スペシャルドラマ「帰ってこない黒猫探偵」
0.シーン299
※このエピソードは作中「帰ってこない黒猫探偵」の1シーンです。
本編はコチラ → https://kakuyomu.jp/works/1177354054888429940
『ったく、シケた事件だったにゃあ』
まっくろ太が退屈そうにあくびした。
狭いゲージの中が気に入らないようだったが、空港内なので大人しくしている。ものすごく不服そうだが。
『あのなぁ、オマエにとっては朝飯前でも俺にとっては大変な事件だったんだぞ。銃口を向けられたり、電車から飛び降りたり。命がいくつあっても足りない』
ゲージを抱えていたイチハ(斉藤マナト)はたまらず非難の声を上げる。
『はん、あの程度で音を上げるようじゃまだまだレイジの足元にも及ばないな』
『またレイジかよ。なにかって言うといつもそれだ』
『まァ……アイツもオレさまには頭があがらねぇから案外似た者同士かもな。イワシとシシャモの干物くらいの違いでしかにゃい』
『なんだその例え……』
今回の事件で大規模な組織の幹部を捕まえることはできた。しかし肝心の小山内レイジの行方は分からないままだ。
まっくろ太は悲しげに目蓋を伏せる。
『ったく、どこほっつき歩いてんだよあの下僕。このオレさまがこんなに……』
多くの人々が行き交う空港内。ふと懐かしい気配とすれ違った。
ゲージ内でのんびりしていたまっくろ太のヒゲがピンと立ち上がり、急にバタバタと暴れ始める。
『オイ戻れ』
焦ったようなまっくろ太。
イチハは怪訝そうに立ち止まる。
『どうした? 忘れ物か?』
『レイジだ!』
『えっ』
慌てて振り返るとほぼ手ぶらの青年が国際線のターミナルに向かって歩いていくところだった。
たまらずまっくろ太が叫ぶ。
『レイジ、レイジなのか!?』
チケットに目線を落としていた青年がゆっくりと振り返った。普通の人間にとってはただの鳴き声としか聞こえないはずのまっくろ太の声を聞きつけて。
(はっ……)
イチハは息を呑む。
振り返った青年の眼差しの鋭さに。
『アンタ、レイジなのか? 本当に』
イチハの問いかけに青年は沈黙を保っている。
近づいて顔を見れば判別できるというのに、何故か金縛りに遭ったように動けない。
まるで猫探しと同じだ。むやみにテリトリーに入れば警戒されて二度と姿を見せない。絶妙な距離感が大切だ。
『可愛い猫だね』
切り貼りしたような笑顔。
ゆっくりと動いた唇から発せられた第一声はとても静かだった。
(まっくろ太のことが分からないのか? それとも知らないふり?)
どちらともとれる状況だったが、イチハはひとまず話を合わせることにした。
『コイツ……まっくろ太って言うんだけど、可愛い顔して結構ワガママなんだ。俺が飼っているわけじゃなくて、一時的に預かっているだけ。できるなら本物の飼い主に返したい』
『その必要はないよ』
断固とした口調に動揺したのはイチハだけではなかった。ピンと立てたまっくろ太のヒゲが緊張と恐怖を表している。
『猫は何にも属さない。雲のように気まぐれに生きるだけ。その愛すべき存在に飼い主なんて概念は必要ない。敢えて言うなら友人だ』
『オマエ、本当は分かっているんだろう!』
我慢できずに一歩踏み出したイチハ。
しかし「彼」は弱々しく首を振る。
『ぼくはただの野良猫。何にも縛られず、真実を求めていまを生きるだけ。だからもうしばらく友人のことを頼みますね、イチハさん』
きびすを返して歩き出した青年。イチハは慌てて追いかけたが人ごみに紛れて見失った。
『くそ、どこだ』
きょろきょろと視線を巡らせても目当ての人影を見つけられない。不意にからかうような声が聞こえてきた。
『真実は求める者の前に姿を現す』と。
その言葉を聞いた瞬間、イチハの背筋に冷たいものが走った。
(なんで、それを)
それはイチハの叔父の口癖だった。
レイジとの接点など何一つないはずの。
『次にやるべきことが見つかったみたいだな』
まっくろ太が尻尾を揺らす。
どうやら愛してやまない平穏な日々はまだ遠いらしい。
『仕方ねェ、もうしばらく世話になってやるぜ。下僕』
だけどまっくろ太となら、もうしばらく非日常に付き合ってやってもいいと思ってしまうイチハだった。
――「帰ってこない黒猫探偵」おわり。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます