第20話「異世界から来た男たち」

「……さぶい」

 身を縮こませ、がたがたと歯を震わせながら、俺は館の前に立っている。

 別に寒さに弱いはずじゃないが、なんだかとても寒い。

 この世界の冬は格別に寒いんだろうか。

 そんな俺に対し隣に立つマリアは、そんなたいして着込んでいないのに、いたって平気そうな顔をしている。

「お前は寒くないのかよ」

「私?このお守りがあるからね」

ポケットから赤いお守りを取り出す。色合いは確かに暖かそうだ。

「それ持ってるとあったかくなるのか?」

 赤いお守りを横からとろうとする俺の手をするりと避け、

「まあ、そうね。これを持っていればどんな極寒の地でも凍えることはないのよ。まあ欠点は、一人の時は使えないの。お守りを持っている人の他に、何人かいないといけないのよ」

「へえ。でもなんで二人以上いないとだめなんだ?」

「このお守りは、近くにいる人の持っている熱を奪うから」

「はあ?どーりで寒いわけだコラ!おい、それとっとと捨てろ!」

 やっぱりこいつの持っているアイテムはポンコツだ。っていうか、たちが悪い。

 マリアの持っているお守りを取ろうと騒がしくしていると、

「…あ、どうもこんにちは。お久しぶりです」

 と後ろから声をかけられた。

 声をかけてきたのは、三十代の少し暗い印象を与えるメガネをかけた男だった。

「あら、ルドルフさん。お久しぶりね。……この人は、パーカーさん……この館の主のまあ秘書みたいな人よ」

 とざっくり説明を受けた。まあ、ざっくり分かった気がする。

 俺とマリアのやり取りを苦笑いしながら見ている。

 そうか他人からみたら変な感じがするわな。

 とりあえずマリアからお守りを取り上げる。すると、そのお守りの中から紫色の小さな石が飛び出し、ルドルフの頭の上に乗った。

「…?これはなんです?」

 ルドルフはそれを手に取ってまじまじと見る。

「あ、それは前日にカレーライスを食べた人が持つと、腹痛に襲われる呪いにかかるっていう石よ。でも、そうじゃない人が持つと寒さから身を守ってくれるの」

 と一言。

 それを聞いたルドルフは顔が真っ青になった。

「あ、あの……私昨日カレーを食べ……」

 グルルル…と俺の所までお腹の音が聞こえてきた。


「おや、マリアさん。お迎えが遅くなって申し訳ありません。よくお越しくださいました」

 とここで、なかなか渋めの五十くらいの男が門番から呼ばれ館から出てきた。

「あら、パーカーさん。お久しぶりね。こっちはトウマ。例の『名探偵』よ」

「ほお、あなたが。噂には聞いていますよ」

 パーカーはそう言いながらやさしい笑顔で俺を見る。

 いやいや今はそれどころじゃない。

「あ、あの!パ、パーカーさん!……トイレ貸してください……」

 切羽詰まった様子でルドルフが詰め寄る。

「え、あ、ああ……もちろん。ほら」

 と何が起こっているのかいまいちよく分かってないままルドルフを館の中に案内する。ルドルフは急いでトイレに向かった。

 

 パーカーは、日本で言う不動産の事業を行っている人で、貴族まではいかないが、貴族とも関わりがあるお金持ちと言ったところだ。

 そして、引っ越しをかねて食事会のようなものを開くとかで、マリアも呼ばれたんだとか。

 マリアの父親とパーカーが知り合いらしく、マリアの小さい頃からお世話になったと聞いている。

「寒いですね。さ、中へどうぞ」

 パーカーはルドルフをトイレに案内した後、再び俺たちのいる玄関先まで戻ってきた。

 真新しい館の中へと案内される。落ち着いた雰囲気をまとうその館は、なかなか立派な建物だった。そして、その館から三十メートルくらい離れたところには離れのような建物もあった。

 ただ、普段マリアの屋敷で暮らしているからか、大きな家だな、と思えなくなっている。

「まだ、すべての荷物をこっちの家に運び込んでいないので、少し寂しい所もありますが、生活するのに必要なものはすべて備えていますので、ご安心ください」

 そう言ってるが、見る限り引っ越しした手には見えない。普通にお金持ちの住んでいる洋館みたいな内装だと思う。


「こんちわー……あ、パーカーさん、どうも。今日はお招きいただきありがとうございます」

 玄関を入ってすぐの所でそんなやり取りをしていると、二十代の若い男が門番に案内されて入ってきて、挨拶をはじめた。

「どうも。グレッチェンって言います。お初にお目にかかって光栄です、マリアさん。一応記者をしています」

 と恭しくマリアに挨拶をするグレッチェン。ただ、どことなくキザな印象を受ける。まあ、顔立ちも別に悪くないし、仕事とかそつなくこなすタイプに見える。悪いやつではなさそうだ。

「そちらの彼は?」

 俺の存在に気づき、誰ともなく聞いてみるグレッチェン。それにマリアが答える。

「これは『名探偵』のトウマよ」

「なるほど。まあ、よろしく」

 テキトーに紹介され、これまたテキトーにあいさつを済ませた。


「着いてすぐで申し訳ないですが、離れの方に案内してもよろしいですか?」

 あいさつもそこそこに、パーカーは俺たちを引き連れて離れの方へと向かう。

 なんでも、マリアに見せたいものがあるらしい。グレッチェンは、部屋に荷物を置いたり、少し済ませたい用事があるとかで、また後で離れに行くことにした。

「そういえば、異世界から来たっていうのはどんな人なんだ?」

 再び寒い外に出て、離れに向かう道すがらマリアに聞いてみる。

 今日俺が来たのも、その辺に理由があるわけだし。

「ああ、その件ですか?異世界から――つまりあなたと同じ世界から来たのは私ですよ」

「………」

 そうか。よく考えればそうだよな。

 俺は、異世界から来たってことで、日本人を想像していたが、地球には何か国もの国があり、何億人もの人間が暮らしている。

 異世界に召喚または転生する人間が、日本からだけのはずがない。

「私は元々アメリカ人だったんですよ。トウマさんは、名前からして日本人ですかね?」

「ええ。……いつからこっちの世界に?」

「私が高校生の時ですから、かれこれ三十年以上前の話になりますね。そして右も左も分からない私を助けてくれたのが、ネストルさん――マリアさんのお父さんに色々と助けてもらったんですよ」

 離れの扉の入口の扉の鍵を開け、扉を横にスライドさせて開き、俺とマリアを中に入れる。

 細長い廊下が続く離れの中は、暖房がきいていて暖かい。

「見て欲しいのはこの部屋の中にあります」

 しっかりとした木の扉を押し開け、部屋の中へと案内する。

 部屋の中は、廊下の暖房が入ってこないためか、外ほどではないが、肌寒い。

 パーカーは部屋の照明をつけ、それから中央にある丸いテーブルの上のリモコンを手に取り、スイッチをいれる。すると、天井にある暖房器具が音もなく作動し、暖かい空気を送りはじめる。

「一時間ほど前に暖房をつけてこの部屋で色々としていたんですが、もう寒くなっていますね」

 たしか今日はこの一週間の中でも特に冷え込む日とかって言ってたような。

「冬だから仕方ないわ。……それにしてもすごいコレクションね」

 部屋の中を見渡し、マリアが言った言葉に、パーカーは少し嬉しそうな笑顔を見せ、

「ええ。少し苦労しましたが、なんとか集めることが出来ました。この離れに案内したのはマリアさんたちが初めてです。まだ私しか入ったことがないので」

 と誇らしげに言った。

 

 部屋の中には、模型やら写真やらいろんなものが所せましと並べてある。

 湖の水面から、なにか生き物の頭らしきものが出ている風景を取った写真とかが飾ってある。

「これって……ネッシー?」

 ネス湖のネッシーの写真がそこにはあった。いや、実物を見たことはないから、これがそうだと言い切れないんだけど。

 それに、写真とは言ったが、写真のような絵というか、念写されたようなものだから、これが本物でもないだろう。

「さすがにトウマさんなら分かりますよね。そうなんです。私はミステリーおたくで、こういったものの収集をしてるんです」

 見れば、UFOの模型やらツチノコや河童の骨格なんてものも置いてある。

 俺の職業である『名探偵』に興味を示していたが、パーカーの好むミステリーと、名探偵が出てくるミステリーはちょっと違うだろう、と思ったものの口には出さなかった。 




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