第55話 大自然の食材達
「あっ、コーニャさんまだ寝てたんだ。ま、いっか」
棗を採取して上陸地点に戻ってくると、コーニャさんが先程と同じように即席ソファーの上で寝ていた。
ここに到着した時と違って、顔色はよくなり、健やかな寝顔を晒している。
酔いが治れば、帰りの舟も大丈夫だろう。
「そうだっ。カボチャを見に行くか」
棗を置いて、タケノコを流されないような浅瀬に浸す。それから先程カボチャを仕掛けた場所に向かって、その釣果を確認してみる。
川底に沈めてあるカボチャを上から眺めると、カボチャの中には幾つもの影が蠢いているのがわかった。
これを見てしまうと、思わず気持ちが早やって、急いで仕掛けを引き上げたい気持ちになるけど、ここは一度心を落ち着けてゆっくり水に入って穴を掌で塞ぎ、水を吸って柔らかくなったカボチャが崩れないように慎重に川から引き出した。
「うわっ、気持ち悪っ。取れすぎでしょっ」
底の穴から徐々に水か抜けてゆき、中には取れた獲物が跳ねるのを感じて、少し覗いてみると、カボチャのくり貫かれた底が見えない程の小魚で埋め尽くされていた。
釣果でいえば大成功と言えるのだが、余りにも取れすげてちょっと不気味だ。
「ま、まあ、沢山取れたのはいい事か」
幸いここには現在、食べ盛りな子供が六人もいるから丁度よかった。これなら竹を編んで丈夫な仕掛けを作るのもありだな。
「よし、準備しますか」
カボチャ仕掛けは一旦置いておいて、調理の準備を始める。
今日の調理には、焼き、蒸、揚げとあるから、大きな窯を作らないといけない。
こういった時は、石で三方を囲んで、鉄の棒を横に通してあげれば簡単コンロの出来上がり。
後は火おこしをして湯を沸かす鍋と油を熱する鍋、その間に先程取れた魚の確認だ。
「おお、これはハヤか。唐揚げが美味しいんだよね」
取れた魚——ハヤを桶に移すと元気に跳ねまわり、生きの良さが伺える。これなら味にも期待できる。
「あれ?」
元気なハヤを観察していると、その中に一匹だけ異質な存在がいた。
半透明の身体をして、固い体表面。そして長い触覚に負けない異様に長い手があり、その先にはハサミがついている。
「おお、本当にテナガエビが取れた! これで一応面目が保てるかな?」
流石に0匹では格好がつかないと思って、後でその辺りの石をひっくり返して数匹確保しようかと考えていたけど、これなら無理に探す必要は無さそうだ。
こいつもハヤと一緒に唐揚げにしよう。
「あっ、アル君居たー。みんなー、アル君居たよー」
「ん?」
ある程度食材の下拵えが終わった処で、皆戻って来たらしい。
沢はここからでも見えるのに、みんな何処まで奥に入って行ってたのだろう?
「ちょっとっ、何で先に戻ってるのよ」
「え? 沢山取れたから持てなくなって、戻って来たんだよ」
もうポケットにすら入らず、シャツで抱えるほど運んできたから、あれ以上取るのは無理だった。
僕は今日の戦価を皆に披露する。
山に実った棗に、桶に敷き詰められたハヤ、そしてさっき引き揚げてきた瑞々しいタケノコだ。
「……ちょっと、探すのはサワガニかテナガエビじゃなかったの?」
「え? 僕は『食べられそうな食材を探すのはどうか』って提案しただけで、食材を指定したつもりはないよ?」
カレンが例としてサワガニやテナガエビを出したけど、他の食材が駄目だなんて聞いてない。
僕はちょっとした悪戯が成功したので、思わず顔がにやけてしまう。
こちらの思惑に気が付いたのか、カレンは睨みつけて来る。
他のメンバーも苦笑いだけど、追加の食材があるのは嬉しいのか、視線がそちらに引き寄せられている。
「……でも勝負はサワガニかテナガエビだからアルムの負けよ」
「そっかー、それはしょうがないね。それで、どれだけ取れたの?」
「へへっ、全部合わせて42匹だぜ。当然俺が一番多く捕ったけどなっ」
にやけた笑みのザントが見せてくれた麻袋の中には、サワガニはワラワラいてちょっとしたホラーになっていた。これと同じ感覚を先程味わった気がする。
因みに、捕まえた内訳は、カレン9、ミミ7、エリザ8、ザント12、トム6で、ザントがトップを飾ったらしい。だから先程からニコニコご機嫌だったわけだ。
「あれ? テナガエビは無し?」
「あー、探したけど見つからなかったわ」
「そっかー、じゃあテナガエビは一匹だけだね」
テナガエビはサワガニに比べて、ある程度深い所に居るから見つけにくいらしい。僕も偶然仕掛けの中に入っていなかったら捕れなかっただろう。
「ええっ!? どうやって捕ったんだよっ」
「ほら、あれだよ。カボチャ」
僕が指さす方に皆の視線が向き、そのさきにあるカボチャを凝視する。若干ふやけて形が崩れかけているが、今朝みんなに見せたカボチャだ。
「あれでかっ!?」
「へー、あんなので捕れるんだな」
「面白いねー」
ザントは漁師の息子としてどんな物なのか興味が有るのは分かるが、それにエリザとミミも興味を持った。
まあ、遊びに行くときに友達がカボチャを持っていれば気にならない訳ないか。
「見た事無い形の仕掛けですね。ぼくの家で扱っている物と違います」
トムも商人らしい目線でカボチャを評価する。商人の息子であるトムも見た事無いとなるとこの近隣では使われていないのだろう。
「はぁ、まあいいわ。それより、コーニャは何処に行ったのかしら?」
「コーニャさんならそこで寝てるよ」
そう言えば下拵えに掛かりきりで見てなかったけど、コーニャさんを見てみると、涎を垂らして気持ちよさそうに寝ていた。
折角女性の尊厳を守り抜いたのに台無しである。
「これでアタシを監視してるつもりなのかしら?」
あ、カレンも監視されている事に気が付いていたんだ。
「ほらっ、コーニャ。起きて頂戴」
「うーん、後五分……」
カレンがコーニャを許すも、寝返りをうつだけで起きる気配が全くない。気持ちよさそうに寝ている。
「何言ってるのよ。早く起きなさい」
「んー、朝ごはんですか~?」
「お昼ごはんよ」
寝ぼけ眼のコーニャさんはベタな返事をして目を擦りながら体を起こした。
普段しっかり者の印象がある分、なんだか新鮮な光景に見える。
「……あれ? カレン様?」
「はい、はい、カレンよ。起きた?」
カレンの顔を見たコーニャさんは、次第に目の焦点が合ってきて、それと同時に顔が青色になっていく。なんだか船酔いしていた時より顔色が悪いのは気のせいではないはずだ。
少し身体を休ませるつもりが、ガッツリ寝てたから驚くのも無理はない。
「もっ、申し訳ありません。ねっ、寝過ごしましたっ」
「いいわよ。それよりもお昼ご飯を作ってちょうだい」
なんでカレンがコーニャさんを起こすのかと思ったら、昼食を作らせる為だった。
もう僕の方で下拵えを終わらせてあるんだから、そんな理由ならもう少し寝かせてあげればよかったのに。
「畏まりました。これより調理に入らせて頂きます」
「ええ、よろしく」
寝起きだと言うのに、コーニャさんの切り替えの早さには驚かされる。
「えー、折角だから皆で料理しようよー」
「おっ、それは面白そうだな」
しかし、その出鼻をくじく、ミミの言葉が響く。
確かに、残りの作業も少ないし、皆で調理した方が楽しいかもしれない。残りのメンバーも異論は無いのか、GOサインを出している。
「でも料理は使用人の仕事よ?」
カレンの意見は何ともお嬢様らしいものだった。
確かに領主家の者であれば、調理は他の者に任せきりだろう。
「カレンちゃんは料理したことないの?」
「ええ、やった事無いわね。え? 皆はあるの?」
このある程度予想できた返答に、皆は頭を縦に振る事で答えた。
なんだかんだ言って、カレンはお嬢様だからこういった事はしないのだろう。領主家からしたらそれが当たり前なのかもしれない。
「ウッドランド家でも調理が出来ないのは、カレン様だけですよ」
あれ? カレンさん?
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