第147話 ビックリな一日・その七

 シーマ十四世殿下とはつ江ばあさんは、宝石博物館でスカーフを被ったライオンの女性と出会った。そして、三人は、「道を拓く宝剣」の展示場所にたどり着いた。


 薄暗い部屋の中央では、琥珀色の刃をした小さな剣がライトアップされている。


「ほうほう。ずいぶん、可愛らしい剣なんだねぇ」


「ああ。ボクも本物を見たのははじめてだけど、予想より小さいんだな……」


 はつ江とシーマの言葉を聞くと、ライオンの女性はニコリと微笑んだ。


「ふふふ、そうでしょうね。だってこれ、元々はペーパーナイフですもの」


「あれまぁよ。そうだったのかい」


「へー、そうなんですね。知りませんでした」


 はつ江とシーマが感心していると、ライオンの女性はコクリとうなずいた。


「ええ、でも、このナイフが、たくさんの人の道を切り拓いたのは、紛れもない事実なんですよ」


「ペーパーナイフが、たくさんの人の道を切り拓いた?」


「みんな、お手紙が開けられなくて困ってたのかい?」


 二人が問いかけると、ライオンの女性は、ふふふ、と笑った。


「それじゃあ、少し昔話をしましょうか?」


「ぜひぜひ、お願いするだぁよ!」


「ボクも、聞きたいです」


 二人がせがむと、ライオンの女性は、それでは、と口にし、小さく咳払いをした。


「むかしむかし、先代魔王が魔界を治めていた時代のことです。この国はプルソン様のお父様のおかげで、なんとか自由な暮らしができていました」


 シーマとはつ江は、話に耳を傾けながら、こくこくとうなずいた。


「でも……、先代魔王が、この国の人々を酷使し鉱山に眠る宝石を全て掘り返して、自分の城に集めようと企んでいたんです」


「前の王様は、本当に欲張りな王様だったんだぁね……」


「まあ、虚栄王なんて二つ名がついてくらいだし……、ロクな魔王じゃなかったのは、確かなんだろうな」


 二人の言葉に、ライオンの女性はコクリとうなずいた。


「ええ……、悪逆非道を絵に描いたような魔王でした。そんな先代魔王はある日、予告もなしに大勢の軍隊をここに遣わせたんです。力ずくで、言うことを聞かせようと」


「あれまぁよ! それは大変じゃないかい!」


「本当に、ロクなことしなかったんだなぁ……」


「本当に、そうです……。当時は、剣や槍なんかの武器は、たとえ飾り物であっても魔王城に接収されていましたし、魔術の腕が立つ者も全員捕まっていましたから、抵抗などまともにできません。ですから、プルソン様とお義父様は、せめてこの国の人々と、そのとき遊びにきていた婚約者を逃がそうとしたのです」


「ぷるそんさんは、優しいんだねぇ」


「ああ、兄貴も、プルソン王が次期魔王だから、魔界はしばらく安泰だって言ってたな」


「ふふふ、その言葉を聞いたら、きっとプルソン様も喜びますよ。そういったわけで、プルソン様とお義父様は、転移魔術を使って民たちを先代魔王の目が届かない場所に逃がしていたのですが……、軍隊は街のすぐそばまで迫っていました」


「あれまぁよ!!」


「転移魔術は、上手くいったんですか!?」


「残すところあと一回の魔術で、全ての方の避難が終わるところでした。しかし、ほんの少しだけ時間が足りなかったんです。だから……」


 ライオンの女性は言葉を止めると、「道を拓く宝剣」を見つめた。


「……プルソン様は少しでも時間を稼ごうと、このペーパーナイフを手に、軍隊の元に一人で向かったんです」


「なんて無茶なことを……」


「ぷるそんさんは、無事だったのかい!?」


「ええ。すんでのところで、ムラサキダンダラオオイナゴの大群に追われた当代魔王陛下ご一行が、偶然こちらに逃げ込んできたのです。だから、あたりがしっちゃかめっちゃかになって、軍隊もたまらずに逃げだし、その間に最後の転移魔術も無事に終わりました」


 ライオンの女性の言葉に、はつ江は胸を撫でおろし、シーマはヒゲと尻尾をだらりと垂らした。


「よかっただぁよ」


「よかったけど……、兄貴もリッチーも、一体なにをやらかしたんだよ……」


「ふふふ、でもその偶然と、プルソン様の勇気のおかげで、たくさんの人たちが救われたんですよ。さて、私が知っているお話はこのくらいです。ご満足いただけました?」


 ライオンの女性が問いかけると、二人はコクリとうなずいた。


「とってもハラハラして、面白かっただぁよ!」


「とても、勉強になりました。当時のことに、お詳しいんですね」


「ふふふ、これでも当事者ですからね」


 その言葉に、はつ江はキョトンとした表情で首をかしげ、シーマは尻尾の先をクニャリと曲げた。


「当事者?」


「えーと、それは一体どういう……、あ」


 シーマが言葉の途中でハッとした表情を浮かべると、ライオンの女性は微笑んでうなずいた。


「申し遅れました。私はプルソン様の婚約者、熱砂の国よりまいりましたセクメトです」


「あれまぁよ! そうだったのかい!」


「たしかに、鉱石の国に詳しいライオンの女性の筆頭といえば、貴女ですよね……」


 展示室には、驚いたはつ江の声と、脱力したシーマの声が響いた。


 かくして、「道を拓く宝剣」の正体がペーパーナイフだったり、女性の正体が案の定セクメトだったりということが、無事に判明したのだった。

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