第173話 仔猫殿下と、はつ江ばあさん・その十六

 シーマ十四世殿下奪還を目指すはつ江ばあさん一行は、高高度降下低高度開傘などがありながらも、無事に旧カワウソ村への潜入に成功した。


 一方そのころ、村の北側にある、ベニヤ板やトタンで補強された役場跡の前では。


「えーと、新、入り?」


 黄色いフード付きのローブを着込んだ人物が、困惑した表情で首を傾げていた。

 前にいるのは……


「そうそう! 超・ヨロシク~」


 日に焼けた肌に白いロングヘア、目元には白いアイシャドーと重ね付けのつけまつげという出立の、露出度の高い服装の女性と……


「よろしくおねがいしますでござる!」


 ……黒い短髪と三角に整えられた眉毛、紺色の忍び装束を着込んだ男性だった。


「……なんというか、歴史を感じる服装ですね」


 黄ローブがおずおずとそう言うと、女性はケラケラと笑い出した。


「ほら、ござる、言われちゃってるよ!」


「うう……、お言葉はごもっともでござるが、この服装が一番おちつくのでござるよ……」


「あ、えーと、忍者だけじゃなくて……」


 ヤマンバギャルも、ひと昔以上前な気がします。

 

 そんな言葉をグッと飲み込み、黄ローブはこほんと咳払いをした。


「ともかく、新入りがここになんの用かな?」


「リーダーから、村の中を見学して回るようにとの命があったのでござる!」


「そーそー! あとここだけだから!」


 二人の言葉に、黄ローブは再び首をかしげた。


「え? でも、ここは最重要施設だし……、でも、リーダーが言ったなら……、いや、それでも……」


「えー? 見せてくれない感じ? まあ、そーゆーことなら……」


 ヤマンバギャルはそう言いながら、肩に小さな鞄をゴソゴソとあさり、ネイルストーンが散りばめられた爪で、ガラスの球体を取り出した。

 

 そして……


「……無理矢理にでも、通してもらうけどねっ!」


 ……勢いよく、地面に叩きつけた。

 球体は砕け散ると、中から白い煙がもうもうと湧き出した。


「うわっ!? お前ら……、いっ……、たい……」


 黄ローブはわりとテンプレートなセリフを吐きながら、その場にドサリと倒れてすやすやと眠りだした。

 ヤマンバギャルは厚底ブーツのつま先で黄ローブをつつき、起きないことを確認すると満面の笑みを浮かべた。


「よっし! 元怪盗にかかれば、ざっとこんなもんよ!」


「お見事でござる! バービー殿!」


「でしょ? でもさ、ござるの持ってきた変身薬も相当すごくない? どっからどう見ても、異界の人なんですけど」


「お褒めいただき、光栄でござる! 柴崎家は忍びの衆ゆえ、敵陣に潜入するための手段には明るいのでござるよ」


「へー、すごいじゃん♪」


「それほどでもないので、ござるよ。では、バービー殿、そろそろ……」


「うん、そーだね」


 ヤマンバギャルと忍者……、もとい、変身したバービーと五郎左衛門は真剣な表情で、コクリと頷いた。



「王立博物館専属修理師の実技試験、楽しませてもらおうじゃん」


「全力でサポートするでござるよ、バービー殿」



 こうして、バービーと五郎左衛門は役場跡へ足を踏み入れた。


 一方そのころ、カワウソ村へ続く道に設置されたバリケードの前では……


「うーん、いいお天気ね。絶好のホームラン日和じゃない」


「かっとばせー!」

「かっとばせぇ!」


 ……忠一忠二を頭に乗せたクロが、目を細めて伸びをしていた。そんな三人を見ながら、樫村が深いため息をついた。


「どんな日和だよ、それは……」


 そう言う樫村の手には、楓の木で作られた棍棒と……


「むしろ、一説によると曇りぎみでジメジメした日の方が、ホームランが出やすいようですが……」


 乾燥して直径72.93cmの球体になったポバールと……


「それなら、麻呂に任せるでおじゃる! この辺り一帯をジメジメさせることくらい、造作もないでおじゃるよ!」


 ……その上でぴょいっと跳ねるウスベニクジャクバッタのカトリーヌの姿があった。


 三人の反応を受け、クロは片耳をパタパタと動かした。


「んもう! ヒトがせっかく士気をあげようとしたのに、水をささないでちょうだい!」


「そうか。悪かったな、バッタ屋」


「も、申し訳ございません! 友あ……、いえ、マダム!」


 樫村が軽く頭を下げ、ポバールがカタカタと震えながら謝ると、クロは腕を組んで尻尾の先をパタパタと動かした。


「分かればいいのよ。あと、カトリーヌ、湿度はまだ上げなくて大丈夫よ」


「分かったでおじゃる! ならば、当初の予定通りスライムが村までたどり着いたら、じめっとさせるでおじゃるよ!」


「ええ、よろしくね、カトリーヌ」


「任せるでおじゃる!」


 クロとカトリーヌのやりとりを見て、樫村は棍棒を持った手で、器用に頭をかいた。


「しっかし、ボウラック先生、本当にこの作戦でいいのか? 乾燥した先生を、棍棒でかっ飛ばして『超・魔導機☆』のところに届けるなんてよ」


 樫村の問いかけに、ポバールはカタカタと動いた。


「ご心配には及びませんよ、樫村さん。この形態は硬度も靱性も高めですから、棍棒で打たれてもダメージはそんなにありません」


「それに、アンタ、草野球チームにいたころ、打球が落ちる位置をえげつないくらいコントロールできてたじゃない。それはもう、ヒットも犠牲フライもホームランも思いのままってくらいに」


 ポバールの言葉にクロも続くと、樫村は再び頭をかいた。


「さすがに、そこまでの腕はねぇよ。でも、まあ、今回の作戦くらいは成功させてやるさ。ほら、バッタの姫さん、危ねぇから、そろそろ先生からおりな」


「分かったでおじゃる! では、麻呂は一足先に村に向かうでおじゃるよ」


 ポバールの上からカトリーヌが飛び去っていくと、樫村は小さくうなずいた。


「よし。それじゃ、始めるとするか」


「気張りなさい樫村! 四対一、九回裏、二死満塁くらいの気持ちで!」


「ホームラン、ホームラン、カッシムラー!」

「ホォムラン、ホォムラン、カッシムラァ!」


「お前ら、あんまプレッシャーかけんな……」


 樫村はそう言いながらも、ポバールを高く放り投げ……


「……よっ!!」


 ……鬼気迫る表情で、棍棒をフルスイングし、ポバールを高々と打ち上げた。


「それでは、みなさま、行ってまいりますぅぅぅぅ……」


 ポバールはドップラー効果を伴いながら、旧カワウソ村へ役場跡へ向かって飛んでいった。


 かくして、満足げな樫村と、タオルを振り回すバッタ屋さん一同に見守られながら、「超・魔導機・改」処理班も集合しつつあるのだった。

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