第151話 ビックリな一日・その十一

 宝石博物館で襲撃事件に巻き込まれたシーマ十四世殿下一行は、赤ローブからプルソン王との因縁について話を聞いていた。


 そして――


「でも……、これがみんなのためになるって、リーダーが言ってたし……、別に大人しくしてくれれば、手荒なことをするつもりなかったし……」


 ――はつ江に叱られた赤ローブが、言い訳をして今にいたっている。


「そんでもよ、一歩間違えればみんなや、赤ずきんちゃんだって大怪我しちゃってたかもしれねぇんだよ?」


「そうかも、しれないけど……」


 諭すようなはつ江の言葉に、赤ローブはうつむいたままモゴモゴとしている。そして、辺りには重い沈黙が訪れた。

 しかし、しばらくすると、赤ローブの小さなため息が、沈黙を打ち破った。 


「……危ないことをしたのは、悪かったわよ」


 ポツリと呟かれた言葉に、はつ江がニコリと微笑む。


「そうだぁね、もう包丁を振り回したりなんかしちゃだめだぁよ」


「……そうね」


「そんで、なんでこんな危ないことしたんだい?」


「それは……」


 赤ローブが再び口ごもると、シーマが尻尾の先をピコピコと動かしながら深くため息を吐いた。


「どうせ、プルソン王への逆恨みからの嫌がらせ、とかそんな話なんだろ」


 シーマの言葉に、赤ローブはムッとした表情を浮かべた。


「そんな理由じゃないわよ!」


「それじゃあ、どんな理由だっていうんだよ?」


「それは、その、とにかくもっと別の事情があって……」


 相変わらずハッキリとしない言葉を並べていると、カツカツという足音が近づいてきた。一同が顔を向けると、どこか疲れた表情の魔王が姿を現した。すると、オリバーがワタワタと手を動かしてから、慌てて姿勢を正して敬礼した。


「へ、陛下! お、お、お疲れさまでございます!」


「あ、うん、オリバー君もお疲れさま」


 魔王はどさくさに紛れてオリバーの頭をフカフカとなでると、シーマとはつ江に顔を向けた。


「二人とも、彼女の取り調べの続きは俺に任せてくれないか?」


「まあ……、兄貴がそう言うなら」


「分かっただぁよ、ヤギさん!」


 二人が返事をすると、魔王は、うむ、と呟きながらコクリと頷いた。


「それで……、もしも大丈夫なら、プルソンたちのフォローにいってやってくれないか?」


「ああ、そうだな。かなりギクシャクしちゃってたし……」


「そんじゃあ、ちょっと様子を見にいこうかね」


 二人の返事を受けて、魔王はニコリと微笑んだ。


「ありがとう。あの二人……、というか、主にプルソンの方が、かなりナイーブだから助かるよ。せっかくの休日なのに、面倒なことを頼んでしまってすまないな」


「べ、別に、魔王の弟として各地の領主と有効な関係を築くのは当たり前のことなんだから、そんなに気にするなよ!」


「私も、いろんな人とお話ができるのは楽しいから、気にすることねぇだぁよ!」


 魔王は再び、ありがとう、と呟いた。それから、またしてもオリバーの頭をフカフカとなでて、顔を覗き込んだ。


「それじゃあ、オリバー君は、警備員のみんなの様子を見てきてくれるかな? 簡単な治療は済ませてきたけれど、まだ気分が悪い子がいるようなら、お医者さんを呼んであげてくれ」


「かしこまりました、陛下! それでは、不肖オリバー、行ってまいります!」


 オリバーは再び敬礼をして、てちてちと休憩室を出ていった。


「それじゃあ、ボクたちも行ってくるよ」


「行ってきます、ヤギさん!」


 シーマとはつ江も後に続き、魔王はコクリと頷きながらそれを見送った。


 休憩室には、魔王と赤ローブだけが残された。


「これで人払いは済んだが、念のため……」


 魔王はそう言いながら、指をパチリと鳴らした。すると、辺りが何もない真っ白な空間に変化した。


「え……、な、なにこれ……」


 赤ローブが戸惑っていると、魔王が無表情な顔を向けた。


「少し仕組みは違うが、まあ、結界みたいなものだ」


「結界?」


「ああ、そうだ。外からは一切干渉できないし、こちらの様子が外に漏れることも一切ない」


 淡々とした声で話しながら、魔王は虚空に浅く腰掛けて足を組む。


「だから、もしも君が汚らしい悲鳴を上げたとしても、誰かに聞かれることはないから安心してくれ」


 そう言い放つ顔には、やはりどんな表情も浮かんでいない。

 にわかに、赤ローブの背筋に鳥肌が立ち、歯がカチカチと鳴りはじめる。


「さて、まずは謝っておこう。私が適性のない仕事を紹介してしまったために、随分とつらい思いをさせてしまったようだな」


「い、いえ、べ、別に……」


 赤ローブの声は、あからさまに震えていた。それでも、魔王の表情は崩れない。


「そうか。それでも、私やこの魔界に仇なす組織に与するくらいには、不満に感じていたんだろう?」


「……」


「答えられない、か。まあ、いいだろう。別に君が反乱因子に入った理由が、聞きたいわけではないからな」


 魔王はそこで言葉を止めると、指をパチリと鳴らした。

 すると、赤ローブが座る床に、禍々しい形をした蟲たちの影が現れた。


「ひっ……」


「ああ、そこまで怯えなくても大丈夫だ。もしも、シーマやはつ江を傷つけていたり、自分のしたことを省みなかったりであれば、問答無用でけしかけていたが……、一応は反省の言葉を口にしていたようだからな」


 不意に、魔王の表情に穏やかな微笑みが浮かぶ。



 そして――


「ここを襲撃した目的を素直に話せば、けしかけるのをやめることにしよう」


 ――いつになく、魔王っぽいセリフを口にした。



「は、話します! 話しますから、どうか助けて下さい!」


 当然、赤ローブは目に涙を浮かべて取り乱しながら、叫び声を上げた。魔王は軽くため息を吐くと、呆れたような表情を浮かべ、虚空に肘を乗せて頬杖をついた。


「そうか。で、なんで襲撃をしたんだ?」


「は、はい。『道を拓く宝剣』を手に入れようと……」


「へえ、それを手に入れて、何をするつもりだったんだ?」


「え、えーと、『超・魔導機・改』を修理するのに、どうしても必要で……」


「……へ? 『超・魔導機・改』の修理に、必要? なんで、そんな話になってるの?」


 魔王は思わず素に戻ったが、赤ローブは怯えた表情のまま視線を泳がせた。


「そ、その。シュバルツとグラウ……、あ、えーと、元の世界に帰っていった仲間から、『超・魔導機・改』は上手く動かなかったっていう報告があって……」


 赤ローブの回答に、魔王は先日元の世界に送り返した黒ローブと灰色ローブの姿を思い出した。


「まあ……、そう、だろうな……」


「は、はい。それで、リーダーが文献を調べて、各地で一番名高い宝物を集めれば、『超・魔導機☆』の力を増幅でできる、っていう話を見つけて……」


「……えーと、念のため聞くんだけど、その参考文献の名前って分かる?」


「す、すみません! そこまでは、分からないのですが……、『怪しげな森の屋敷に厳重に隠されていたし、しかもオリハルコンに刻まれたものなんだし、絶対に禁断の文書なんだ!』って、リーダは言っていました……」


「あー……、そうか……」


 事情を知っている魔王は、気まずそうな表情を浮かべて頬を掻いた。それから、赤ローブにどこか憐れみを込めた目を向けた。


「えーとね……、君たちが参考にした文献、『月刊ヌー』っていう、タイトルに特徴的なフォントを使ってる雑誌でね……」


 魔王がおずおずと答えると、赤ローブの表情がどんどんと引きつっていった。


「え……、月刊誌……? あの、それってまさか……?」


 色々と事情を察した様子の赤ローブが問い返すと、魔王も残念そうな表情を浮かべて頷いた。




「うん。どちらかというと、『みんなにロマン満載のオカルトを楽しんでもらおう!』っていうのがテーマの雑誌だね」


「ですよねぇ……」





 魔王の回答を聞いて、赤ローブはへなへなと崩れ落ちた。


「私、そんなことのために……、強盗まがいのことしちゃったんだ……」


「まあ、でもほら、幸いにも重傷の人は出なかったし、未遂だったから……」


 魔王は虚空から立ち上がり、力なく嘆く赤ローブに近づいて方をポフっと叩いた。


 かくして、魔王がはじめて魔王っぽい雰囲気を醸し出したりしながらも、赤ローブの企みは徒労に終わったのだった。

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