シュテンビルト
飴おじちゃん
プロローグ
プロローグ
古い型の小型カメラをいじる少年。
写真という物自体はわかるが、カメラの種類や作られた年代は今の少年に到底わかるはずがない。例えこのカメラが百年前に作られたアンティーク物で、今の値段にしたら百万円はした様な高級品だとは夢にも思うまい。
「パパ!このカメラはパパのカメラなの?」
煌びやかな瞳で未知の物をいじくる少年は、このカメラを差し出してきた自分の父親へこう問いかけた。
「確かにそれはパパのカメラだ。でもね、このカメラは元々パパのパパ……つまりお前のおじいちゃんが使っていた物なんだ。」
「おじいちゃんのカメラ?それなら、おじいちゃんはカメラマンだったの?」
「ううん、確かに写真は撮っていたがちょっと違うな」
不思議そうに首をかしげる少年の頭を優しく撫でると、まだ自分の腰元にも届かない様な身長の彼を軽く持ち上げ自分の膝へと座らせる。まるでこれから長い物語を聞かせるような、そんな口調で父親は語った。
「おじいちゃんはね、昔、新聞記者だったんだよ」
この街は相変わらず騒音で溢れている。車の走る音、人の歩く音、ケータイの着信音、紡がれる言葉は多種多様で正直真っすぐ歩こうとするだけでも目が回りそうになる。
だが俺はそんな喧騒へはあえて自ら足を踏み入れる事にしている。よく目を凝らし、人々の一瞬の動きも見逃さずに観察する。そう、人々が驚愕し、関心し、そして後の世に残るようなそんな一瞬を決して見逃してはいけないのだ。
「おい……」
俺は真実を見分ける男。些細な事件やスキャンダルも見逃すことはできないし、そもそも見逃す気もなければバッチリ現場を押さえるしかない。
例えハイジャックされ揺れる飛行機の中、嵐吹きすさぶ大西洋に取り残された船内、崩れるビル、そして燃え盛るコンサートホールの中であっても俺はその一瞬を見逃さない。
「おい…おいジョン!」
そして捉えた一瞬は朝刊の一面を飾る。朝起きて何気なく広げた新聞で多くの人々は驚愕するのだ、自身の目の前で大事件が起きたと錯覚する程鮮明に撮られた「その一瞬」を収めた写真、そして、その記事に書かれた記者の名前を生涯忘れる事はできなくなるだろう。
そう、その偉大な新聞記者の名前は……
「おいジョン! 聞こえているのか、ジョン・コリー!!」
「ふぁい!」
その名はジョン・コリー。この新聞社「ウォッチング」で働く天才記者の名前だ。
「お前…また朝刊の包装サボって居眠りしてただろ。大事な商品にヨダレが付くからやめろと言ってるだろうが!ネタを持ってこれないなら包装作業ぐらいはしっかりこなしてほしいんだがなぁ?」
「えぇー…未だに手作業で包装とかしてるのウチぐらいなんじゃないですか?他の「タイムトラベル」とか「ジャーナルオブジャスト」とか有名なとこはみーんな機械で包装してますって!ね、ウチもそろそろ時代に乗って自動化しませんか社長?」
今俺の目の前で腕を組みながら真っ赤な顔で眉をひそめる大柄な男性、この明らかに怖そうで怖い人は、ここ「ウォッチング」の社長である。
いつも何かにイライラしているが、伸びる売り上げを見る時だけは顔がゆるむ。
「ウチにそんな金があるかバカ!最近例の小説のおかげで多少売り上げが伸びてきたといっても無駄な物に割ける金はないんだよ!それにお前だって給料もらう分しっかり働いてもらわなきゃ、なぁ?」
ハッキリ言って俺はこの男が苦手である、いつも態度がデカいし、何より売り上げの事しか考えていない。いやそれは経営者として至極全うな考え方ではあるのだろうが……口を開けば「暇があるならその時間で売り上げを伸ばせ」とそればかりである。
「大体お前はいつもいつもネタを撮るのが遅いんだよ、他の記者どもだって同じネタで同じ様に写真を撮れるのに、なんでお前は全く違う場所ばかり撮って帰ってくるんだ?爆発事故では吹き飛んだ跡地ではなくて現場に群がる人を撮ってくるし、ハイジャック事件では助け出された人々や犯人拘束の瞬間ではなくその後封鎖される飛行機を撮ってきたり…極めつけには常日頃から持ってくるネタは強盗事件でもなく有名人のゴシップでもない、ご近所のちょっとした騒動ときたもんんだ」
「うっ、それは…そのですね、決定的瞬間を撮ろうとするとついつい自分にしか撮れない瞬間を探したくなってしまって…それにご近所事件簿のコーナこの近辺の人に地味な人気なんですよ?」
「それで特ダネ逃したら意味ないだろ!このウスノロ!」
「ひいっ!申し訳ありません社長!」
社長が床に向け思いっきり足を踏み下ろすと部屋全体が揺れ動き、周りの机へ丁重に積み上げられた未包装の新聞達が俺目がけてなだれ込んでくる。目が点になった俺はその場から動くこともできず、成す術もないままに灰色のなだれに巻き込まれていった。
「うげ……」
あーあ、またイチから積み直しだよ……と新聞紙の海の中で溜息をつく俺とは裏腹に、当の社長はというと何かいいことを思いついたといった顔をしている。
「そうだ…おいジョン、包装以外の仕事が1つあったぞ。」
こういう時の仕事とは、大抵ロクでもないものだ。嫌な予感が俺の頭を駆け巡る。
「流石のノロマなお前だってウチの新聞のトレンドは知ってるよな?」
「え?えーっと…昨日起こった市長さんの家のピクルス盗難事件?」
「違う!連続小説!ウチの新聞で連載してる連続小説だよ!」
ウチの新聞社では最近話題になっている連続小説がある。「シュテンビルト」という題名で連載するファンタジー小説なのだが、主人公である少女の綴る日記を辿るといった内容で進展する物語。その中には魔女や吸血鬼、更にはゴーストや悪魔など多種多様な怪物が登場するのだが、そんな彼らに主人公が受け入れられていく様子を描いている。どんな困難にも立ち向かう主人公の勇敢な姿や、恐ろしくも愉快な怪物たちが面白いと今巷でそれなりに大きな支持を得ているウォッチングきっての人気小説だ。
「あぁ、「シュテンビルト」の事ですか!あれ人気ですよね、俺も結構好きですあの小説」
「そうだ、その小説。アレが次で最終話なのも知ってるよな?」
「そういえば来週の連載で最終話なんですっけ…ちょっと寂しいですが、最後がどうなるか俺も気になってます」
シュテンビルトは今年で連載三年目、入社1年目の俺よりも先輩である。だが物語も佳境を迎え、ついに次回で最終回。連載終了を惜しむファンの声も多数届いており、またラストの内容を予測しようと本社内では秘かに賭けが行われていたりする。
「そうだろ?まあ俺はああいった話はあまり好かないのでよく内容は知らんのだがな。だが問題はそこじゃない、その小説の最終原稿がまだ届いていないんだよ。」
「えぇっ!?…って驚いてはみましたが、最終締め切りって四日後じゃないんですか?印刷担当もそこまで焦ってないですし。」
「そうだ、締め切りは四日後。だがいつもならその締め切りの一週間前には原稿が届いてるんだよ」
「えーっとつまり…普段なら今日届いてなければおかしい、と?」
「そうだ」
一瞬の無言、そこで何かを悟る俺、ニヤリと笑う社長。
「お前には、その原稿を作家先生のお宅まで取りに行ってもらう」
俺の口からは、肯定の言葉と共にため息が漏れだしていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます