第54話 オカズを増やそう
ミミが優勝を飾り、激しい笹レースは幕を閉じた。
前回の坂滑りに続き、笹レースでもミミに一番を持って行かれてしまった。どうやらミミはこういった勝負事には強いらしい。
正直、何度やっても勝てる気がしないので、誰も再戦を申し出ない。何の対策も無しに挑むにはミミの勝負運には勝てる気がしない。
「ヨーシ、ツギハナニシヨッカー?」
どうやら自信のあったレースに負けて、ザントは無かったことにしたいらしい。舟を使った勝負に負けたので、漁師の息子のプライドに傷が入ったのかもしれない。ザントの自尊心の守備範囲が結構広い。
「あ、そろそろ昼食時だし、食べられそうな食材を探すのはどうかな?」
「あっ、それ良いわね。ここだとサワガニやテナガエビが居るかも」
今日は一日遊ぶつもりだったから、御昼に食べる物は準備してある。
でも、野営食はどうしても質素な物になってしまう。そこに新鮮な食材でオカズを一品増やせるのであれば、誰もが喜ぶだろう。
「おっ、いいな。そういう事なら俺にまかせてくれよな。一番多く獲物をとってやる」
そして、こういった水辺の事ならザントが本気にならない訳がないので、その釣果には期待できる。伊達に漁師の息子はしていないだろう。
「ウチも賛成―」
「いいな、アタイも旨いもの食えるなら賛成だ」
「ですね。ぼくも微力ながら協力しましょう」
満場一致で食材確保が決まった。
みんな食事が少しでも豪華になるのならそれに越した頃ないようだ。それに、みんな育ち盛りだから少しでも食べる物が増えるのはいい事だ。丈夫な身体を作るには確り食事を取る事が大切だからね。
「それじゃ、誰が一番多く捕れるか競争よ。ビリは昼食の準備だからねっ」
「「「「おっー」」」」
何でも勝負ごとにしてしまうカレンは、この食材探しも一つの競争にしてしまう。
それに、笹舟レースの罰ゲームは決めていないのに、食材探しではそれを設けている。もしこれでカレンが笹舟レースで勝っていたら、後からでも強引に罰ゲームを押し付けたかもしれない。
競争と聞けば、皆の動きは早かった。
笹舟レースの事など忘れたかのように各地に散って石をひっくり返しだした。サワガニやテナガエビなんかは、浅瀬の比較的安全な場所で捕れるから、子供でも安心して狙える美味しい獲物になる。
ただ、皆で同じ獲物を狙っても面白くないし、どうせならもう一品くらい増やしたいので、僕はちょっと寄り道する。
「確か、さっき探してた時に……」
笹舟の素材を探していた時に、少し気になる場所を見つけていた。
竹が鬱蒼と生い茂り、日差しが地面にまで届かない程濃い影を落とす竹藪があったのだ。
笹舟を作る時は、素材として相応しくなかったから無視していたけど、食材としてなかなり優秀な物が手に入るかもしれない。
沢から離れて少し歩くと、案の定先程の竹藪で丁度良い食材を見つけた。
それは、竹が成長する前の柔らかい竹——タケノコだ。
この辺りでは、タケノコは一年を通して収穫できる優秀な天然の食材として重宝されている。
流石に冬場は寒すぎて堀に行く人は少ないけど、年間通して皆が楽しめる。
本当は早朝の日が昇って無い時間に掘り出すのが一番だけど、ここみたいに日差しが遮られている濃い竹藪なら、この時間でも収穫は可能だ。
「んー、どれも渋いなー……あっ、あった!」
僕が見つけたのは、タケノコの先端が黄色いまだ若い個体。
タケノコは灰汁が強くて、長時間湯がくか、水晒しをして灰汁抜きをしなければ食べられたものでは無いが、先端が黄色い物は比較的癖がなく、生のままでも食べられる。この後、直ぐ昼食となるこの状況には打って付けの食材となる。
「これなら掘り出す道具を持って来ればよかったな~」
当初の予定にはタケノコの採取は入ってなかったから、それ用の道具を持ってこなかった。
今使えるのは手持ちのナイフ一本なので、そこらに落ちている竹で掘り返して、露出した底の部分を切り取るしかない。
竹は頑丈な植物なので、どんな土地でも逞しく増えていく。だから、意外と竹の群生地は地面が硬い事が多い。専門の道具も無い状態で掘り返すのは中々骨の折れる作業だ。
ザクザクと土を掘り返す音だけが辺りに響く中、何とかそのタケノコの下部が見えるまでに掘り返す事が出来た。
「はぁはぁ、なんか今日は肉体労働ばかりだな……あれ? 遊びに来たんだよね?」
ここまで来たら、後は簡単だ。ナイフを差し込み横に滑らせ、倒すようにタケノコを引き抜けば、綺麗に掘り返す事が出来た。
後はタケノコの先端を切り落として、水にさらしておけば切り分けるだけで食べられる。
「結構大きいから一本あれば十分かな。後は戻って僕もサワガニでも捕ってー……ん?」
タケノコを掘り返して、いざ戻ろうと方角を確認していた時、竹藪の隙間の先にある物が見えた。
季節的には今が正に旬で、栄養価が高く、地域によっては薬としても使われる上に、実は結構美味しい自然の恵み。
棗が鈴生りに実っていた。
「うっわ、凄い量。食後のデザートに丁度いいね」
棗はよく締まったリンゴのような食感で、舌の奥にじんわり感じる甘みと風味が特徴的で、一つ一つが小さいから何も気にせずに食べていると、何時までも食べ続けてしまう癖になる味をしている。
実に対して、真ん中には大きな種があるので、種から実を剥がすように食べるのが楽しい。
「取り敢えずデザート用に幾つか採って、午後から皆で取りに来るのもいいかもね」
棗は他のフルーツと同じく、水分を抜いて乾燥させることで長期的に保存することもできるので、持って帰れば後々まで楽しめる。
それに、乾燥した棗は栄養価が凝縮されて滋養強壮にもいい。
薬としても使えるから、沢山持って帰ったら姉さんも喜んでくれるかもしれない。これは取らない手はない。
「ん~、美味しっ。丁度食べごろかなっ」
一つもぎ取って食べてみると、丁度食べごろで優しい味が口の中に広がっていく。
味は何方かと言うと梨に近いけど、梨程水っぽくなくて味が凝縮されている感じだ。
「おっと、あんまり味わってる時間は無いね。採れるだけ取ってさっさと戻ろっ」
大量に鈴生りに実っている棗を、手が届く範囲で片端からもぎ取って行く。
よく色んだ棗はニスを塗った木材のような綺麗な茶色で、多少若くてもそれはそれで美味しい。
本来、誰かに見つかれば直ぐに取られてしまう人気の果物だけど、ここは村の人が来ず獣も少ない地域なのでこれ程手付かずになっていたのだろう。僕が狩りをする時の範囲からも外れていて、この辺りには滅多に来ないので、こんな穴場があるなんて知らなかった。
遊びに来ただけなのに、大きな広い物をした気分だ。
今日の僕は運が良い。
「よしっ、これだけ採れれば皆で楽しめるね。どうせ勝負は僕の負けだろうし、戻って昼食の準備でもしておくか」
カレンの言っていた勝負の内容は、サワガニとテナガエビの確保数だから、タケノコと棗は数に入れてもらえないだろう。
カレンがこの点を突いてこないとは思えない。
それに今日は最初から僕が料理するつもりで色々と持ってきていたので、どの道調理は手伝うつもりだったから、先に準備を始めていてもいいだろう。
あと、到着した時に仕掛けたカボチャも気になるから、それを回収してどれ程の成果が見込めるか確認も取りたい。
この仕掛けの結果次第で、竹で編んだ同型の物を暇なときでも作るつもりだ。
もしかしたらこの仕掛けにサワガニやテナガエビが掛かっている可能性もあるから、まだ負けが決まったわけじゃないしね。
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