第8話 ミミの目覚め
「おいっ。ミミ大丈夫か?」
地面に寝かされているミミに駆け寄って、外傷がないかの確認をしながら声を掛ける。幸い、これと言った外傷は無かったが、耳は気を失ったままだ。
一応、脈と呼吸を確認した処、特に問題が見当たらなかったので、そのうち自然に目を覚ますだろう。ただ、既に陽は傾き、山裾に姿を晦まそうとしている。
「う~ん、大丈夫そうだけど、どうしようか……」
このまま、この場でミミが起きるのを待っている方がリスクは高い。だったら、このまま寝ているミミを担いで運んだ方が幾分現実的な選択だ。幸いミミは同年代に比べても小柄なので、僕が運ぶのはそれ程難しい事ではない。
そうと決まれば、僕は下ろしていた荷物を回収して、ミミを担ぐ前にゴブリンの死骸の下へ向かう。
ゴブリンの魔石に大した価値は無いが、この魔石を残したまま死体を放置すると、ゴブリンがアンデットになってしまう。だから、必要がなくても魔石は回収しておかなければならない。
ナイフの柄で角状の魔石を根元からへし折る。これが不思議なもので、魔物が生きている状態で魔石を外すのは難しいが、死んでいるとあっさり魔石が取れる。
僕は三匹の角を手早く採取すると、それを無造作に鞄にしまってミミの下に戻る。
抱える前に、もう一度声を掛けてみるが、小さく呻き声を漏らすだけで起きる気配は感じない。
僕は覚悟を決めて、彼女を両腕で抱える。荷物を背負っている関係上、おんぶは出来ないので、両腕で抱えるしかない。
「よいしょっと——ミミは軽いな」
両手が塞がった状態で森の中を歩くのは危険だが、この際仕方が無いので少しでも早く村に戻れるように努める。
これが山などの傾斜が強い処だと両手が塞がっていると非常に危険だが、この森はそれ程起伏が激しく無いのでなんとかなる。
ただ、普段よりも早く、的確に脅威を察知しなければ対処が遅れる恐れがあるので、いつも以上に警戒は怠らない。
幸い、今のペースでも村までは一時間も掛からずに到着できそうなのが救いだ。陽は完全に沈んでしまうが、太陽が完全に隠れてからも暫く空は明るい。流石に森の中なのでその恩恵はそれ程無いが、僕は夜目も他の人に比べれば利く方である。だから視界が確保できるうちに森の浅い処まで移動できれば十分安全に変える事は可能だ。
それから、残りの道のりを半分も進んで、そろそろ森の浅い場所に差し掛かったところでミミが目を覚ました。
「んっ、んん~……ん?」
「起きたかミミ、おはよさん」
「え? え? おはよう? え?」
寝起き? で、意識がはっきりしないのか、状況を上手く呑み込めないのかミミは混乱しているごようす。それも仕方が無いだろう。何があったか分からないが、目を覚ましたら友達にお姫様だっこで運ばれていれば誰でも混乱するものだ。ある意味貴重な体験なのかもしれない。
かといって、何時までも混乱させているのも可哀そうだし、僕自身ミミの身に何があってゴブリンに運ばれる事になったのか気になるので、その辺りの事情を聞く事にした。
「ミミ落ち着いて、ほら、息をすってー……吐いてー」
「すぅー……はぁー、すぅー……はぁー」
「落ち着いた?」
「うん……」
「取り敢えずミミの身に何が起こったのか欲しいんだけど、覚えてる?」
「え? ——あ!?」
それから、何かを思い出したようでミミは再び混乱して、更に涙まで流し始めたので、落ち着かせるまでに少し時間が掛かったが、なんとかミミの口から何が起こったのかを教えてもらえた。
事は今日の昼過ぎに、僕ともう一人を除いた何時ものメンバーで、夏の暑さから避難するために森の浅い場所で遊ぶことにしたらしい。
森の浅い場所はそれ程危険もないので、僕たちの遊び場の一つになっているのだが、どうやら今日に限って少し森の深い所にまで入ってしまったらしい。尤も、普段ならそれほど問題になる様な事では無いのだが、今日は運悪く三匹のゴブリンと出くわしてしまったようだ。
数匹のゴブリン程度であれば、普段から鍛えている子供でも勝てるのだが、この日は本格的な戦闘訓練を受けた事がある者が一人しかいなく、更に適切な装備も持っていなかったので直ぐに逃げる選択を取ったようだ。
ただ、僕たちの中でミミだけ一つ歳が下だし、身体的にも小さいので最後尾を逃げている時に木の根に足を引っかけて、そこをゴブリンに後ろから襲われて気を失ってしまったようだ。
そこからは記憶がないので、他のメンバーが逃げられたのかは分からないらしい。
ただ、他の連中はそんなに運動神経は悪くないし、ゴブリンから逃げるだけならどうとでもなるだろうからそれ程心配はしていない。普通の村人でも最低限戦闘の心得の様なものは学ぶので、間違った判断はしていないだろう。
自分が攫われた後に他の人の心配が出来るのはミミの美点だが、自分がどれ程危険な状態だったのか確り認識してほしいね。
だからと言って今ここで僕が怒っても実感は湧かないだろうから、帰ったら確り大人たちに叱って貰おう。
今は何ともないようだが、頭に木の棒——こん棒を受けているので、村に戻ったら真っ先に姉さんに見てもらう必要がありそうだ。
「成程ね。兎に角ミミが無事で良かったよ」
「うん、アル君が助けてくれたんだよね? ありがとうね」
「まあな、友達だから当然だよ。まっ、帰ったら一杯怒られるだろうけど甘んじて受け入れろよ」
「うぅ……アル君も一緒に怒られてくれる?」
「いや、そこは一人でお願いします」
何も関与していないのに叱られるのは勘弁してほしい。それに、村に戻ったらゴブリンのコロニーについての話をしないといけないので、おそらくミミを姉さんに引き渡したら、今日はもう会う事は無いだろう。
「うー、怒られるのイヤダ」
確かに好き好んで怒られる人は居ないだろうけど、聞いた限り非はミミや他の友達連中みたいだから確り叱られて反省してもらわないと、次に同じような事が起こらないとも限らない。
今回は偶然僕の帰路にかち合ったから良かったものの、誰にも知られる事無くコロニーまで連れ去られていたら、命は兎も角無事ではすまなかっただろう。
「まあ、怒られるより先に姉さんに診てもらおう。もしかしたら何処か怪我してるかもしれないしな」
「……うん」
ミミはションボリした顔で小さく頷く。
その顔を見ると少し可哀そうに思えてしまうが、自分の身に何が起こったのか確り理解してもらわないと今後が不安なので僕は叱りもしないが庇いもしない。
「お、村の光が見えてきたよ」
ミミから事情を聞きながら歩いていると、もうすぐそこの距離にまで村が迫っていた。
ただ、普段と違うところは、門の処にかがり火が焚かれ、その周辺がなんだか騒がしい。誰かの叫び声や、何か争っているような声が聞こえてくる。
十中八九ミミたちの事だろう。
「? なんだか騒がしいね」
「ははは、ソウダネ。ナンデダロウネ」
当事者のはずのミミがまるで思い当たる事が無いような言葉に、思わず棒読みなセリフが口をつく。
ミミは意外と抜けている所があるけど、今日は特に酷い。もしかしたら頭を殴られた後遺症だろうか? 姉さんには入念に検査してもらわなければならない。
そんな一抹の不安を抱えながら、僕たちは門に近づく。
それを最初に気が付いたのは誰だろうか? 暗がりから現れる僕たちに声を見つけて誰かが声を上げた。
「誰だっ!?——ああ、アルムか、なあお前森の中で……って、ミミ!? 無事だったか!」
ふぅ、この後もうひと騒動ありそうだ。
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