第136話 しっかりな一日・その十

 魔力切れでへたり込んでしまったシーマ十四世殿下だったが、フラフラとしながらもなんとか通信機で魔王にメッセージを送った。


「これで、兄貴が気づいたら、応援に来てくれると思う」


「よかっただぁよ」


 はつ江が胸をなで下ろすと、シーマは片耳をパタパタ動かした。


「でも、今日の会議はかなりの長丁場らしいんだよな……」


「……」


 シーマが呟くと、絵美里が無言で手を握りしめた。


 そんなこんなで、部屋の中には重苦しい空気が立ち込めた。

 まさにそのとき!



  ピンポーン


「ごめんくださーい!」

「みみんみみみー!」



 玄関から呼び鈴の音とともに、聞き覚えがありすぎる声が響いてきた。


「モロコシちゃんとミミちゃんが、来たみたいだぁね」


 はつ江の言葉に、絵美里はコクリとうなずいて立ち上がった。


「すみません、ちょっと対応してきますね」


 絵美里はそう言うと玄関へ向かい、モロコシとミミを連れて部屋に戻ってきた。


「あ! 殿下とはつ江おばあちゃん! こんにちはー!」


「みみみみー!」


「モロコシちゃん、ミミちゃん、こんにちは!」


 モロコシとミミが声をかけると、はつ江は元気よく挨拶を返した。一方のシーマは、グッタリとしたまま片耳だけをパタパタと動かした。


「やあ、二人とも……」


 シーマの様子に、モロコシとミミは目を見開いた。


「わ、殿下!? 元気ないけどどうしたの!?」


「みみみー!?」


「ああ、実は……」


 シーマが事情を説明すると、モロコシとミミはオロオロとした表情を浮かべた。


「ど、どうしよう。それじゃあ、早くなんとかしないと……」


「みみー……」


「兄貴が早く気づいてくれれば……」


 仔猫トリオが焦っていると、「よい子のニコニコお手伝いボード(仮称)」に映る場面が、また切り替わった。


 画面の中では、所々に擦り傷を作った明が、意識を失ったまま肘掛け椅子に座る姫子と無表情な創に対峙している。


「明、随分と来るのが早かったな。実験の準備が終わるまで、誰も寄せ付けないように足止めを用意していたのに」


「あいにく、勤め先が社員の緊急事態には、全面協力するような会社なものですから」


「そうか」


 創は小さくうなずくと、胸ポケットから懐中時計を取りだした。


「ふむ。それでも、予定とそこまでズレていないか」


「……姫子に、なにをするつもりですか?」


「入れ物になってもらおうと思ってね」


「入れ、物?」


「ああ。明、昨日の深夜、なにか変わったことは起きなかったか?」


「……久しぶりに、強めの発作が起きましたが」


「そうか。なら、なにか見えたんだな?」


「……見覚えのない楽譜が、数小節分」


「やはりな。明、それは絵美里が歌っていた曲の楽譜だ」


「母さんが、歌った曲?」


「そうだ。昨夜、私の耳にもハッキリとその曲が聞こえてな。それから一晩中演算して、絵美里の魂がいる場所と、こちらへ引き戻す方法を導き出した」


「……」


「ただし、今の絵美里の肉体では、魂を戻す衝撃に耐えられそうになくてな。そこで、別の身体を早急に用意しようとしたんだが……」


 創はそこで言葉を止めると、姫子の肩に手を置いた。


「……この子は自分以外の魂の入れ物に、なりやすいそうじゃないか」


「……だから、母さんの魂の依り代にしろと?」


「そうだ。協力、してくれるな?」


 問いかける創に、明はニコリと微笑んだ。


「お断りします。徹夜でした演算の結果なんて、ろくな物じゃないんで」


 その手には、いつの間にかメスのような物が握られていた。


「……それで、なにをするつもりだ?」


「別に、命を取るつもりはないですよ。ただ、しばらくの間、ふざけたことをできなくなってもらうだけです」


「……それは、残念だ。お前なら、協力してくれると思ったんだがな」


 一方の創は懐中時計を胸ポケットにしまい、スタンガンを取りだした。



 一触即発なかんじの画面の中を見て、シーマたちもいっそううろたえた。


「創さん……、明……」


「で、殿下ぁ……、どうしよう……」


「みー……」


「兄貴……、ダメだ、まだ通信がつながらない……」


「……そうだぁよ!」


 一同がオロオロとする中、はつ江が不意にポンと手を打った。


「はつ江、なにか思い着いたのか!?」


 シーマが問いかけると、はつ江はコクリとうなずいた。


「音楽会のお歌が届いたんならよ、またお歌を歌えばいいんじゃないかい?」


 はつ江が提案すると、シーマはフカフカの手を口元に当て、ふぅむ、と呟いた。


「たしかに、トビウオの夜からまだ三日目だし……、歌声を送るくらいなら、今の魔力でもできる、かな……」


 シーマの言葉に、モロコシとミミが尻尾をピコっと立てた。


「じゃあ、みんなで歌おうよ!」


「みみみー!」


 二人が目を輝かせてピョインと跳びはねると、絵美里もおずおずとうなずいた。


「なら……、さっそく準備するんで……、みなさんピアノの近くに」


「分かっただぁよ!」

「分かりました」

「はーい! 絵美里先生!」

「みみみみー!」



 絵美里の呼びかけに、三人は声を合わせて返事をした。

 かくして、仔猫殿下とはつ江ばあさんは、混沌とした現状に一縷の希望を見いだしたのだった。

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