第116話 異国嫁取物語 七~山吹縁結び~

「というわけでの、山吹花魁、この座敷のこと、口外するなというのでありんすなら、わっちも承知でござんすよ。もとより、よその人の座敷の中のことを吹聴するなぞ、なかでやってはならぬことでおりんす。わっちも巳千歳の端に加わる花魁。それが異人のことでも誰にも申しはしやんせんゆえ、安心しなんしなぁ」


 牡丹さんはフラグな雰囲気に構わず、あたし、梨木さん、チェスターさんたちの順に視線をめぐらせてまたあたしに戻した。それから、「大丈夫」とでも言うように、ふっと目を細める。

 そして、「御用はそれだけでおりんすか? それならわっち、引き上げいたしんす。わっち、今からお茶を挽かねばなりんせん。もちろん、今日の揚げ代なぞいりませぬよぅ」と、冗談とも本気ともつかない口調で言ったあと、そのまま席を立とうとした。


『レディ!』


 それを引き留めるようにチェスターさんが声をあげる。


『レディ山吹、この方を私に紹介して下さい! お願いです!』

『ならば私からも! チェスターがこんな大声を出すのをはじめて見ました! ヤマブキ、私からもお願いします!』


 しかも、ロッコさんまで身を乗り出してきたし……。

 えー、どうしよう、参っちゃうなあ……こんなとき、梨木さんなら……と思ってそちらに目を向けると、梨木さんはなんか不思議なポーズで固まっていた。

 ああ……言葉はわからなくても、空気、読んじゃったんだね……チェスターさんが牡丹さんに目を惹かれたことに気づいたら、それはそれはもう、今までのことなんかと比べ物にならないくらい胃が痛くなるよね……。

 でも、うーん……チェスターさんのまっすぐな翡翠の目、それを見ちゃうと「ダメです」って一刀両断もしづらい……ちゅーわけで、ごめんね!梨木さん!


「牡丹殿、まあ待ちんしな。こちらの異人さんが牡丹殿に挨拶をしたいと……」

「あ、あい」


 あたしに促されて、牡丹さんが、とすんと腰を下ろし直す。


「さよでおりんすか。ようござんすよぅ」

「ありがとござりんす。では牡丹殿、こちらはチェスター殿でおりんす。チェスター殿はエゲレスからお上の手伝いに来なんして、お国では伯爵……わっちらのいうお公家さまのようなものでありんす。チェスター殿、こちらはレディ牡丹、わっちの同僚でありんす」

「ありがとう、ございます! レディ牡丹……あなたに会えて、私はとても、嬉しい……!」


 つたない日本語で話すチェスターさんに牡丹さんが首をかしげる。そしてちっちゃく「あれ」とつぶやいた。


「この方、わっちと同じ言葉を喋りんす」

「牡丹殿のような方と話すために、わっちらの言葉を習いんしたとか」

「まぁ、熱心な方でおりんすなあ。わっちは牡丹。遠い異国からよう来ぃなんした」


 そう言われて、頬を赤らめるチェスターさんと、ころころ笑う牡丹さん。

 梨木さんには申し訳ないけど、この二人、うまくいくかも……しれない。

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