古典宇宙人の侵略

阿部 梅吉

古典宇宙人の侵略

 宇宙人が攻めて来た。それ自体はまあ想定内というか、宇宙人がいることとか宇宙人が地球に攻めて来たこと自体はそんなに(まだ比較的)驚くことではない。驚くべきことは、彼らが僕たちの文化に僕たち以上に詳しいことだった。詳しいという言葉では物足りない。熱狂的と言えるだろう。


 ある宇宙人はシェイクスピアの素晴らしさを語った。

「シェイクスピアはどこにいる?」と彼は言った。不思議な外見だった。身長170センチほど。人間の成人男性とほぼ変わらない外見だったが、どことなく何人なのかわからないような雰囲気だった。髪は白く、服さえも全身白かった。目は茶色だが、外側は黄色っぽく、内側は黒っぽい。

「それに馬は?あなた方は馬というもので移動するのでしょう?」と彼は言った。

「馬には乗りません」と僕は言った。一瞬だが、僕の言葉で宇宙人は眉をひそめた。

「それに残念ながらシェイクスピアはこの世にいません」

「ではどこに?」

「さあ、死んでしまいました」

「なるほど」

「はい」

「どんな最期だったのでしょうね?ロミオとジョリエットみたいな?リア王やハムレットのような?薬か蛇か剣か……」

「そんなに面白いものではないと思いますよ」と僕は言った。

「ふうん」と宇宙人は残念そうに言った。

「ミス・ムラサキは?」

「紫式部のこと?」僕はなけなしの頭を必死に回転させた。

「そうだ。彼女ほど美しい恋愛物語を書ける人物はいない」

「彼女もいないよ」

「なぜ?」

「だいぶ前に死んだんだ」

「どれくらい前?」

「何百年も前さ」

「それは昔のことなのかい?」

「まあね。僕たちの寿命ってせいぜい80年くらいだから」

「そうか」

と、彼は頷き、それから黙ってしまった。無理もない。彼の気持ちは分からなくもなかった。はるばる12時間かけてヨーロッパまで来たのにお目当ての美術館が休館だった。そんな気分なのだろう。

「ローリングなら生ているよ。サインでももらってきたら?」

「彼女はどこにいる?」

「イギリスかな。少なくともここじゃないよ」

「最後に一つ質問がある」と彼はいい、僕の額に体温計のようなものを押し当てた。おそらく向こうの世界でのピストルか何かだろう。

「何なりと」

「カラマーゾフの兄弟の一番上の兄の名前を忘れたんだが、なんだったかな?」

「ドミートリイ。ミーチャだよ。ロシア文学は名前が二つある」

「そうだった」と言って彼は体温計を僕の額から離した。

「忘れていたよ。全くロシア文学の名前は難しいね、ありがとう」

「日本文学はどう?」

「どうもこうも、僕は雪とか桜を見てみたいね」

「きっと見れるさ」と僕は言った。

「もう直ぐ春だもの」

「待てば見れるのか?」

「見れるさ」

そう言って我々は別れた。


 あの時僕が助かったのは本当に単なる偶然でしかない。他の質問が来たら僕は真っ先に殺されていたのかもしれない。血で赤くなった地面には、かつて質問に答えられなかった人々の死骸が横たわっている。


 今日もどこかで、彼は大好きな世界の古典文学について誰かに尋ねているのだろう。僕は尋ねられた人が須らく彼を満足させていることを願う。


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