第60話 遊びに、来たっ
「おーい、アルムー。来たぞー」
キッチンで今日の準備をしていると、ザントの声が聞こえた。昨日も同じように呼び出された気がするけど、田舎の村ではこの方法が一番確実で呼び鈴なんて付いている家なんて殆どない。
「はーい、入ってきていいよー」
今日は、昨日一日遊び倒しても満足出来なかったみんなと一緒に、昨日採取した果物を保存が効くように加工する約束をしたのだ。
所謂保存食作りである。
「じゃまするぜー」
ザントを先頭に、それぞれ挨拶しながら入って来る。
場所は我が家を提供した。他の人の家では仕事関係の人も出入りするので、家に誰も居ない僕の家が選ばれた。
その変わり皆の手には、各々荷物が入った鞄を持っていて、昨日のフルーツに加えて、其々持ち寄った果物や野菜もついでに保存食にするつもりで、色々持ってきてもらっている。
因みに、コーニャさんも昨日に引き続き参加してもらっている。村を出る訳では無いので、監視は必要ないのだが、今日の作業はコーニャさんの得意分野なので、是非昨日のポンコツブリを挽回してもらいたい。
「アルム君、今日はよろしくお願いします。」
「うん、よろしくね。コーニャさんの本気見せてもらうね」
家事全般で万能と言われるコーニャさんは、調理技術も卓越してると聞いたことが有る。だから、彼女の本領を発揮できる今日の作業には期待している。
「あら、準備万端ね。それじゃ早速始めましょうか」
皆を家に招き入れると、それ程広くない家は途端に窮屈に感じる。
昨日採取した棗やザクロも今日のことが有ったので、殆どが僕の家に置いてあるから余計にそう感じるのかもしれない。
だから、早々にキッチンに案内したので、既に準備が整っているのに気付いたらしい。
「あ、ちょっと待ってね。今日はもう一人ゲストを呼んでいるから。もう直ぐ来ると思うんだけど……」
「あら、誰か呼んだの?」
「うん、今朝方偶然会ってね。暇だって聞いたからどうせなら「ごめんくださーい」——来たみたいだね。ちょっと待ってて」
実は、昨日大量に採れた物を、全部保存食にするのも大変なので、ある程度周囲の人にお裾分けしていた。
そこで偶然会ったので誘った人が居るのだ。
「いらっしゃい。待ってたよセフィーさん」
「はい、本日はお邪魔させて頂きますね、アルム君」
その偶然出会ったのは、最近この村に派遣されてきたエルフのセフィーさんだ。
冬ごもりの準備を済ませたと言ってもそれは最低限の物なので、今回の収穫物をお裾分けしようとしたのだけど、遠慮して受け取れないと言うので、労働力を提供してもらう対価に渡す事にした。
だから、今日はセフィーさんをお手伝いさんとして呼んだのだ。
「あっ、セフィーちゃんだっ」
家に入って来たセフィーさんを最初に見つけたのはミミであった。
ミミの家で昼食を御馳走になったお陰か、彼女達の距離感は近くて仲良く話すようになった。
「ミミちゃんこんにちは、今日はよろしくお願いしますね」
「うんっ、ウチと一緒にやろ~」
セフィーさんに駆け寄ったミミは、飛びつくように抱き着いた。軽いミミでも勢いつけて飛びつけば、流石にセフィーさんもよろめいたが、何とか持ちこたえて抱き留めた。
「おっ、おいっ、アルムあの美人だれだよ!?」
「セフィーさんのこと? 姉さんの治療院に新しく派遣された人だよ」
ザントとトムは、セフィーさんと会った事が無かったので、本人の美しさもあって興奮気味だ。トムは間が悪くて会えなかっただけだが、ザントの処の直接買い付ける事が無いのでこれが初顔合わせとなった。
「あ、お父さんが言ってた美人な人って彼女の事ですか」
「あー、確かにトムの家に行った時、トムはお使いで居なかったね」
あの時は間が悪くてトムは不在だった。あれから何度か足りない物を買い足しに行っているらしいけど、一度も会わなかったようだ。
「おっ、俺挨拶してくる」
「ぼ、ぼくもっ」
どこか顔を赤くした二人が、ミミが抱き着いているセフィーさんに突撃していった。
「セフィーさんを呼んだのね。治療院の方はいいの?」
「あ、カレンはセフィーさんの事知ってたんだ。今日は治療院休みだって」
カレンには接点となる様な事は無かったと思うけど、確り縁を結んでいたらしい。
「ええ、セフィーさんが父様に挨拶に来た時に会ったのよ」
そう言えばセフィーさんは領主家に挨拶に行ったと言っていた気がする。どうやらその時に顔を合わせたようだ。
確かにこの村を管理する領主家と、新しく派遣されたセフィーさんに接点があるのはおかしくない。
「お、俺ザントって言います。漁師の息子ですっ」
「ぼ、ぼくはトムです。商店の息子です。以前うちに来ていただいたと聞きました。まだ不足した物が有れば何なりとお申し付けください」
「は、はい、あたしはセフィーと申します。よ、よろしくお願いします」
がっつく二人に、完全に引いている様にしか見えないセフィーさんだけど、二人はそれに気付いた様子はない。
二人の熱意に、女性陣の視線が突き刺さっているのだが、それにも気が付かないくらいセフィーさんの美貌に夢中らしい。分からなくもないけど後が怖そうだ。
「彼女が噂の治癒師さんですか。噂通り本当にお美しい方なんですね」
「へー、どんな噂になってるんですか?」
セフィーさんを村の人に認知してもらう為に、色々と連れて歩いたので話題に上がるのは分かるけど、どんな噂が流れているかは知らない。
彼女みたいな美人が突然村に来たら、気になってしまう人は多いだろう。特に、この村は男女比が男性側に寄っているから、美人のセフィーさんを見て年頃の男性が気にならない訳が無い。
「美人で優しく、それでいて気さくで笑顔が可愛いと話題ですね。それに、この村ではエルフの方は珍しいですから余計に話題になります」
「確かにセフィーさんは一緒に居て面白い人だね」
「それに、近くに居るのがアリスさんですから余計にそう見えるのかもしれません」
「姉さん? 姉さんも美人で優しいし、気さくで笑顔が可愛いよ」
「……それはアルムにだけだと思うわよ」
そうだろうか? 確かに起こっている時の姉さんは怖いけど、それ以外の時は優しいしセフィーさんに負けず劣らない美人だと思うけどな。
多少好き嫌いする人だけど、基本的にこの村の人には優しいはずだ。
「ああ、うん。あんたらしいわ。それより早く始めない?」
「それもそうだね。——みんなお喋りもここまでにして始めよっか」
何時までも話をしていては作業が全く進まない。
お喋りなら手を動かしていてもできるから、取り敢えず作業を始めないとね。
「あ、アルム君その前にこれを渡しておきますね」
「ん? なにこれ?」
「あたしの実家から送られて来たドライフルーツです。沢山送って貰ったので、今日皆さんと分けようと思いまして持ってきました」
セフィーさんから受け取った瓶の中には、淡く仄かに黄色いスライスされた果物だった。
仄かに甘い匂いがして、今までに嗅いだ事の無い不思議な香りがする。
「あら、いい香りね。今日作るドライフルーツの瓶詰に入れたら良いんじゃない?」
「ああ、そうだね。種類が増えると楽しいしね」
セフィーさんに渡すつもりが、逆に頂いてしまった。彼女の冬ごもりの充実を図ったのに、僕たちの冬の食糧が豊かになってしまった。
貰ってばかりいられないので、今日の報酬は奮発しないといけないね。
幸い今日は人数が居るから、色々な種類の保存食が作れるから、それを沢山持って帰って貰ってお礼としよう。
「よーし、それじゃあ始めよっか」
昨日に引き続き、皆で料理だ。
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