恋鉄のメカニカ

@UZImattya

 革命の狼煙は上がるのか? 

 ――瞳に映りこんだ一条の光。

 

 暑さも深まり、肌に纏わりつく湿気が、寝苦しさを際立たせる夏の夜の頃、私はふと思い立ち、面を上げた。

 けれども、見上げた空は真っ黒で、それはまる墨汁をぶちまけたようで、星の明かり一つすら見ることは叶わない。

 それも当然のことだった。ここは星を見つけるには明るすぎる。こんな静かで、小さな地方都市であったとしても、文明が作り出した光が彼方よりやってくる旅行者たちを霞ませるのは、いとも容易いことだったのである。

 私としても、さしたる期待を込めて夜空を見上げたわけではなかった。

 

 それは、ここが大した都会ではなかったから。


 ここが他の場所よりも宇宙に近い場所であるから。


 そして、今日の空気がとっても澄んでいたとしたら。


 と、そんな針の穴を通すような淡く、小さな期待のもとに、もしかしたら、いつもと違う景色がみえるかもしれないという馬鹿な想像を思い描いた。ただそれだけのこと。

 見上げた先は真っ暗で、記憶にあるいつもの空と同じ。私の思いは届くことはない。それはまるで、変えようとしても変えることの出来ない世界のあり方そのもの……私はそう確信した。いや、していた。

「ふぅ……」

 そろそろ首が痛くなってきた。やはり、阿呆のように空を見上げていれば負担もかかるものだ。そんな当然のことをぼんやりとした頭で考えながら、伸びを一つ。凝り固まった体をほぐす。

 その後、私は自宅のテラスに視線を戻す――。


 否――戻そうとした。


 瞳に映りこむ一条の光。


 ……駆け出した。自分の目にそれを捉えた瞬間、私はテラスを飛び出した。思わずの行動だった。 

 もどかしく思いながら、私はスニーカーをそこそこに履き、玄関の扉を押し開く。空には、、先ほど私の瞳に焼き付いた光の奔流が変わらずに流れている。

 空を見上げ続けながら、私は走る。何度も転びそうになった、何度もスカートの裾を踏みかけた。でも、私はそんな些細なことも意にも介さずに走り続ける、丘を目指して。

 

 『いつもと違うことが起きる』


 と、そんな確信を胸に秘めて、風を切っていく。

 一歩、また一歩、丘を登る。月の頼りない明かりの中でも、自分が目的地へ近づいている、確かな手ごたえを感じていた。


「っ……はぁっ!」


 特段、運動の得意ではない私。そんな私でも、走って、走って、走り切って……やっとのことで丘の頂上の土を踏んだ。大きく息をつく。

 下界には流れていない涼しげな風が、火照り切った体を冷やしていく。

 空には先ほどとほとんど同じように光点が尾を曳いている。ただ一つ、先ほど違うところをあげるとすれば……心なしか光点が輝きを増しているように感じることだろうか。

「……!」

 私は息を呑んだ。気のせいではない。光は確実に、刻一刻と強くなり、視界を真っ白く染め上げていく。

(いや、これは……?)

 暴力的なまでの白が視界を埋め尽くす。

(むしろ近づいてきて……?)

 そのことに私がようやく気づいた頃には、私は強い光に耐えられず、思わず目を閉じてしまっていた。

 閉ざされた視界。瞼の向こう。未だに白が暴れ狂っている。

 力強く目を閉じて耐えていた私であったが、ふと、確かなまでの存在感を放っていた光が、急に消えうせたのを感じ取る。目を閉じてから数秒、時が経ってのことであった。

 おそるおそる瞼を開ける。

 

 ――眼前には巨人が座している。


「ふぁっ……!」

 私は再び息を呑む。今度は驚きからではなく、純粋な感動からだ。

 片膝を着いた状態で七、八メートル程、立ち上がれば身の丈十メートルは超えそうな巨人。まるで神話の世界から抜け出てきたような彼、または彼女の肌は月明かりに照らされ不思議な輝きを見せていた。

 ……金属だった。巨人の体を構成しているのは、人間のような水とタンパク質などではなく、純粋なまでの金属だった。私は地球上の物質とは思えないその金属の美しさ、そして金属で構成された造形物とは感じられない程の生物感を体現した芸術性、その矛盾した二面から大きく感動を覚えたのだ。

 生命と金属。まったく相容れることのないであろう二つの語。その二つを見事に融合させた『生命を感じられる金属の巨人』。目の前に存在するコレは、まさに金属生命体と呼ぶに相応しいだろう。

 しばし、私はボサっと巨人を見上げていると、顔を俯けていた巨人がゆっくりと顔を上げていく。月明かりに浮かび上がった巨人の顔は二つの目、それと口元を覆うマスク状のパーツのみが確認できるのみで、特に大きな発見はなかった。

 地球上には存在しないような異質な存在にしては、自分の想像を上回るという驚きを得られなかったことに私が落胆を示していると、巨人の双眸が私を捉えたの感じた。

 ここに来て、ようやく自分が人類史上類を見ないファーストコンタクトをしてしまったのだと、そんな実感がふつふつと湧き上がってきた。

 

『いつもと違うことが起きる』


 私が確信していた言葉が今、私の眼前で現実になって存在している。

 これはチャンスなんだ、変えるチャンス。一石を投じることが出来る、天からの贈り物。

 私はこれを無駄にしたくない。絶対、絶対、絶対に。決意はもう既に済ましてある。

 巨人が腕を上げる。何をするつもりなのかは私には分からない。でも、そんなことは関係ない。私がすることに対し、なんら障害となることはない。

 後ろ手を組み、小首を傾げる。ジッと巨人の顔を見つめた。弾む心が抑えきれなくなる。思わず、笑みが零れた。風が吹き、長い髪が風に揺られる。上気した頬を冷していった。

 淡く儚い月明かりに照らされた銀色のオブジェクト。私はソレに一言だけ口にした。

 放課後に男の子を買い物に誘うような――そんな気楽さで。


「『世界征服』、ご一緒にいかがですか?」

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