第43話 僕は子供です。

「あ、話は変わるけど、この前のシャケ美味しかったわ。アルムがくれたんでしょ? ありがとね」


 素材の買い取りが終わり、ひと段落したところで、レイラ姉ちゃんが突然話を変えてきたが、僕自身身に覚えのないものだった。


「何の話?」


 シャケと言えば、獲物を運んだ時に釣った三匹。一匹は自分達で食べたし、ゴモンのおっちゃんに報酬として一匹渡した。そして、もう一匹はブチの奴に取られた——思い出すとあの時の屈辱を思い出す……。


「あれ? お父さんからアルム君に貰ったって聞いたけど違ったのかな?」

「お父さん?」


 そう言えば、僕はレイラ姉ちゃんの家族を知らない。両親が離婚して、母親が王都に住んでいるとは聞いた事があるけど、父親の話は聞いた事ない。


「あれ? 知らなかったの? 私のお父さんは警備隊で働いているゴモンよ」

「ええっ!? ゴモンのおっちゃんが?」


 レイラ姉ちゃんの衝撃的な告白に、僕は驚きを隠せない。

 言われてみれば、少し癖の付いた茶色い髪や、釣り目がちな目元も似ている気がしなくもない。

 まさか独り身だと思っていたゴモンのおっちゃんに、こんな美人の娘がいたとは驚きだ。数年前に一人暮らしをしていると聞いた時は、レイラ姉ちゃんが王都の学校に行っている時だったのだろう。


「あはははっ、お父さん、お母さんに逃げられちゃったからね~。それ以来女性の影も見えないから、勘違いしても可笑しくないかもね」


 レイラ姉ちゃんは、何処か可笑しそうにクスクス笑う。

 確かにゴモンのおっちゃんに、浮いた話を聞いた事が無い。見かける時は、同じような歳の小父さんや、警備隊の人と一緒に居る所か、酔っぱらって村をふらついている時くらいだ。


 そんな、衝撃の事実を聞いて僕が固まっていると、入口が開く音が聞こえて、そこから四人の武装した人が入って来た。

 三人は、標準的な冒険者の武装で、一人だけ見た事が有るローブを纏っている。

 先頭を歩くのは、爽やかな好青年で、背も高く女性受けしそうな容姿をしている。そして、その片割れに、僕と同じくらいの身長の、服を着崩した見た目チンピラな青年。そして、その反対側に、少し背の低い女性が歩き、最後尾にローブを纏いフードを深く被った人が入って来た。


「はー、田舎のギルドは小っせぇなー」


 入って早々、チンピラのような青年が開口一番こんなことを宣う。

 見た処、知った顔は居ないので、他の町に拠点を持つ冒険者なのだろう。それにしても面白い人だ。あれでは不必要に敵を作ってしまうだろうに、それを平然とやってのける。

 レイラ姉ちゃんの笑顔が僅かに引きつったぞ。


「こらっ、ゴーシュ。失礼だろ。綺麗で清潔感のある良い処じゃないか」


 そんなチンピラを、好青年が嗜める。本当に見た目通りの青年だ。


「すみません、依頼完了の報告をしたいのですが、宜しいですか?」


 チンピラを足し呑めた後、好青年はレイラ姉ちゃんに向けて一枚の書類を差し出した。

 冒険者は、依頼を達成すると、達成証明と共に報酬の引き渡しが行われる。


「はい、大丈夫ですよ。 えーっと、護衛依頼をされたセフィーさんはいらっしゃいますか?」

「はい……」


 レイラ姉ちゃんに呼ばれて、一番後ろに居たフードを深く被った人が、そのフードを下しながら前へ出た。

 そして、その顔をみて、僕は衝撃を受けた。

 フードを被る事で乱れた金色の緩やかに編まれた髪を掬い上げ、その長い髪を耳に掛ける仕草が、驚くほど様になっていた。そして、凛としたエメラルドの瞳が真っ直ぐ正面を捉え、何よりその特徴的な長い耳に視線が惹きつけられる。

 長い耳、そして美しく整った顔立ち、所謂エルフといわれる人種の人だ。


「……あっ、貴方がセフィーさんですか。では此方で一緒に署名して頂けますか?」

「分かりました」


 護衛の依頼では、護衛対象がギルド職員同席の下、依頼完了の手続きをする必要がある。昔はもっと簡単な手続きで済んだらしいけど、度重なる不正により、規則が厳しくなったとキムさんが愚痴っていた。


「……はい、これで依頼完了手続きは終了です。報酬の受け渡しはどのようにされますか?」

「ギルド証に三分割して振り込んでもらえますか?」

「畏まりました。ギルド証をお預かりします。……はい、これで報酬の振り込みは完了です。続けて、依頼をご確認されますか?」

「いえ、数日ゆっくりするつもりなので、また後日伺います」


 なんだか、レイラ姉ちゃんが真面目に仕事をしている姿を見ると、凄い違和感がある。普段のだらけた姿しか見ていないから、余計にそう感じてしまうのだろうか?

 そんな、珍しい光景を見ていると、チンピラ冒険者が僕に向かって近づいて来た。


「あぁん? なんでこんな所に子供が……子供だよな? ここはガキの遊び場じゃねーぞ」


 両手をズボンのポケットに入れて、顎をしゃくり上げながら、前かがみで迫って来た。僕と身長がそんなに変わらないので、その姿勢からだと、下から覗き込むような姿勢だ。


「お、おいっ、ゴーシュ子供? に絡むなよ」


 なんだろうか? 先程から僕の事を子供と言う割に、その事に若干の疑いを持っている。

 僕は歴とした子供なのだから、そこは確り明言してもらいたい。


「おいおい、セイヤ。ここは大人として確り教えてやらないといけないだろ?」

「だからって誰かれ構わず絡まないでくれ」


 好青年が好青年らしく、チンピラを嗜める。彼らにとって、これが日常なのだろう。


「この子は素材の納品に来ただけです。遊んでいた訳ではありませんよ」


 何時の間にか近寄って来ていたレイラ姉ちゃんが、僕がここに居る理由を教える。こういった田舎のギルドは、ある意味複合施設と化しているので、僕みたいな子供が出入りしてもおかしくない。寧ろ、この時間帯であれば、子供達の方が利用している数は多いくらいだ。


「こんなガキが納品だぁ!? おいっ、坊主。何処かから盗んできたんじゃねーだろうな?」

「そんなことしないよ。自分で狩ってきたものだよ」

「はっ、ガキに狩りなんて出来るのかよ? 兎でも捕まえたか?」


 確かに兎を捕まえる事もあるけど、今日の獲物は違う。寧ろ、兎を捕まえるより簡単で、誰にでも狩れる楽な獲物だった。


「ラムトカゲの皮だよ」


 僕が何を納品したのか教えてあげると、何故か冒険者達が固まった。


「はっ、はんっ。そんな分かりやすい嘘付くんじゃねーよ。あれは並みの攻撃じゃ傷一つ付かねーし、子供がどうこうできる力でもねぇ。子供は直ぐに自分を大きく見せたがるから困ったもんだぜ」


 そして、チンピラが何やら言っているけど、この村の子供なら、誰でも倒し方を知っている。常識の範疇だと思うのだけど、これは所謂田舎特有のちょっと変わった常識というやつだろうか? 父さんが田舎から都会にでると、当たり前だと思っていたことが、実は非常識だったなんて事を話していたのを覚えている。

 村では平然とたっしょんしていたけど、王都でそれをやったら衛兵さんが飛んできたらしい。ただ、僕はたっしょんをしないし、少なくとも村の中でたっしょんをしている人なんて見たことが無いから、父さんが可笑しいのかもしれない。あれ? 非常識は父さんだけだね。


「ほーら、何も言えねー。嘘をつくのも大概にしとけよっ」


 僕が、常識について考えているのを、返事が返せず黙っていたのだと勘違いしたチンピラが、更に言い寄って来た。

 正直、ちょっと鬱陶しくなってきた。今なら簡単に顎を打ち抜けるけどやっちゃだめかな?


「おっ、アルムじゃねーか。聞いたぞ、聞いたぞー。お前、上位種倒したんだってなっ」


 そこに、再び入口が開いて、先日長旅から戻って来たキムさんが現れた。今度は馬車が壊れる事も無く、順調な旅路で、楽に仕事が終わったらしい。


「うん。でも、上位種って言ってもホブゴブリンだよ」

「ホブゴブリンでも十分脅威だっつーの。それを平然と言えるお前は、本当に子供か?」


 キムさんまで何なんだ。僕は歴とした11歳だよっ。



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