第45話「反撃」

 菊田と屋代は道の真ん中に立っていた。そしてその道には、六階建ての建物と五階建ての建物が向かい合うように立っていた。

 時刻はまだ八時を少し過ぎたぐらいだった。九人は、何時間もたったような気がしていたが、明日になるのはまだまだ先の事だ。食欲のない体に無理やり食べ物を入れた九人はそれぞれの場所に移動した。

 牧坂や青木は、深尾と細木と一緒に建物に閉じこもっていた。他のメンバーは、あの怪物を倒すための配置についていた。

 菊田と屋代が道の真ん中に立ってから十数分後。あの怪物は再び現れた。

 犬とカマキリの怪物は、道の真ん中に立っている二人に気がつくと、気味の悪いモーションで走り出した。

 向かってくる怪物の姿を見て、逃げ出しそうになるのを何とかこらえながら二人はタイミングを見計らった。元々交番などがあった六階建ての建物の横を、怪物が通る瞬間、二人は手に持っていたガスの入った小さなボンベを怪物に向かって投げ、できるだけ遠くに逃げ出した。

 屋代が投げたボンベは少し離れたところに行ってしまったが、菊田の投げたボンベは怪物に当たるコースだった。しかし、そのボンベは、怪物に当たる前に右足の鎌で真っ二つに切られた。

 それとほぼ同じ瞬間、五階建ての建物の屋上にいた小金井と青木が油の入った容器を投げる。

 その油が怪物とその周辺にしっかりと降り注いだことを確認した根津は、小金井達がいる向かいの建物の屋上からあるものを投げた。バーベキュー用の串の先に、油をしみこませて丸めた布に火をつけたものだった。球技が得意な根津が、残るメンバーの中ではコントロールに自信があったので、この役目を志望した。六階建ての建物の屋上からだったが、根津のコントロールは的確で、ボンベを切ったばかりの怪物に直撃した。

 ドォォーン!

ハンドサイズのガスボンベであったが、その威力は絶大だった。屋上にいた根津や小金井たちのところにも届くぐらいの爆風が上がった。

 そして、油をかぶった怪物は、爆発だけでは死ななかったのか、炎をまといながら菊田と屋代の方へ、ゆっくりと進んでいた。しかし、力尽きたのか、二人の三メートルほど手前で倒れて動かなくなった。

 だいぶ時間をおいて、黒焦げになった怪物が動かないのを確認した菊田と屋代が屋上にいるメンバーに合図を送り、根津たちは降りて行った。

「ナイスコントロール。おかげで芳賀の敵討ちができたな」

 屋代が根津をねぎらった。

「健太もナイスアイデア。シンプルな作戦だったけど、効果あったな」

 菊田が小金井に話しかける。皆、顔色は良くないが、大仕事をやってのけた表情をしていた。

 その後、隠れていたメンバーとも合流し、九人の間にどこか安堵した空気が流れた。

「まだ問題が完璧に解決した訳じゃないんだけどな」

 公園のベンチに腰掛けて会沢が言う。外部と連絡がとれない状況には変わりないのだ。まだ昼にもなっていないので、迎えの船が来る時間まで二十四時間以上ある。

「それに、この島にまだ他の人がいる可能性もあるし」

 怪物は倒したが、その怪物を連れてきたと思われるマントの男の仲間がいる可能性を考えていなかったメンバーもいたので、まだ完璧に安心できるわけではないと、気を引き締めた。

「とりあえず、この島に危険がないか確かめないか?俺ら以外の誰かいないのか」

 深尾が会沢に提案する。

「どうだろうな。固まって動けばどうにかなるかもな…………それと、芳賀の死体をあのままにしておくのもな……」

「…たしかにそうですね。でも、勝手にいじっていいんでしょうか?それに…」

 あの首が切断された死体に触れるのは恐ろしいとも細木は思った。

「布をかけておくとかはしていいんじゃないのか。雨は降らないだろうけど、風とかにさらしておくのも…」

 結局、会沢の提案で大きな布を持っていき、芳賀の死体にかけて、九人全員で合掌した。

 それぞれが祈り終わった後、あのマントの男が現れた現場に再び舞い戻って行った。魔法陣が書かれた現場に戻ると、そこにマントの男の死体はなかった。いや、なかったという表現は適切ではなく、見えなかった。黒くて大きな怪物が乗っていて見えなかったのだ。

 その大きな黒い怪物は、胴体はクモで、頭はアリのような見た目だった。そのクモとアリの怪物は、尻にある針をマントの男の死体にズブリと刺した。2、3秒その怪物は何かを死体に注入すると、死体に異変が起こった。

 動かないはずの死体がビクッ、と動いたと思うと、マントや服を破ってどんどん死体が変色しながら大きくなっていったのだった。マントの男の死体は、灰色の大きな牛のような見た目をし、頭には人の体を簡単に突き刺すことができるような二本の角のある怪物に変わっていったのだった。


 その牛のような怪物は、足元がおぼつかないのかその場にうずくまったままだった。

 しかし、もう一体のアリとクモの怪物が九人の方に向かってきた。九人はそれを確認すると、散らばるように逃げ出した。

 来た道を戻るように逃げた小金井は、途中で先ほどかけた布の端に足を取られ、転んでしまった。それと同時に布がめくれるようになってしまい、切断された芳賀の頭部と目が合うような恰好になってしまった。

「ひっ…」

 小金井は息をのんだが、アリとクモの怪物は構うことなく向かって行った。小金井が再び立ち上がり逃げようとした時には、小金井に覆いかぶさるような位置にその怪物はいた。

「小金井君!」

 青木が振り返り叫ぶ。会沢や深尾は何か武器を持って応戦しようとしたが、アリとクモの怪物は尻についた針をズブリと刺した。

 ……小金井の隣に倒れていた芳賀の死体に。

 針を刺された2,3秒後、先ほどのマントの男の死体と同じように、首のない芳賀の死体に変化が訪れはじめた。近くに転がった芳賀の頭部をも巻き込んで変化し始めた。

 その間、アリとクモの怪物はゆっくりと小金井のところから離れていった。

「……とりあえず逃げろ!」

 殺されると思ったのに、小金井ではなく隣の芳賀の死体に襲い掛かったアリとクモの怪物を呆けたような表情で見ていた小金井に向かって会沢が叫ぶ。

 そして芳賀の死体が、ライオンの体にクワガタのような角を持った怪物に変わっていくのを見ながら、小金井達は逃げた。



「なんで僕は無事だったんだろう?」

 どれだけ走ったのかわからないぐらい走った小金井は、元郵便局の建物の中に逃げていた。屋代と菊田と細木を除くメンバーがそこにいた。

「……おそらくだが、あのクモみたいな化け物は死体にしか興味がないんじゃないのか。」

「もしそうなら、あの怪物は俺たちを襲うことはないってことか」

 深尾が呟く。

「そうだろうな。もし俺たちが死ななかったらな。…しかし、芳賀やマントの男の死体からできた化け物は分からないけど」

 あの見た目を見る限り、人を殺すのに適しているというような印象を受けた。

「あの三人は大丈夫かな」

 はぐれてしまった菊田たちを心配する根津。

「結局、化け物は何体いるんだよ」

 床に座り込みながら深尾が言う。今までで確認されているのは三体だが、もしかしたらそれ以上いるのかもしれない。

 各々がつかの間の休息をとっているなか、

「逃げろぉ!」

 外から菊田と屋代の声が中にいる六人に聞こえてきた。

 ガッシャーン!

 ガラスの入口を突き破って、クワガタとライオンの怪物が入って来たのだった。

「いやぁああ!」

 入口の近くにいた牧坂がその角に挟まれてしまった。

「正子ちゃん!」

 青木と根津が同時に叫ぶ。外からやってきた菊田たちは、

「とりあえず皆離れろ!」

 と言い、手に持っている鉄パイプで怪物を力いっぱい殴る。屋代は持っていたナイフで首筋辺りを切り裂いていく。

 菊田や屋代たちの攻撃は致命傷を与えていたが、怪物の角は容赦なく牧坂の体を挟んでいく。骨のつぶれるような音が響き、牧坂の口からは血が噴き出ていた。

 五分後、その怪物は動かなくなったが、同時に牧坂も動かなくなっていた。

「遅かったか……」

 菊田は肩で息をしながら言った。屋代と細木が牧坂のほうに近寄り、牧坂の死亡を確認した。




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