新米狩人のスローライフ~仕事も家族も友達も、大切です~

結城祭

森と共に

第1話 プロローグ

「姉さん、行ってくるね」

「行ってらっしゃい。気を付けてね」


 僕は身支度を整えて、長い髪を梳かしている姉さんの後ろ姿に、出掛ける事を伝えてから家の扉を潜る。

 陽が山裾から顔を出し、村に彩が戻って皆が活動をし始める。ただ、夏の強い日差しも、この早朝だけは違ってくる。

この季節、唯一すがすがしい気分になれる時間帯だ。


「アルム、おはよう」

「おばちゃん、おはよー。行ってくるね」

「はいよ。気をつけてお行き」


 家を出ると、お隣のおばちゃんが庭先で既に仕事をしていた。朝から声量全開のおばちゃんパワーは伊達ではない。僕もそれに負けないように毎日元気よく挨拶を返すのだ。

 僕がこの生活を始めて早一年が過ぎた。

 元々僕は父さんと姉さん、そして僕の三人家族だった。でも、去年の春に父さんが狩りの途中で大怪我をして、村に運び込まれてきたときには既に手の施しようが無かった。

 それからは姉さんと僕の二人の生活が始まった。ただ、姉さんは僕には今まで通りに過ごしてもらいたかったみたいだけど、成人を迎えたばかりの姉さんに養われるのは気が引けたので、僕は父さんの後を継いで狩人になった。


「おっ、アルムじゃねーかっ。おはよさん、今から仕事か?」

「おはよう。うん、そうだよ。キムさんも?」

「おうよ。今回は護衛の仕事だ。暫らく留守にするぜっ」

「そっかー頑張ってね。行ってらっしゃい」


 僕は大きく手を振ってキムさんを送り出す。


「おうよ。またなアルム」


 キムさんは片手を上げて返事を返し、だらしない足取りで歩いて行った。

 彼の仕事は冒険者といって、所謂便利屋さんだ。基本的に冒険者ギルドに仕事の斡旋をしてもらい、それを請け負う個人業務集団でもある。依頼によっては危険を伴う危険な仕事だけど、冒険者ギルドがある町であれば何処でも活動が可能な身軽な身分でもある。

 僕も父さんが生きていた頃は将来冒険者になる事も選択肢の一つに持っていたけど、今ではその考えはなくなった。あの頃は現実を正しく見てなかったこともあって、色々な町に行ける冒険者に憧れを持っていたけど、今は根無し草の生活がどれ程大変かを理解している。だから、僕はこの村で狩人として生活することに満足している。

 この村で狩人の仕事をするには、領主様に森で狩りをする許可書を発行してもらわないといけないのだけど、父さんが死んだとき、許可書を発行したばかりで、それも財産の一部と認められ、一年間の狩猟許可があったから比較的簡単に狩人になれた。

 これが、狩猟許可証の発行から始めると大金を用意する処から始めなければならない。何の充ても技術も持たない子供に大金を稼ぐような仕事なんて、相当運がよくても見つけられるか分かったものじゃない。だから、僕が父さんの後を継いで狩人になったのは必然だったのかもしれない。

 それに、父さんが生きていた頃に、狩りの手伝いで森の中に何度も連れて行ってもらっていたので、一人で狩りを始めてもそれなりにやってこれた。

 幸い、僕は体格に恵まれている。今年で11歳になったけど、既に身長は170センチを超えている。同い年の友達よりも20センチ以上大きいし、父さんと一緒に訓練していたお陰で大人に負けない程の力持ちだ。今でも、姉さんも一緒に訓練を続けているので、姉さんいわく、僕はまだまだ成長できるらしい。


「やあ、アルム。おはよう」

「あ、ハンスさんおはようございます」


 村の北側に広がる森に入るのに一番近い門に向かって歩いていると、森に溶け込むような地味な色合いの服を着て、弓を担いでいるハンスさんと出くわした。彼はこの村では数少ない僕の同業者だ。


「相変わらずアルムは朝早いね」

「それを言ったらハンスさんも同じじゃないですか」

「あはは、そうだね。ボクの半分も生きてないアルムに負けてられないからね」

「何言ってるんですか。この前も大きな鹿を仕留めたって聞きましたよ」

「あはは、ありがとう。……でも君みたいに毎日獲物を仕留めてるわけじゃないんだよ……」


 ハンスさんは優秀な狩人だ。父さんが抜けて、僕が狩りを始めた頃は村全体に供給される肉の量が大きく低下した。でも、それを最低限の低下で留めたのが、このハンスさんだ。

 獲物を狩り過ぎれば、それだけ森の恵みは減るし、消費しきれない肉は無駄になってしまう。だから、僕たち狩人は横のつながりを強化して常に適正量を村に供給する。

 父さんとハンスさんも、常に交流を持って、獲物の狩り過ぎを防いでいた。だから父さんが抜けて、僕が一定量の獲物をコンスタントに狩ってこれるようになるまで、この村の台所に並ぶお肉を支えていたのはハンスさんなのだ。


「今日は何時ものエリアですか?」

「そうだよ。アルムもかい?」

「はい、昨日仕留めた獲物を川底に沈めてあるので、それの回収ですっ!」

「流石だね。ボクは罠の確認からかな」


 狩人には、個々でその方法が大きく異なる。ハンスさんは罠を巧みに利用して獲物を仕留めるのに比べて、僕は基本的に獲物の痕跡を探してその後を追いかけるスタイルを得意としている。

 これは、何方も一長一短があり、罠を使う事で比較的安全に獲物を狙え、夜に活動する獲物も狙う事が出来る。ただ、罠の数に獲物の収穫が左右され、他人が入り込まない場所でないと他の人に危険が及ぶ。

 それに引き換え、僕が得意とする狩りは、その時間に活動する獲物しか狙えないし、獲物の発見に運の要素が大きく作用するが、ある程度狙った獲物が仕留められるし、一度に複数の獲物を仕留める事もある。ある程度獲物を誘導して狩猟後の運搬に有利な場所で仕留める事が出来るのも利点だと思う。


「そういえば、ミガートさんが肉の在庫が少ないって言っていたから、今日は沢山狩らないとねっ」

「そうだね。ボクも罠の量を増やしてくるから、アルムも頑張って大きいの仕留めて来てね」

「うん、わかったっ! それじゃあ行ってくるねっ」

「ああ、行ってらっしゃい。ボクも罠の準備をしたら出発するよ」


 僕はハンスさんに別れを告げて北の門に向かう。罠猟は事前準備が重用だから大変だ。

 それに比べて僕は特殊な地形や環境でもない限り、装備が大きく変わる事がないからある意味経済的でもある。それに、僕の狩りは狩人としての技術を教えてくれた父さんとも大分違う。

 父さんは弓の名手で、遠く離れた場所からでも獲物を仕留める技術を持っていたけど、僕にはそんな凄い技術は持っていない。それもこれも、父さんが使っていた風の魔法を僕が使えないから仕方がない。

 でも、無い物ねだりをしても仕方がないので、僕は狩人として働き始めてから、色々試行錯誤して自分なりの方法を考えた。

 僕は他の人と比べて魔法を使うのに必要な才能が欠けているけど、それを補うだけの知識があった。別に勉強を頑張ったとかではないのだけれど、何故か僕は経験した事無い知識を小さい頃から持っていた。まるで他の人が経験した事を、あたかも自分の物のように記憶している。

 僕の住む村とは全然違う、岩と透明な石でできた大きな街に住んでいた頃の記憶。戦いの中に身を置いて、激しい戦場を生き抜いた記憶。空想の世界を想像して、特殊な言語を用いて形作る記憶。

 殆どの記憶は何の役にも立たないけれど、中には僕の生活を大きく変えてくれた物もあった。

 狩りの時も、獲物の追い詰める時の参考にもなった。

 そして、魔法の使えない僕に、魔力の使い方のヒントを与えてもくれた。


「おっちゃーん。行ってきまーす」

「おーう。気をつけろよー」


 櫓から監視しているおっちゃんに手を振って門を抜ける。

 僕には不思議な記憶があるけれど、生活のちょっとした役に立つお婆ちゃんの知恵袋みたいに便利に使っている。

 偶に記憶の主? みたいなのがもっと知識を役立てろと訴えかけて来るけれど、それより僕には今でもの生活を続ける方が大切だ。

 それに僕には大きな目標がある。

 それは父さんよりも立派な狩人になる事だ。いつか僕はどんな獲物でも仕留められる立派な狩人になってみせる!


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