呼んだり、警察を呼ばなくてはいけない。しかし、深尾はそれをためらった。なぜなら彼は飲酒運転をしていたからだ。
さいわい、人気はほとんどないし、監視カメラもおそらくないと思われる。そして車を見ても、ジャージ姿の男と接触した痕跡は、見受けられなかった。
しばらく逡巡した後、深尾はその場を逃げ出した。
それから数週間後。
深尾が起こしたひき逃げ事件は、地元のニュースとして取り上げられたが、深尾のところに警察は今のところ来ていなかった。
少し安心し始めた頃。
「なあ深尾。○×町で起こったひき逃げ事件って知ってるか?」
同じサークルのメンバーである会沢が、帰ろうとしている俺にそう話しかけてきた。○×町は、深尾が事件を起こした場所である。
周りに人はいなかったが、思わず周りを見渡してしまった。
「……いや、どうかな。ニュースで少し見たかもしれないけど……」
「そうか。お前って車で帰ってるよな?ちょうどあの辺の道も通る気がするんだが」
「確かにあの辺は通るけど、特に俺は知らないな」
「……そうか、まあいいや」
そう言って、会沢は帰っていった。
追求された訳ではないが、直感的に、会沢は深尾がひき逃げを起こした犯人だと気が付いていると分かった。
しかし、その後、会沢は特に何も言ってこなかった。深尾のもとに警察が来ることもなかったし、会沢が口止めとしてお金を要求してくることもなかった。
しかし、それが逆に深尾の不安を加速させた。会沢は間違いなく深尾が犯人だと知っている。それなのにあれから追求してこないのには理由があるのか、と。
そして深尾は、サークルメンバーと共にあの島へと向かうことになった。
見たこともない怪物が現れ、友人の命を奪っていく。
そんな怪物から逃れるため、深尾は島の中央にある建物へと来ていた。
建物の一階で、カマキリみたいな怪物に追いかけられていると、前方から牛みたいな怪物がやってくるのが見えた。
「深尾!こっちだ!」
会沢が階段の方から叫ぶ。少し躊躇した深尾に、
「高いのが苦手でも、死ぬよりかはましだろ!」
腕を強引に引っ張って階段を上って怪物から逃げる。
階段を駆け上り、四階のトイレにひとまず隠れる。幸い、トイレには窓がなく、高さを感じさせるものがないので、そこまで気にならなかった。
しばらく待ったが、怪物が追ってくる気配がなかったので、一旦廊下に出る。廊下には窓があったが、すべて木の板でふさがれているため、ここも高さは気にならなかった。
「他のやつらは無事なんだろうか……」
そう呟きながら歩いている会沢の無防備な背中を見て、ふと思った。
そうだ。今、この混乱したときに会沢を殺せば……そう思ってからの行動は早かった。近くに落ちていたロープを手に取り、後ろから首を締め上げる。
自分でもこんなスムーズな行動をとれるとは思っていなかった。まるで、誰かに背中を押してもらった感じだ。
会沢は抵抗したが、体格差もあるので、動きが鈍くなるまで時間はかからなかた。だが、人の首を絞めるのは初めてだからか、ロープから手を放すと、会沢はよろよろと深尾から逃げようとした。
とどめを刺さなければ、と思った深尾は近くにある椅子を手に取り、頭を殴りつけた。
「うがっ」
殴られた勢いで部屋の中に入っていく会沢。それを追う深尾だったが、途中で足を止めた。部屋の中には窓があり、高所恐怖症である深尾は近づきたくなかった。
そうこうしているうちに、会沢は窓際までたどり着き、寄りかかる。ほとんど意識もないが、指に血を付けて壁に何か書こうとしている。
そして数秒後、会沢は完全に動かなくなった。おそらく死んでいるだろうと深尾は判断した。そして、目を凝らして壁際に書かれた血の汚れを見ようとしたが、よく見えなかった。もしかしたら深尾の名前などが書かれている可能性もあったが、そのままにしておくことにした。どうせこんな状況だ。死体が見つかっても、犯人だと分からないだろう、と思うことにした。
廊下の窓からは外が見えないとはいえ、あまり高いところにいたくなかった深尾は、階段を降り、一階に戻った。廊下にさっきまでの怪物はいなかった。
ふと、外側の窓を見ると、あのクモみたいな怪物がうろうろしていた。ちょうど、会沢の死体がある部屋の真下だった。死体のにおいでもかぎつけたのだろうか。
あのクモの怪物を使って、会沢の死体を無くしてしまうことも考えたが、どうしても実行に移せなかった。
そんなことを考えていると、こちらに近づいてくる物音に気が付いた。慌てて近くにあるトイレに逃げ込む。
しかし、そこには先客がいた。するどい槍のような腕を持った、馬のような怪物がいた。
ゆっくりとこちらに向かってくる怪物を見て、慌てて方向転換をする深尾。
しかし、振り返ると、目の前にはカマキリの怪物がいた。
そしてそのカマキリの怪物は、右腕のカマをゆっくりと振り上げ、深尾に向かって振り下ろした。
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