第57話 食休み

「あ゛~、食った食った。どれも旨かったな」


 エリザは、女子力の欠片も感じないおっさん臭い声を出してお腹を擦っている。食べ過ぎてしまったようで、そのまま後ろにゴロリと転がった。

 他のメンバーも似たような物で、大なり小なり苦しそうにしている。


「だねー、どれも美味しかったよー」

「魚も美味いけど、やっぱ肉も美味いよな」

「ぼくはこのスープが好きですね。持ち寄った材料だけで作ったとは思えません」

「なんだか何時もより美味しく感じたわ。出来立ての天婦羅って最高ね」


 野営には慣れているけど、やっぱりみんなと一緒に食べるとまた違う。


「この棗も美味しいわね。こんなに沢山何処で採って来たのよ?」


 カレンは一番食べていたように見えたけど、食後の棗も平然と食べ続けている。

 山の様に採取した棗も、既に彼女の胃袋に半分は消えていて、それでも手が止まる気配はない。どうやら彼女も棗の無限に食べられる魔力に取り憑かれてしまったようだ。


「ああ、それはこの先の竹藪を抜けた先に沢山あったよ。食後は、秋の味覚を探すのもいいかも」

「それは良いわね。誰が一番採れるか勝負しましょ!」


 なんでもかんでも勝負事に持ち込むカレンの癖がここでも出た。

 まあ、競う事で沢山収穫できれば、その分沢山持ち帰れるから悪い事ばかりじゃない。


「ちょ、ちょっと待った。直ぐにはうごけねぇ、少し食休みをしてからにしよーぜ」


 横になって転がっているエリザが、無気力に告げる。

 確かに食べたばかりで動くのは身体に良くない。特に食べ過ぎた後は十分な休息が欲しくなる。

 親が死んでも食休みなんて言葉があるくらいだから、食事の後に動くのは身体に良くないのだろう。


「だなー、俺もちょっと苦しい」

「ウチもー」

「ぼくもです。久しぶりに食べ過ぎました」


 エリザの意見に、賛成するかのように皆その場で横になり始めた。川原の丸い石が転がる地面では、良い寝心地とは言えないけど、重たくなったお腹を休ませるには十分らしい。

 僕も結構食べたので、皆に倣って横になってみる。

 丸い石は突き刺さったりしないから痛くはないけど、凸凹し地形で出来るだけ寝心地の良いポジションを探る為に、身体をモゾモゾ動かしてベストポジションを探る。

 これが意外と難しく、できるだけ平らで、極端に大きな石が無い場所を探すのは結構難しい。


「うっ……背中に当たる絶妙な出っ張りが気持ち良い」


 最初に寝転がったエリザが、丁度良い場所を見つけたらしく。気持ちよさそうに目を瞑り、背中を地面の凹凸に押し付けている。


「お肉に揚げ物、ジャガバターと油物が多かったので胃がもたれたのかもしれませんね。——はい、消化を助けるお茶です。どうぞ」

「ありがとう。——ふぅ、癖がなくて美味しいですね」


 コーニャさんが食後のお茶に淹れてくれたのは、癖がなくて飲みやすく、張り詰めた胃袋を優しく落ち着けてくれる。

 確かにちょっと油物ばかりの食事になってしまったから、このお茶の優しさが嬉しい。


「あら? これは紅茶とはまた違うのね」

「はい、外の商人から仕入れたアプール茶と呼ばれる物です。脂っこい物を食べた時など、消化を助けて胃もたれを防ぐと言う事で、旦那様がご愛飲されていますよ」

「へー、紅茶とは違うけど、これも美味しいわね」


 暖かいお茶を飲むと、不思議と先程まで苦しかった胃袋が楽になり、逆にお腹に余裕ができて小腹が空いた気さえする。

 丁度手ごろに食べられる棗が目の前にあるので、それを一つ口に放り入れて口の中で転がす。

 すると、棗の仄かな香りと味が口の中に広がる。

 優しいお茶が口の中の余分な物を洗い流してくれたからこそ、細かな味も感じられる。

 それを、種まで噛まないように優しく噛んで、剥がしとるように果実だけを咀嚼する。すると、いっきに口の中に棗の味が広がり、鼻孔を擽る。

 この時、上手に種から果実を剥がせると、ちょっと嬉しい。

 そして、果実を食べた後も種の周りに付いた果肉を舐める様に味わうと、結構長く楽しめる。ただ、この時長時間舐めると渋みを感じるので、そこは注意が必要だ。

 しかし、食べ終わってしまえばこの種が邪魔になる。

 そこそこ大きな種なので、自分が座っている周囲に捨てるのは少し憚られる。

 どこか種を捨てるのに丁度良い場所が無いか辺りを見渡してみると、少し先に川が流れてるのをみて、大きく息を吸って狙いを定める。


「スー……ぷっ」


 僕の口から射出された棗の種は、緩やかな放物線を描いてタイミングよく流れてきた流木に直撃し、軽い音を立てて小川に波紋を作り出した。


「あら? 面白そうな事してるわね。アタシならアルムより遠くまで飛ばせるわよ」


 カレンが目ざとく僕のスナイピングを見つけて、それを真似するかのように棗を一つ口に放り込むと、大きな射出音と共に種の弾丸は僕の着弾地点よりも数メートル先に届いた。

 ただ、沢山棗を食べたカレンは、唾液が沢山分泌されているみたいで、唾も一緒に吹き飛ばしていた。汚い。


「カ、カレン様。そのようなはしたない事をしてはいけません」

「いいじゃない。ここには他に人目は無いのよ」

「そういう事ではありません!」

「いいじゃない。涎を垂らして寝顔を晒すより、よっぽどマシよ」

「うっ」


 その行為に、マナーに煩いコーニャさんが咎めるが、今日の一連の出来事を考えると、どう足掻いても強くは出られない。流石にメイドとして相応しくない姿を見せすぎた。


「アタシの口が堅くなるも軽くなるも、貴方の行動しだいよ?」

「……今日だけですからね」


 それを話題に出されては、流石にコーニャさんも強くは出られないらしい。まあ、ここには滅多に人が立ち入らないので、この場だけであれば大丈夫だろう。僕たちはカレンの素を知っているしね。


「なんだ? なんだ? 面白そうな事してるな、俺も混ぜろよ」

「ウチもやるー」

「少しはしたないですが、ぼくも参戦しましょう」

「アタイはパス、もう食べられねぇ」


 エリザは限界以上に食べたようで、本当に限界みたいだ。でも、その気持ちも分からなくもない。今日の昼食は本当に美味しかったからね。


「いいわね。それじゃ誰が一番遠くまで飛ばせるか競争よ」


 カレンの号令の後、各々厳選した棗を口に放り込む。この時、自分の口に合った種を引き当てられるかが勝負の結果を左右する。大きすぎず、小さすぎず、程よいサイズを引き当てられれば、種に無駄なく力を伝える事が出来る。


「「「「ぷっ」」」」

「ぺっ」


 四つの弾丸は、軽い放物線を描いて小川に着水する。

 それぞれ差はあるけど、どれも結構な距離飛んで波紋を作ったのに引き換え、一つだけ小川に届くことなく川原の石に当たって固い物を弾くような音と共に地面に落ちた。


「うぅー、ウチだけ上手くできないー」


 ミミの肺活量では、種を遠くに飛ばすほどの勢いを生む事が出来ず、小川の手前に落ちてしまった。

 みんなより一つ若く身体も小さいから、どうしてもこういった勝負では一歩劣る。こればかりはどうしようもない。勝負として成り立たせるには聊か不十分だ。


「この勝負は駄目だな。……てか、大きく息を吸ったら、さっきの苦しいのが戻って来た」

「ぼくもです。やはり大人しく休みましょう」


 腹が一杯の所に、おもいっきり息を吸った事でお腹が刺激されて、先程の苦しさが戻って来たみたいだ。


「エリザみたいに昼寝をするのが正解かもね。大人しく身体を休めよっか」

「……仕方ないわね。コーニャ、お茶のお替りを頂戴」

「畏まりました」


 カレンも此処で無理をしては、この後遊ぶのに支障が出ると考えたのか、大人しく引き下がった。

 みんな食べ過ぎには注意しようね。



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