第58話 森の採取

「うおっ、本当に棗が大量に実ってるぞっ」

「これは取り放題ね」


 食休みを終え、必要な荷物だけ持って棗の採取に出発した。

 今度はコーニャさんも同行するので、あまりは目を外す事は出来ないけど、棗の採取だけならそれほど問題にもならないだろう。


「これだけ大量にあるなら、先に別の所もしらべてみませんか? もしかしたら他にも食べられる物が有るかもしれません」

「うん、それが良いかも。大量の棗を持って移動するのはしんどいしね」


 棗の採取だけなら、それ程時間は掛からない。だったら、先に探索する方が、荷物を軽くできるし、広い範囲を調べられる。


「それが良いわね。まずは探検しましょ。コーニャ付いて来られる?」

「だ、大丈夫です。これ位問題ありません」


 余裕の無い顔で、真逆の事を云うコーニャさんだけど、少し山の中を移動しただけでへばるとは、流石運動能力に定評が無いだけある。それでも付いて来られない程じゃないので、頑張ってもらうしかない。


「よっしゃっ、それじゃあ出発だっ」


 ザントが先頭に立って、更に小川から離れる様に移動する。

 特に目的地が有るわけでも無いので、周囲の植生を観察しながらの移動だけど、この辺りは穏やかで歩いていて気持ちがいい。


 この森は広いだけあってその植生は多岐に渡り、様々な植物が自生している。

 基本的に背丈の大きい木々が多く、歩くのに邪魔になる植物が少ないので、人の手が入っていない森にしては歩きやすい。

 所々で薬草になる物も見つかるので、なんとも実のある散策となる。食べられる果物だけでなく、人にとって有用な植物が所狭しと生い茂る珍しい森だ。


「あっ、この花の蜜って美味しいんだぜっ。アタイの家が管理している森にもあるんだ」

「本当ね。口の中に甘みが広がるわ」

「甘~い、もっと欲しい!」


 そして、森の管理をする一家の娘だけあって、エリザの知識は僕を凌ぐ。これまで知らなかった知識が増えていくので、今後の森での活動に活かせる実に為になる時間だ。

 エリザのこういった姿は中々に新鮮で、友達の知らなかった一面が見れたのも嬉しい。言葉遣いこそ荒いけど、細やかな配慮ができる彼女が説明してくれると、何時もの探索とは違った目線で森を見る事が出来るから、森に詳しくない人でも楽しめる。

 その証拠に、エリザの説明を聞いてコーニャさんが感心したように頷いている。


「おっ、これムベだぜっ。アタイ食べた事有るよ」


 こうして暫く森の中を探索していると、エリザが一番に食べられる果物を発見した。

 ムベとは、皮の中に無数の種の周囲に付いている果肉が甘く優しい果物だ。この辺境にあるオーチャード村にはアケビと呼ばれるムベに似たような果物が作られているが、自然の中で見つかる物はムベが殆どだ。

 その植生はブドウに似ていて、蔓の様に周辺の木を支えにして伸び、丸い実を付ける。一つの苗から、広い範囲に広がっていくので、それなりの数確保できるから有難い。


「おっ、美味そうだな。食べてみようぜっ」


 真っ先にザントがムベに駆け寄ると、薄紫に色んだ実をナイフで切り取り、その柔らかい実を割る。


「あっ、気を付けてね。周りの皮は厚いし、口に入るとザラザラして気持ち悪いから」

「うぇ、ぺっぺっ。——そういった事は早く言ってくれよ。口の中が砂噛んだみたいにジャリジャリする」


 ザントは此方の言葉を聞く前に齧り付き、盛大に皮も口に入れてしまったようだ。


「ザントは欲張りだからなっ。これはこうやって縦に割って、剥くように果肉と種を外すんだよ」


 ムベを食べた事有るエリザは、器用に食べられる処だけ剥がして綺麗に果肉を取り出す。ムベの果肉は凄く柔らかく、優しく持たないと簡単に潰れてしまうので、綺麗に剥がすのはなかなかに難しい。エリザはこういった作業も得意みたいだ。


「あっ、甘っ~い。ちゅるちゅるする~」

「本当ね。種は多いけど、優しい甘さが美味しいわね」

「正に自然の恵みですね。森の中にも結構食べられる物が有るのですね」


 エリザが剥いてくれたムベを切り分けて食べてみると、トロッとした果肉が舌に纏わりつく。少し強く吸うだけで、種から果肉が剥がれて、簡単に食べられる。

 残った種は周辺に吹き出せば、どれか一つくらい新しい芽をだすだろう。


「ああ、疲れた体に甘い物が身に沁みますね」


 疲労感を募らせていたコーニャさんも、自然の甘味に舌鼓を打つ。やはり女性には甘い物の受けがいい。


「これも結構実ってるから、幾つか採っていこうか」

「いいわね。棗に続いて二種類目発見ね」


 この季節、森の中は自然の食糧庫になる。

 色々な美味しい食べ物を提供してくれる。手間暇かけずにこれだけ美味しい物を提供してくれる森は、僕たちの生活を豊かにしてくれる大切なパートナーだ。


「そうだね。この調子で三種類目も……みつけた」


 ムベを採取しようと顔を上げた視線の先に、鮮やかな赤色をした木の実を発見した。


「どこ、どこ? あっ、ザクロだっ。アル君良く見つけたね!」


 偶然頭を上げた時に視界に入っただけだが、これは運が良い。

 ザクロもムベと同じように種が大量にある果物だが、この果物は女性に人気で、結構な額で取引されている。


「よくやったわアルム! さっさと採りに行くわよ」


 そして、このザクロで作ったシロップはカレンの大好物でもある。特に、ザクロシロップで作るケーキが好きだ。

 一度、このザクロシロップを使ったカレンのケーキを、ケント兄ちゃんが間違えて食べた時など、徹底的なお仕置きがされて村中を震撼させた。

 ムベも一通り採取し終わったので、カレンの先導でザクロの木を目指す。こういった大量の種を蓄える果実を実らせる木は、一本見つけたらその周辺にも芽を出す事が多いので運が良ければかなりの量採取する事が出来る。

 ザクロシロップを作るには大量のザクロが必要になるので、できれば数を揃えたい処だ。


「ちょ、ちょっと早いです。も、もう少しゆっくり……」


 後方で、若干一名遅れている人が居るけど、今のカレンは止まらない。自分の好物を目の前に吊るされたら止まらないのだ。


「おっ、結構実ってるな」

「最高ね! 全部採るわよっ」


 カレンが無茶苦茶な事を言うが、全部とらなくても結構な数は揃いそうだ。ザクロシロップを作るには十分な量採取できるだろう。


「カレンは本当にザクロ好きだよな。アタイはあの酸っぱさが苦手だぜっ」

「エリザは好き嫌いが多いわよ。ザクロはお肌にいいのよ」

「アタイらが肌を考える歳か? それより甘い果物や肉の方が好きだな~」


 カレンは割かし健康志向なのに対して、エリザは結構偏食で自分の好きな物しか食べない。これが理由で二人がよく言い争いをしているけど、二人の好きな物が被っていないので比較的平和だ。


「なー、そろそろ戻らねーか? これ以上は運ぶの難しいぜ?」


 カレンの指揮の下、僕たちは効率よくザクロを採取した結果、周辺に実る物は殆ど取りつくした。

 残っているのは、まだ青くて食べるには早い物だけで、これだけでもカレンのザクロへの執着が窺える。


「……そう、仕方ないわね。そろそろ戻りましょうか」


 ハードな収穫作業を終わらせるカレンの宣言に、各々地面にへたり込む。


「終わったー。ウチ疲れたよー」

「あ゛~、本当にな。カレンの執着にも困ったもんだぜっ。ほらっ、男共キリキリ運べよ」


 採取したザクロは、大きな麻袋にして三袋をフルに満たした。この辺り一帯がザクロの群生地だったのも、これだけ採れた要因だが、それ以上にカレンの執念が有るからこそ成せる技だと思う。


「ふふふ、楽しいわね。来年も又来ましょう」


 ご機嫌なカレンは、なんとも気の早い予定を立てるのであった。



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