第24話 憧れは『格好いい』

「あら? このキッシュ美味しいわね。でもなんでこんなに確りした味になるのかしら?」

「んー、これは複数の動物からブイヨンを取ってるんじゃないかな?」


 ココルがエイダさんに引きずられるように連れていかれてから、ようやく僕たちは食事にありつけた。

 料理はすっかり冷めてしまったけど、その分使われている食材の味が確りと感じられる。

 その中で、キッシュを構成する野菜では出せない味わいに、色々な可能性が思い浮かんでは消えていく。様々な旨味が絡み合って素人の舌では解きほぐす事が出来ない。


「おっ、正解だよ。それはボアとコッコからダシを引いてるからねっ」


 味について考えていると、その答えが横からとんできた。

 カップを二つ載せたお盆を持ったエイダさんだ。


「成程……肉が不足しているのにこれだけのダシが出るのを……あっ、もしかして骨?」

「あっはっはっ、アルムには全部見破られちゃうね。ここだけの内緒にしてくれよ?」


 内緒にしてくれと言いながら、その声は店内の隅々まで響き渡る音量なので、隠す気が有るのか疑問が残る。それに、そのしぐさは本当にココルの母親なのか疑いたくなるほど勇ましい。この勇ましさの欠片でもココルが受け継ぐ事が出来たら、本人も無謀な夢を見ずに済んだかもしれない。


「エイダさん、これは?」


 エイダさんは、お盆に載っていたカップを僕たちのテーブルに置く。それは、濃いクリーム色をした乳白色の液体で、様々なフルーツの爽やかな香りを漂わせている。


「村を守った英雄さんへの私からのサービスだよ。姪っ子を救ってくれたお礼だとでも思っておいてくれっ」


 そう言えば、エイダさんはミミのお父さんの妹だった。だからミミの家とエイダさんの処は親戚関係なんだ。

 でも、サービスしてくれるなら、もう少しこっそりやってほしい。店内にいた客からも野次にも似た賛美が送られる。

 流石に僕も、周囲から手放しで褒められると、気恥しさが勝る。自分からしたら、他の人より少しだけ森との関わりが多く、偶然発見したゴブリンを報告しただけだし、ミミに至っても偶然攫われている現場に居合わせたから助けたに過ぎない。

 全てが、自分本位の行動でもあるのだから、こんなに賞賛されても何処に感情を持って行っていいのかわからない。


「うふふ、流石私のアルムだわ」


 それに誰よりも誇らしそうにする姉さん。

 僕も姉さんに喜んでもらえるなら嬉しいけど、これはちょっと違う。それに、先程から遠くでキラキラした瞳を向けてくるココルの視線もむず痒い。あれは絶対過剰な評価をしている顔だ。可愛い。

 そんな、どこか居心地が悪い状況をどうやって鎮めようかと考えていると、そこに新しい客が入って来た。


「お? お? なんだ? なんの騒ぎだ?」


 そこには、一昨日ギルドから護衛の依頼を受けて、村から離れた筈のキムさんだった。


「あれ? キムさん護衛依頼じゃなかったの?」

「ん? おお、アルムか。それがよー、聞いてくれよ。街道にゴブリンが出てな。その時の戦闘で馬車の車軸を固定具が逝かれてトンボ返りよ。ついてねーぜ」


 なんと、ゴブリンの行動範囲は、既に森から村を挟んだ反対側にある街道にまで及んでいたようだ。

 流石に活動範囲としては広すぎるので、ハグレの可能性もあるけど、このタイミングでゴブリン発見は油断できない。

 幸い、遭遇したのが冒険者の護衛する商人だったから良かった物の、村の近くの街道なら村人も日常的に使うので、もしもがあったかもしれない。

 キムさんは僕たちの席と隣接するテーブルに座ると、続けざまに話す。


「それでよ。馬車の修理に戻ったついでに警備の方に報告したら、やたら詳しく聞かれて、もうクタクタよ。普段ならこんなしつこいくらい聞かれないのに、なんだってんだよな」


 どうも、一日かけて進んだ道のりを、壊れた馬車を騙し騙し使って、なんとか先程帰って来たらしい。

 キムさんは、自分の云いたい事を吐き出した後、来たばかりのエールを一気に飲み干し、その際におっさん臭い声を上げながら息を吐き出して、空になった木製のカップを叩きつける様に置く。


「やっぱ、辺境のエールは夏でも冷えてて最高だなっ。おかわりっ」


 昼間からお酒はどうかと思うけど、仕事が延期になって余る時間にお酒を楽しむのは個人の自由だ。この辺境には、冬場に振った雪を固めて保存する習慣があるので、夏場でも冷えた物が楽しめる事を売りの一つにしている。

冒険者の中には、夏の暑い季節に冷たいお酒を飲むためだけに、態々足を運ぶ猛者がいるくらいだ。


「それで、なんでさっき騒いでたんだ?」


 喉を潤した事で、一先ず気持ちが落ち着いたのか、先程の事が気になるのか、キムさんはおかわりしたエールをチビチビ飲みながら視線をこちらに向ける。

 一昨日から村を離れていたキムさんはまだゴブリンのコロニーについて情報を得ていないようなので、ここ二日の話をしてあげた。

 今回、先手先手と対処した事で、村への被害は最小限に抑えられた。だが、本来田舎の村社会にとって、ゴブリンのコロニーとは危険度の高い脅威なのだ。ミミを攫われた事で分かるように、数人の村人が行方不明になってから調査が始まる事もざらにある。それに、大人の男より力の劣る、女性や子供が狙われるのだから質が悪い。

 だからこそ、今回は運がよかったと言える。

 僕の話を聞いたキムさんは、先程までの憤りは何処へ行ったのか段々と神妙な顔になった。


「そうか、俺達がいない間に大変な事になってたんだな。ああ、だから警備隊はあんな根掘り葉掘り聞くような事をしたんだな」


 冒険者としても、数に任せたゴブリンの脅威は十分に理解しているのか、事の大きさを知ったキムさんは納得が言ったかのように呟いた。


「でも、後は散ったゴブリンを始末するだけだから、あと数日で落ち着くと思うよ」

「成程なー。しかし、アルム大手柄じゃねーか。お前本当に10歳か?」


 キムさんは納得いった顔をしていたのに、僕をみるなり懐疑的な視線を向けてくる。


「違うよ。今年で11歳だよ」

「どっちにしろ成人してないだろ。なんかアルムと話してると、子供と話してる気がしないんだよな」

「そうかな? 背が高いからかな?」

「まあ、それも有るかもだけどよ……」


 どこか納得のいかない顔で、残りのエールを呷って何か飲み込みにくいものを飲んだ時の様な顔をするキムさん。


「アルム兄ちゃんは凄いんですっ!」


 そこに、先程から遠目にこちらの様子を、窺っていたココルが話に割り込んできた。

 その顔には、何かを話したいような、何かに期待するかのような、興奮を隠せないキラキラとした瞳をしている。

 先程、エイダさんに強制退場を受けたせいで、話したりなかったのだろう。


「おおっ、ココルは相変わらず可愛いなっ」

「もうっ、ボクは男の子だよっ。可愛くないよっ」


 キムさんの不用意な言葉で、ココルはご立腹のようで、抗議のつもりなのか、頬を目一杯膨らませる。この一々仕草が可愛らしい処が、揶揄われる理由だと本人は気が付いていないだのだろう。


「あら、ココルちゃんは可愛いわよ。私が認めるのだもの、誇っていいわよ」

「アリス姉ちゃん、僕男の子だからっ!」

「そうね。男の娘ね」


 姉さんは聖母のような優しい微笑みを讃えて、まさかのキラーパス。

 ココルにだけ突き刺さる鋭い言葉が、その優しい口元から紡がれる。

 これに多少なり本人に邪な心があるのなら兎も角、姉さんのこの言葉は善意100%でまるで悪気がない。それにココルが反論するものだから変な勘違いも生まれてしまったようだ。


「いやー、美女と美少女のやり取りは、見ていて目の保養になるね。あっ、エールおかわり」


 なんだか先程よりも収拾がつかなくなりそうだ。



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