第44話 お一人様、ご案内。

「んで、こいつらは誰だ?」


 キムさんは、見慣れない冒険者に視線を向ける。

 好青年と目立たない女性は、軽く頭を下げているが、チンピラは突然現れたキムさんに驚いたのか、変顔を晒して固まっている。驚くほど顎が出ていて、その顎はムダ毛一本無くツルツルだ。


「護衛依頼でこの村に来たみたいだよ」

「ほぉー、見たとこ新人を脱したくらいか。その歳にしては中々の実力みたいだな」


 キムさんは、品定めをするように冒険者達を見て、評価した。


「も、もしかして、【龍水】のキムさんですか!?」

「おっ、俺の事を知ってるのか? うれしいねぇ」


 好青年の口から、聞きなれた名前の前に、聞きなれない言葉が付いていた。


「【龍水】ってなに? 湧き水?」


 名前の響きから、何となく美味しいお水が思い浮かんだ。若しくはお茶だ。


「ちげーよ。俺の渾名みたいなもんだ」

「そうなんだ? 僕も今度から【龍水】って呼ぼうか?」

「呼ばんでいいわ。今まで通りにしておけ」


 渾名なんて持っているんだから、そちらで呼ばれた方が好きなのかと思って提案してみたけど、あっさり断られた。もしかしたら余り気に入っていないのかもしれない。


「あ、あのっ。シーサーペント討伐の劇観ましたっ。あの有名なキムさんにお会いできるなんて感激ですっ」

「わ、私も見ましたっ!」


 好青年が、何やら興奮した様子で、憧れの眼差しをキムさんに向けている。そして、ここに来てから、一言も喋っていなかった無口の女性すら興奮を隠せないでいる。

 キムさんって実は有名人?


「おっ、あの時の事劇になってんのかー。よっしゃっ、ここは先輩として、俺の武勇伝を話してやろう。俺の奢りだ、呑みに行くぞっ!」

「「はいっ!」」


 なにやら気分が高揚したキムさんは、冒険者を連れて飲みに向かった。何か冒険者ギルドに用事があって来たのではないのだろうか?

 変顔で固まっていたチンピラも引きずられるように連れていかれ、先程まで騒がしかったギルド内は、突然最初の静けさを取り戻した。


「なんだか慌ただしい人達だったわね」

「うん」


 結局、僕が子供だという事に疑問を抱かれたまま別れる事になってしまった。その辺りだけは確り認識してもらいたかったのに。


「あ、そうだわ。アルム君、少し頼まれてくれない?」

「何を?」

「多分こちらの方、貴方のお姉さんが居る場所に用事があると思うの。あそこって少し入り組んでいるでしょ? 迷わないように案内して欲しいの」


 レイラ姉ちゃんの視線の先には、先程冒険者達と一緒に入って来たエルフの女性——セフィーさんがいた。

 チンピラが騒ぎ出したからか、退出のタイミングを失ったようで、先程から黙って立っていた。唯一の変化は、再びフードを被っている事だろうか。


「えっ、あたしですか? どういう事でしょうか?」


 突然話を振られたセフィーさんは、話の矛先が自分に向かった事で戸惑いを隠せないでいる。


「はい、多少お話は伺っております。補充の治療師が派遣されると。それで、こちらのアルム君のお姉さんが、現在この村の治療院唯一の治療師さんなので、彼に案内してもらえれば、色々都合が良いと思いまして、ご提案させて頂きました」


 なんだか話の流れで僕の名前が出たので、確り挨拶をしておく。


「はじめまして、アルムです」

「あ、こちらこそ初めまして、あたしはセフィーです」


 これから姉さんの職場で働く人らしいので、丁寧な挨拶をする。すると、セフィーさんも子供相手だというのに丁寧な返事を返してくれた。礼儀正しい人なのだろう。


「それで、アルム君お願いできるかな?」

「うん、いいよ。これから姉さんがお世話になるみたいだしね」

「え? あっ、ありがとう。よろしくお願いします」


 セフィーさんは押しに弱いのか、流されるままに承諾する。

 フードで顔は見えないけど、自分の意思とは関係なしに、自分の事が決められていく事に、戸惑っているのが伝わってくる。姉さんと上手くやって行けるのか少し不安だ。

 だから、僕はセフィーさんがどんな人なのか知る為に、色々質問してみる事にした。


「ねぇ、セフィーさんって王都から来たの?」

「え、あっ、はい。そうですよ。でも、正確にはこの国からトロピカル王国。あっ、私が住んでいた国ですね。そこに治癒師派遣の要請が来たので、私が派遣されてきました」

「へー、他国に人を派遣するほど、トロピカル王国は優秀な人が居るんだね」

「あー、そうですね。これにはちょっと複雑な理由がありましてね」


 なんでも、僕が産まれるちょっと前までは、セフィーさんの住むトロピカル王国は、他の国と交流を持たない鎖国状態だった。

 でも、ある時トロピカル王国は大量の魔物に襲われて、大きな被害を受けて自分達ではその状況を巻き返せない所まで来て、この国に救援を求めて、それ以来良好な関係が続いているらしい。

 でも、トロピカル王国は大きな被害を受けて、その復興に多くのお金が必要になったけど、産業そのものがダメージを受けていて、立て直す資金の確保も難しかった。

 そんな時、この国から技術者の人材派遣を提案されたらしい。

 そして、人命を優先していたから、被害の割に死人が少なかったので、余った人材を派遣して外資を得る事にしたらしい。

 幸い、エルフという人種は、みんなが魔法を使えるらしく、貴重な技能を持った人材派遣は人気が出て、今も順調に復興が進んでいるらしい。


「そうなんだ。ここから王都でも結構遠いのに、他の国とかどれだけ遠いんだろう?」

「どうでしょうか? 国としてはお隣ですけど、移動に三カ月掛ったので、結構遠くまで来た気がします」

「へー、三カ月って凄い長旅だねっ! どっちの方から来たの?」

「南の方ですよ。暖かくて良い所です」


 南と言えば、この辺りでは取れない珍しい果物や、料理には欠かせない香辛料が取れる場所だったと思う。

 僕が産まれた頃は、香辛料は凄い高い物だったらしい。でも、最近になって、その流通量が増えて、値段もかなり下がったので、頻繁には使えないけど、僕たち平民でも手に入る物になった。

 これも、そのトロピカル王国が関係しているのかもしれない。


「そうなんだ。でも、この辺りって凄く寒くなるけど大丈夫?」

「うっ、聞いてはいましたが、やっぱりそうなのですね。あたし、寒いの苦手なんで心配です」

「だったら、今から確り冬ごもりの準備した方がいいね。準備不足だと後半辛い目にあるよ」

「冬ごもり、ですか? 今まで冬ごもりをしたことが無いので、何をしたらいいのでしょうか?」


 セフィーは冬ごもりをしたことが無いらしい。

 なんでも、セフィーが住んでたところは、冬でも半袖で生活できるほど暖かったらしい。正直、冬場に半袖とか考えられない。これが所謂カルチャーショックと言うものだろうか。

 こんな甘い認識では、とてもでは無いが冬場を乗り越える事なんて出来ない。姉さんの職場の人だから、少し手助けして上げた方が良いだろう。


「取り敢えず、食べ物の確保と、燃料、それに布団や衣類だね。僕も手伝ってあげるから頑張ろうね」

「? はい、よろしくお願いします」

「うん、任せてね。春を迎えたらセフィーさんが凍えて死んでたなんてのは嫌だからね」

「えっ!? そんなに寒いのですか? あたし暮らしていけるのでしょうか……」


 どうもセフィーさんは、かなり甘い考えでこの地に来たらしい。

 これは、本当に気に掛けていないと、冬の間に天に召されてしまうかもしれない。周りの人にも気に掛けてもらえるようにお願いしておこう。


「大丈夫だよ。もしもの時は皆助けてくれるしね。勿論、僕もだよ」

「ありがとうございます。アルムさんはお優しい方なんですね」

「僕なんて普通だよ。それと、僕に『さん』なんて付けなくていいよ。僕の方が年下なんだし」

「そうですか? アルムさんは確りしているので年上だと思ってました」

「……僕まだ11歳です」

「えっ」


 僕は11歳ですっ!









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