第37話 黒薔薇姫とサンテーヌの女王Ⅲ~集結~
「あらあら、まだ、なんて、怖いことをおっしゃるのね。
では、いつか、が来るのかしら?」
ころころと、30代くらいの女の人が楽しそうな笑い声をあげた。
「パルメ夫人、私たちそれぞれ自由に自己紹介をさせていただいてもよろしいかしら?ここはパルメ夫人のサロン。宮廷の窮屈な決まり事からは離れた場所ですもの。
ねえ、姫、よろしくて?」
「あ、はい」
そこにいるのはほっそりした嫋やかな人なのに、なんだかその眼差しに気圧されてしまい、私は思わずうなずいてしまった。
「よかった。お礼を申し上げますわ。
私はアガタ。ルードヴィク・グレーゲル・エリクソン侯爵の妻でアガタ・ベアトリス・エリクソンと申します」
その人___アガタ夫人___が微笑む。
近くで見なくてもわかるくらいのふんわりとした栗色の髪は本当に柔らかそうで、それを綺麗に結い上げている姿は血統書付きの猫みたいだ。
くりくりしたまんまるの薄茶の瞳がよけい猫っぽさに拍車をかける。可愛らしいはずのそれは、でも、きゅっと見据えられるとなんだか目が離せなくなる鋭さがある。
「父から伯爵位も受け継いでおりますので女伯でもありますの。でも普段はアガタ夫人とお呼びになって。主人も姫に最大限のお力をお貸ししたいと言っておりましたわ」
すんなりした体に細身の青いドレス。
その上で優雅に微笑むアガタ夫人はパルメ未亡人とは全然違う独特の雰囲気があった。
柔らかな刃みたいな。
「御婦人方の紹介が終われば次は我々の番か」
「では、どうぞ、辺境伯」
「こういったことは未来ある若者を先にすべきだろう」
「そのような訳には……」
「いや、侯爵、きみからしたまえ」
「……はい。承知しました。
僕はレオン・イェンス・ルンドヴィスト。ルンドヴィスト侯爵家の嫡男です。歴史だけはある家ですので、少しでも姫のお役に立てるよう、父に命じられて参りました」
普通だ。すごく普通の人だ。
いや乙女ゲームに出てくるくらいだからかっこいいですよ。
20代だよね、きっと。栗色の髪はつやつやに輝いてるし、アーモンド形の目の奥はすごく優しい。
ただ、なんというか、アクがない。おでんで言ったら定番の大根とか卵。安定感のあるかっこよさ。一緒にいると安心できそう。なんとなく『白薔薇の帝国』の良心、という言葉が頭をよぎった。
あ、ヴィンセントとかヨナタンは、ロールキャベツとか焼売とか、コンビニおでんには入ってても家のおでんには絶対入ってないタイプです。
「それでは、最後に。私はシエル・クヌート・ビョルケンハイム辺境伯。そこにいるボレリウス宮中伯とともに選帝への発言権がある。ゆえに、殿下にもそれなりの力を貸せるはずだ」
あ、この人が紳士だけどロマンチストでそれを言われると怒っちゃう人か!
うん、確かに外見はすごく紳士。
見た感じ、50代くらいかな?
グレーの髪はきちんと刈り揃えられて整えられていて、肌の質感とかは年相応だけどそれがかえって無理してない感じでかっこいい。きりっとした目元と合わせて、ハリウッド映画に出てくるイケオジ枠みたいな。そーかー、これでロマンチストなのかー。
とりあえず、ヨナタンの忠告通り、そのことには触れないでおこう。
「俺のことは覚えてくださっていますね?姫」
ヴィンセントにいたずらっぽく問いかけられて、私は「もちろんよ」とうなずく。
それを合図のように、パルメ夫人が手叩きをした。
「では、みなさま、お名前が出そろったところで乾杯いたしましょう。これだけの方々が集まるなんてこと、このサロンでもめったにありませんもの、ね」
そして、パルメ夫人は相変わらずふくっと優しい笑顔で私たちを見渡した。
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