第114話 異国嫁取物語 伍~牡丹~

「あれ、失礼いたしんしたぁ」


 のんびりした声が聞こえた。

 そこにいたのは、ぽてっとした垂れ目のタヌキ顔がかわゆな……この人は花魁三番手の牡丹さんだ。とは言ってもおっとりしたこの人は、桔梗みたいにライバル争いなんかには興味がないみたいで、あんまり話したことはない。


「いい匂いがしんしたものでな、つい……お茶挽きがほんに申し訳ないことでござりんす」


 そう言って、にこ、と笑みを浮かべる。

 て、あれ? この人、ロッコさんたちを見ても動じない……?


「牡丹花魁、魂消たまげはしやんせんか」

「魂消る……? 何故でおりんしょう?」


 ゆっくり首をかしげた牡丹さん。そのかしげた首が、またゆっくりと元に戻る。


「……あ、異人……?あれ、あれ、まあ。わっち、初めて見ぃなんした」


 そして、ようやくロッコさんたちに気付いたみたいに口元に手を当てる。

 大声を出されたらまずいな。とりあえず座敷に上がってもらおうか――そう考えたとき、牡丹さんは花が開くように微笑った。


「――へえ、異人とはなんとも綺麗な色の髪をしておりんすなぁ」


 その、さっきまでと全然変わらないのんびりさに、あたしと同じくらい息を詰めていただろう梨木さんが肩の力を抜く。

 あたしも思わず深く息をついていた。安堵の息だ。

 牡丹さん……ただののんびり屋じゃなくて意外と大物かも……。

 でも、だからってさすがに「ですよね、マジ綺麗な髪っすよね! ヤバない?」で、すますわけにはいかない。


「梨木殿、今日の用向きは胃の腑の薬だけではのうて、ロッコ殿たちのこともありんすな?」

「あ、ああ」

「ならば公務。それなら花魁一人揚げるくらいの路銀は容易よいでありんしょう」

「うむ、確かに。こうなれば身揚がりではなく、山吹殿に揚げ代を……」

「いないな。この牡丹花魁を揚げてくんなんし」

「この女性にょしょうを……?!」

「このまま帰すわけにもならぬでおりんしょう。因果を含めるにしろなんにしろ、座敷に上がってもらわねば」

「ああ、そういうことか。承知仕った」


 梨木さんが胃の当たりをさすりながらうなずいた。

 ごめんね、せっかく胃薬渡せたのに、さらに胃を痛くさせちゃったみたいで。


「牡丹花魁」

「牡丹でようござんすよぅ」

「……牡丹殿、ひとます中で話を。揚げ代は払うゆえ、わっちの座敷に来てくんなんし」

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