革命の狼煙は上がるのか? 



「いや、お断りさせてもらうが」


 俺は半ば反射的にそう答えていた。そして確信も覚えていた。『あ、これは関わっちゃダメなヤツだわ』と。

 謎の異生命体と初遭遇を経験して、開口一番にそんな荒唐無稽なことをのたまう輩などロクなヤツがいないに決まっている。

「わぁ、日本語、使われるんですね! これで世界征服するときのに意思の疎通がとりやすくなって、助かります!」

 少女が驚きをあらわにしながらも、上機嫌そうに声を弾ませる。

 少女が驚くのも無理もなかろうが、この星……地球の文化に関しての情報は本星で既にインプット済みである。故にこの日本語という言語を使いこなすことには何の不自由もないのだ――

「って、俺は最初に断ったはずだよなぁ⁉ 世界征服はしないって!」

 なんだか、とても聞き捨てならない単語が聴こえた気がしたが。

「えっ、世界征服なさらないんですか」

「そこで心底驚いた顔をされると大変、不本意なんだが」

 俺の姿を認識した時よりも、余程大きく顔に『信じられない』と書いてある。

「だって貴方様は、とおーい、とおーい星からいらっしゃったエイリアン様なんですよね」

「まぁ、この星の原住民から見れば、俺はまさしくエイリアンだな」

 エイリアン様ってなんだよ、と思いつつも肯定。

「そして地球の常識の範疇を超えた技術で構成された、こんな立派で、思わず頬ずりしたくなるような体躯をお持ちなんですよね」

「否定はしない」

 ちょっと上機嫌になったのをぶっきらぼうな答えで隠しながらも、再び肯定。


「――なのに地球をその手中に収めようとはなさらないんですか!」


「どうしてそこで発想が飛躍するんだ!」 

 俺は、全力で、否定。ついでに地球人に対する不信度が一アップ。なんだこいつ。

 ヒューマノイドタイプの知生命体だから、そこまで思考の差は存在しないだろうとタカをくくっていたのだが、これはどうしたものか。ここまでカルチャーショックが大きいものだろうか。地球人が皆、この少女と同じ思考パターンをしてようものなら正直、泣く。戦士だとしても、泣く。

「えっ、だって宇宙からの来訪者といえば基本的に人類を根絶やしにしたり、家畜化するのがSFの基本ではないですか。それならば貴方様もそうしなさると思うのが普通ではありませんか?」

「いや、普通ではないし、そのような結論に到るのは精々君ぐらいじゃないか、地球上で」

 そう、こんな馬鹿な発想をするのは地球人の中でただ一人、目の前の少女だけなのだ。そう思うことにした。そう思わないとやっていられない。

 俺が心の中でそんな悲壮な決意を人知れずにしていると、彼女は心底不思議そうな顔を見せた。

「あら、では貴方様は何をしに地球へいらっしゃったのですか? まさか……観光などとはおっしゃりませんよね?」

「――俺、俺は――」

 その質問を受けて、俺はバシャっと、冷や水を浴びせられたような感覚に陥った。

 くだらない悪ふざけでヒートアップしていた頭が急激に冷えていく。

(俺……俺の戦士としての使命は……)

「そうだ、俺は奴らを追って……」

「……奴ら? 奴らとはどなた様のことですか」

 今まで、何故か頭の片隅に追いやられていた使命感が、ふつふつと湧き上がってくる。戦士としての主張を懸けた、大義ある戦いを、俺は戦い抜かねばならないのだ。

「あの……エイリアン様? 私の声、届いていますでしょうか?」

 こんなところで、油を売っている暇など、無いのだ。俺は改めて決意の炎を、胸にともす。

 この星を守る戦士としての決意を。

「む、無視だけはやめてください――! 聴こえていらっしゃるんでしょう!」

「わ、わっ」

 唐突に、足元に温もりを覚える。ひしっと、少女が抱きついてきていたのだ。俺は意識の注意を現実へと戻す。

「やっと、こっちを向いていただけましたね! 人と話す時、他のことを考えるなんて酷いではないですか!」

「……エイリアンだっていうのに、よく平気で触れるな。未知の菌とか、その他モロモロは考慮しないのか」

 抵抗感をまったく感じさせない対応に、俺は舌を巻くしかなかった。それどころか、説教までしてくるとは。つくづくこの少女はと、恐れ入りそうになる。

「今はそんなことを話しているのではありません! 話を逸らそうとするのはやめてください!」

「……」    

 俺は無言で立ち上がると、彼女を傷つけないように気を配りながら、そっと引き剥がす。   

(今、思えば――俺は何故、こんなに呑気に話していたんだろうか……)

 冷静に考えてみると、異星の文化との必要以上の接触は、あまり好ましくはない。だというのに俺は、目の前で未だにわちゃわちゃ説教をしている少女と、自然なまでにコミュニケーションをとってしまった。

 なんと恥ずべきことだろうか、と反省の念が止まらない。

「ん……どうされました? 額に手などついて。悩みごとですか?」

「……いや、何でもない」

 俺は曖昧な相槌を打つと、足に力を入れる。たわめ、たわめ、たわめ続ける。

「いえ、そんなことおっしゃらずに、是非、私に相談してくださいな♪ こうみえて私、そういうことは強いんですよ?」

「あーまぁ、分かるよ、なんとなく。そういうの向いてそうだよな。押しの強いとこなんて特に。でも、俺は遠慮しておくよ。迷うようなことなんてないから」

 溜まりきった力、それが足元に凝縮しているのを感じる。爆発力の塊は、俺を何処かへと連れていくのを今か、今かと待ち望んでいるのだ。生返事をしながら、注意を足元に集中させる。

 

 離別の時は、近い。俺は最後の言葉を送ろうと、彼女の目を見据え……


「で、悩みごとは何でしょうか?」


「さっきからずっと断ってるよなぁ!」

 ――見据えたけれど、口から飛び出たのは最後に送るべき言葉としてはにつかわしくもない、不適切なものとなった。

 ズドン!

 と、やるせなさから放出するタイミングを逸したエネルギーは、地団太によって無様に解放された。それは少女に被害は及ばないように、最小限に。しかしその地団太は、最大限に俺の怒りをを演出してくれた。真に無念、足に溜まったエネルギー。

「ひゃぁっ! 大変怒っていられます⁉ 如何なさったのでしょうか!」

「この期に及んでまだ言うか! 本当に人の話を聴かないなぁ! お前は! 驚嘆に値する程のずうずうしさだよ、オイ!」 

 天然……なところから来るのだろうか。畏怖を超え、畏敬の念すら覚えたくなる程の煽り性能である。むしろ、狙ってやってた方がまだ幾分マシなところだ。

「ええぇっ! それは大変心外です、エイリアン様! 私、先ほどから一言一句逃ささずに、貴方様と会話をしていたつもりです!」

「それこそ心外だわ! あんな体たらくで、会話がまともに続いてるんだと思っているなら、大間違いだ! 少し自分の認識を改めた方が良いぞ……」

「酷い、酷すぎます! 乙女の心を踏みにじりすぎです! いくら貴方様が、想像しがたいほど高度な文明を持った知生命体だとしても! 言って良いことと悪いことがございます! 冷酷すぎるとは思わないんですか! 心が貧しいのですか!」

「うっ、確かに母星は物質的には恵まれていて、精神的に比べると地球人よりかは貧しいかもしれない……」

 目の端に涙を浮かべながら、乙女を強調してくる彼女の迫力に、俺は思わずたじろいでしまう。

「なら……私はしっかりと会話のキャッチボールを行えていたということにな――」

「……ならんから! それとこれとは話が別だから! 少なくともその認識は改めろ!」

 が、俺だってこれ以上押し込まれるわけにはいかない。少々、気圧されてしまったところがあったものの、ここで折れてしまえば何かに負けてしまうような、そんな気がした。

「――いや、何かってなんだよ……。一体に何に負けるんだよ」

「? どうかなさいましたか?」

 思わず相手のペースに乗せられて、ついついセルフツッコミまでかましてしまった自分にほとほと呆れそうになる。せっかく、この少女が放つ独特の雰囲気から離脱を図ろうとしたのに、知らずのウチに負のスパイラルに巻き込まれてしまうとは、戦士としてなんとも情けないことだろうか。自分で自分を思いっきりにブン殴りたくなる、。

「あのあの。どうかなさいました?」

「……まずいなぁ」

「金属生命体でもお食事はなさるんです?」

「……」

「……なさるんで――」

「…………………………どわぁぁぁぁっ! 鬱陶しいわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ひゃわぁぁっ! 本日何度目かのお怒りです⁉」

 もうコイツのペースに付き合ってやる必要もない。ない……はずだ。

 コイツのくだらないペースにズルズル引きずられるぐらいなら、強引に流れを断ち切ってやる。

「もう我慢ならん! 俺はこんなところで意味のない漫才をしている暇はない!」

 まるで子供が癇癪を起したような、締まりのない言葉選びになってしまったのは、この際目をつぶるとしよう。……手をブンブン振り回してしまったのは、やりすぎたかもしれないと思うが。

 とりあえず、だ。突然の奇行についていけず、彼女が目を丸くしているその隙を突き、空を蹴る。一歩、二歩と駆ける。ただし、踏み出された足が地に着くことはない。


 ――駆けるのは宙だ。

 

 次第に、慣れ親しんだ浮遊感がその身に宿っていく。

 重力からの解放、鋼鉄の塊すら浮かす圧倒的なまでの斥力場、高度な技術の結晶。それこそが先進的な科学が編み出した、羽の無い翼。空を駆けるための、最大のファクター。

「――――――ふわぁっ」

 人間で言うところの耳にあたる器官、それはささやかに発された音すら聞き逃さなかった。そう、彼女の静かな感動の声すらも。

 大きな鉄の巨人が、航空力学を無視して、宙を舞う。彼女たちにとっては非現実的であろうそんなおとぎ話みたいな光景、それに思わず心を奪われてしまうのは仕方の無いことだ。――そう思ってしまうのは、流石に思い上がりだろうか?

 まぁ、ともかくだ。転移後、初の装置の起動――地球で言うならば反重力発生装置で合っているだろうか――だったが問題なく作動してくれたようだ。正直、彼女の目の前で不調を起して、無様に丘を転がり落ちてようものなら、大変に情けなくなっていたことだろう。あまつさえ、心配されて駆け寄られでもしたら、自害することも視野に入っていたぐらいだ。

 体は安定した調子で、ぐんぐんと上昇していく。その頃になると、最初の驚愕も薄れてきたのか、我に返ったように悲鳴に近い声を上げた。

「……はっ! 少々見とれていました! エイリアン様! 世界征服の件、まだお話はすんでいませんよ! お待ちください! お待ちくださいませ――――――!」

(待てと言われて、待つヤツがいるか)

 と、地球上の日本では様式美と化した文言を心の中で唱える。彼女はもう豆粒のように小さくなっていた。そんな距離でも、メカニカの聴覚――便宜上ここではそう呼ばせてもらう――は問題なく彼女の声を拾う。

「あぁっ、軽やかなステップでもうあんな高いところへ! 聴こえてますでしょうかー! まだ貴方様のすべき行い――果たすべき使命についての情報のすり合わせがまったく済んでいないんですよ! 主に世界征服の!」

 ぷんすか、という擬音をつけたくなるぐらい悔しそうに、彼女は両こぶしを天に向かって突き上げている。ついでにワケの分からないことを口走りながら。

 いや、本当にワケが分からん。正気か、アイツは。

「もう! 分からず屋! エイリアン様のいけずぅ!」

 『いけず』:意地の悪いさま。にくたらしいさま。また、その人……って誰がいけずだ、誰が。俺か? 俺なのか?

 俺がそう心の中で意味のない自問自答(または、彼女と自分の二者しかこの場にいないのに、誰がいけずかなど一目瞭然にきまっているが現実を直視せずにいるとも言う)していると、そろそろ騒ぎ疲れたのだろうか。先ほどまで鬼神のように怒り狂っていた彼女……鬼神と呼ぶには可愛すぎる程度の反抗だったかもしれな……うおっほっん! ……鬼神のような苛烈さで怒りを露わにしていた彼女だったが、次第に振り上げていた拳を下ろしていった。

 ついに諦めたか。と思ったのも束の間、彼女は両手でメガホンのようなものを形作る。

 先ほどよりも声を遠くへ飛ばそうと努力しているその姿勢に俺は、彼女が今から紡ぐ言葉には、先ほどの意味のない戯言なんかよりもずっと、もっと伝えたい言葉があるんじゃないのかと、そんな勝手な想像を思い浮かべてしまった。

 粛々なお嬢様然とした姿に似つかわしくないほどに、彼女は大きく声を張り上げる。

「せめて――お名前だけでも――教えて――くださいませ――!」

 高度相応に吹く、強い風にかき消されそうになりながらも、耳に届いたその言葉。必死に届けられたその言葉。


 俺は、それには答えない。


 彼女が、俺にどのような感情を持って接していたのかは、正直分かりかねる。が、しかし、たとえ彼女が好感情を持って接していたとしても、悪感情を持って接していたとしても俺は、彼女の言葉に応えることは出来ない。

 いくら距離が近づこうとも、俺と彼女の間には破ることの出来ない壁がある。堅くて、厚くて、見えざる壁が。

 

 故に俺は、答えない。


 俺にはその見えざる壁を破る覚悟もないし、突き破る理由もない……ない、ない、ない。

 ない……が、もしかしたら、コイツとならと思ってしまうのは何故だろうか? この奇妙奇天烈極まりない彼女と気兼ねなく過ごせるような、そんな仲になる覚悟。突き破る覚悟をしても良いと思えてしまう。この別れを渋らせてしまう。それは今、彼女の目の届く先に、まだ自分がいることが現に全てを物語っている――いや、物語っていた。

 彼女の視線を振り切るように、足の回転速度をあげる。鋼鉄の塊は、夏の夜空を切り裂くように駆けていく。耳元でびゅうっと、風が流れていく音が一際大きくなった。

 俺の聴覚を持ってしても、もう彼女の声は聴こえてくることはない。なんだか、胸の内を先ほどまで満たしていたものがすっぽり抜け落ちてしまったような、そんな気がする。

 最後の別れのセリフがドタバタして、締まりのないものとなってしまったところが唯一の心の残りであった。が、まぁ、それも些末なことであろう。

 彼女と顔を会わせる機会も、必要性も存在しなくなった俺にしてみれば、くだらない醜態のことなど忘れてもいいのだ。それこそ、彼女とのファーストコンタクトと共に、記憶の奥底へと。

 遠くまで飛んできたようだ。眼下には先ほどとは打って変わって、下界が視認できないほどの雲が広がっている。切れ間なく続いている雲たちの様はまさに、雲の海と呼ぶに相応しいだろう。

 頭上には打って変わって、墨汁をぶちまけたように真っ黒な空。そして宇宙に近い場所だからか、先ほどまでいた丘と違って、アクセントとして多数の星が煌めいている。

 黒と白、宇宙と空、星海と雲海のその狭間。そこには月の光を照り返す銀色の異物が、ぽつんと浮かぶ。空の色にも、雲の色にも混じれず、混ざらず浮かぶ。


 名前も知らぬ奇特な少女の顔を思い描き、そして忘れ去りながら、ただ独り、浮かんでいる。

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