第23話 エイダ食堂、可愛いは正義
「はーい、お待ちー」
姉さんとお喋りしながらのんびりエイダ食堂に向かった。
そこは、この村唯一の外食施設で、外から来た人は大体ここで食事を取る事になる。後は、決まった拠点を持たない冒険者が中期的に滞在する時も、この食堂にはお世話になるだろう。
それに、村人の中にも昼食時に利用する人も多く、外にまで接客の声が聞こえてくるほど盛況だ。
「ここは相変わらず賑やかね」
「そうだねー。エイダさん元気だね」
活気に溢れる食堂の源は、美味しい料理と元気な接客だと思う。
確かにこの村に外食する場所はココしかないけど、それに胡坐をかくことなく調理を担当するエイダさんの旦那さんは努力を欠かさないし、エイダさんの元気な接客はその子供にも受け継がれている。
「いらっしゃーい! あっ、アルム兄ちゃんにアリス姉ちゃんっ。いらっしゃい!」
僕たちが食堂に入ると、出迎えてくれたのはエイダさんの子供で、接客のお手伝いをしている母親の髪色を受け継いだ綺麗な栗色の髪を肩口まで伸ばし、庇護欲をそそる可愛い顔立ちをしている声変り前の少し高い声で挨拶をするココルだ。
「久しぶり、ココル」
「相変わらず元気で可愛いわね。ココルちゃん」
少し長めの、汚れが目立ちにくいお洒落な割烹着を着ているココルは、一見すると袖の長いワンピースを着た可愛い女の子に見える。
そう、ココルは老若男女どの客層からも人気が有る看板娘——看板息子なのだ。
「おーい、ココルちゃーん。注文を頼むー」
「あっ、はーい。それじゃあねアルム兄ちゃん、アリス姉ちゃん! 開いてる席に座ってね」
「分かった」
まだ昼前だと言うのに、既に店内には多くの客が席を埋めている。そんな店内の一角に開いている二人掛けの席に僕たちは腰を下ろした。
木造の四角い可愛らしいテーブルで、それに合わせた椅子も店内を彩る一つのインテリアだ。作りも頑丈で、座っても軋み一つ上げない。
こういった木工家具も、大きな森と共存するこの村の特産の一つだったりする。その技術の高さから、上流階級の人たちも購入する優れた商品のひとつだ。
「おや? アルムにアリスじゃないかっ。いらっしゃいっ。二人とも全然顔を出してくれないからアタシャ寂しいよ」
僕たちが席に座って暫く、まるで寂しさを感じているようには思えない元気な声で話しかけてきたのは、この店の店主であるエイダさんだ。料理をするのは旦那さんだけど、お店の管理をしているのがエイダさんだから店主になるらしい。
「ご無沙汰してますエイダさん」
「久しぶりエイダさん。ごめんね、僕は殆ど森に居るからなかなか来れないや」
「あっはっはっ、二人は働き者だからね。アタシャ働き者は大好きだよっ。さっ、サービスするから好きなの頼んでおくれっ」
豪快なエイダさんは、その恰幅の良い身体もあって、自信に満ち溢れている様に見える。こういった処も、客がこの食堂を選ぶ理由の一つなのかもしれない。
「それじゃあ、今日のおススメでお願い」
「私も同じものを頼むわ」
「はいよっ。今日のおススメは根菜のキッシュに川魚のムニエル、それに葉野菜のサラダだよっ」
どれも美味しそうなメニューだ。近くの席でその料理を食べてる人がいたけど、どれも良い匂いを漂わせている。これは期待が膨らんでしまう。
そんな昼食に思いをはせていると、不意にエイダさんが話題を変えた。
「そういえば、最近お肉が回ってこないけど、アルム何かしらないかい?」
エイダさんは、どこか確信めいた物を持って問いかけてきた。まあ、この村に肉の供給を担っている僕が知らない話題では無いから間違いではない。実際、昨日はその原因の排除に協力していたのだから。
「うん、知ってるよ。でも、もう少ししたら元に戻ると思う。今は獣も隠れてて中々みつけられないんだ。一応ハンスさんに罠の数を増やすように頼んだから、もう少しだけ待ってて」
「そうかい、アルムが言うんだったら間違いないね。期待してるよ」
敢えて全ては話さない。どのみちゴブリンの事は既に村中知れ渡っているんだから、態々言うまでも無いし、コロニー討伐隊が帰還したのも把握しているだろうから、本人もそれ程深刻に考えてはいないだろう。
「それじゃ、ちょっと待ってておくれよ」
「うん」
エイダさんは注文を取ると、不思議なリズムで壁をノックする。
以前聞いた時は、このリズムで厨房に篭っている旦那さんに、注文を伝えているらしい。
これはデシャップの効率化と言っても良いのかもしれない。メニューが少ない故の荒業とも言える。
それから暫く、姉さんと今回のコロニー討伐について話していると、両手に大きなお盆を持った可愛い給仕さんが来てくれた。
「はーい、二人ともお待たせー。本日のおススメですっ」
「ありがとうココル。んー、良い香りだね」
「ありがと、ココルちゃん。……可愛いわね」
「?」
姉さんの最後の呟きは、ココルには届かなかったようで、何か言われたのかだけ分かったのか小首を傾げている。そのしぐさも、姉さんのツボに入ったようで、悶えたいのを必死に我慢しているようだ。
姉さんは自他ともに認める可愛い物好きで、ココルは姉さん一押しのオシメンだったりする。
「ねぇねぇ、アルム兄ちゃん。コロニー討伐に行ったってほんとぉ?」
「ぐはぁっ」
ココルはなんだかモジモジしながら、両手を後ろにして前かがみになりながら、上目遣いで聞いてくる。
仕事の途中、お客の食事を邪魔するのは良くないけど、幾ばくかの葛藤で自分の興味が勝り、いけないと思いつつ自分の欲求を満たそうとする。
この矛盾と不純、そして多大な愛くるしさに、女性が出してはいけない声をだして、姉さんは撃沈した。
正直、僕ですらこの可愛さには抗えない。お兄ちゃんなんでも答えちゃうぞっ。
「ああ、警備隊の人たちと一緒にね。姉さんも行ったんだよ」
「わーっ、凄い凄い! 格好いいな~。ボクも格好良く戦いたいな~」
ココルは身体の前で両手で拳を作り、全身で感情を表現するようにキラキラした眼差しを向けてくる。ただ、そのしぐさ一つ一つが、どれも格好いいから掛け離れた可愛い仕草なのが、本人からしたら不本意だろう。
自覚さえあれば。
「ココルは戦いたいのか?」
「うんっ、ボクは格好いい男になるのが夢なんだ~。やっぱり、強い男は格好いいよねっ」
ココルの中の格好いい男像は、かなり偏りがあるようだ。
実はこのココル、皆から可愛いと言われ続けた結果、格好いい男になる事を夢見ている。
ことある事に、そんな壮大な夢を語っているのだが、如何せん夢を語る仕草さえ可愛らしいと、もっぱらの評判だ。
本人はそれを否定しているけど、必死に否定するその姿すら可愛いので、ココルの目指す方向とは全く違う方向へ向かって邁進している。
きっとココルの夢を叶えるのは、ドラゴンを倒すよりも難しいだろう。それでも、必死に格好いい男を目指すココルを、僕は陰ながら応援している。
叶わない夢を追いかけるのも、ロマンがあるよね。
「こーら、いつまで油を売ってるんだいココル」
「あっ、お母さん。……ごめんなさい。」
「私じゃなくてアルム達に謝んな。アンタが喋っていると料理が冷めちまうだろっ」
「あっ、アルム兄ちゃん、アリス姉ちゃん。ボクのせいでお料理冷めちゃった。ごめんなさい」
先程まで、全身で喜びを現していたのに、一瞬でしゅんと萎んでその瞳を潤ませながら謝るその姿は、まさに可憐な少女そのものだ。
もはやその姿に、色々と振り切ってしまった姉さんは食事どころではない。ちょっと形容しがたい顔を弟に晒すのは遠慮願いたいところだ。
「あははっ、大丈夫だよ。ここの料理は冷めても美味しいしね。僕はココルを応援するよ」
「本当っ!?」
先程まで涙を浮かべていたのに、切り替えの早いココルは、ニパッっと花が咲くような笑顔で可愛く「えへへっ」と笑う。
——あー、チクショウ可愛いなもうっ。
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