こころと盾とみちしるべ
夏井
第1話 逃走
逃げなくては。速く走らなくては。そしてかつ見つかってはいけない。静かに、迅速にこの仕掛けを解いて逃げなくては。
人をかき分けて走る。ここがどこかもよくわからない。デパートか何かだろうか。陳列棚と人がとにかく邪魔である。僕は早く逃げないといけないのに!
やっと上階に続く階段にたどり着いた。人もかなり少ない。ここからは上を目指すのみだ。僕はコンクリートの階段を駆け上がる。息が上がって脚が重くなってくる。舞台裏のような、飾り気などない無機質な灰色。扉が閉まっている。壁のカバーを開け、回路をいじり、何とか先に進む。まだまだ追ってくる。どうしよう。撒けない。追いつかれる!もうだめだ!
というところで目が覚めた。汗だくで気持ちが悪い。しかしまだ眠たい。それに体が動かない。僕が勝手に動けないと決め込んでいるだけなのだろうか。面倒くさいから動こうとしていないのだろうか。今日こそはちゃんと起き上がろうと思ったのになあ。もういいか。どうせだめだし。
そういうわけで僕は今日も二度寝したのだった。
その昼、部屋にこもってデカルトを読んでいた。つまるところ僕は今日も出席をあきらめたのである。そして読むといってもまるで分らないものだから、一行読んではスマートフォンでくだらない動画を見た。くだらなさに笑いが出る。束の間の安心感と虚しさとが、じわじわと僕を圧し潰した。こんなことをできるのだから僕は恵まれている。しかしそれを幸せだろうといわれたって困る。実際苦しい気持ちが大きいのだから。何も視界に入れたくなくて、頭まで布団をかぶり、眠たくもないのに目を瞑った。
電話がかかってきた。着信音が耳に刺さって僕は跳ね上がった。出ることはできず、相手が受話器を置くのを怯えながら待った。耳をふさぎながら音が鳴りやむまでうずくまった。
電話の主を確認してみると、大学からのようだった。嫌でも思い出してしまう。みんな今頃、数学の授業を受けている。きっとやる気もなく寝ている奴や、隠れてゲームでもしているやつが大半だろう。もちろんまじめにやれる素晴らしいひとも、少なくともやる気はあるひともいるだろうが、そういう人たちが授業を受けるべきだろう。
というかさっきの電話、本来なら出ることはできないじゃないか。真面目に学ぶことを良しとする側がこんなことをするか。僕だって好きで引きこもっているわけじゃあないんだ。
大体僕はなんでこんなことになっているんだ。あらゆることに怒りと苛立ちを覚えた。少なくともこんなことになっているのはあのクラスで僕だけだろう。この世の理不尽に耐えられる気がしない。考えるのがつらくなってきた。やめだやめだ!僕は不幸なんだ!もうふて寝する!
と、眠たくもないのに、無理やり本日三度目の眠りについたのだった。いや四度目だっただろうか。まあなんでもいいのだ。逃げられるのなら。
やっぱりよくない!追いかけられて汗だく、最悪の目覚め。考えてでもこの夢から逃げるのが最優先か。とにかく明日は出ていこう。出ていける気がする。根拠はないけれど。
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